『決別』






 殺されそうになったから、殺した。
 それは、別におかしくないだろう。日向ヒナタはそう思っている。
 だからヒナタは人を殺したし、今も殺している。
 初めてのそれは3歳のときだ。
 攫われそうになった。殺されそうになった。だから殺した。
 正当防衛には違いない。けれどもそれが、彼女と他人とを決定的にわけるきっかけになったのは確かだ。

「化け物」
「人殺し」
「日向の厄介者」

 ヒナタをそう呼ぶ人間は多い。
 けれど、誰だって死ぬのは嫌だ。
 その筈だ。
 それなら反撃するのが当然だろう?
 そう思うのはどうやら少数派らしい。
 完全に孤立したヒナタは、苛立ちとともにそんなことを考えていた。
 
 煩いやつは嫌いだ。
 面倒なものも嫌い。
 自分だけは綺麗だという顔をして見下ろしてくるやつも嫌い。
 そもそも、その白い目が嫌いだ。

 煩いものは黙らせればいい。
 しつこいヤツは殺せばいい。

 それがヒナタの出した結論。
 そして、それをそのまま実行してヒナタは生きてきた。

 だからといって、1人で生きてきてたわけでは、勿論―――ない。
 当たり前の話だった。
 異常だ化け物だと切り捨てられたとはいえ、日向宗家の長子。
 そうそう排除できるような人間ではなかったし、日向家の下の者は誰一人としてヒナタが人を殺した事を知らない。
 そういう風に、処理されている。

 日向家にも世間体はあるのだから。

 そうしてヒナタは望む望まないとは関係なく、日向という一族に庇護されながら生き延びてきたのだ。

 それに嫌気が差したのがいつかはわからない。
 ―――とにかく、暗部に所属する事になって、それに相応しいだけの実力もつけたころ、思ったのだ。

 早く日向を出よう、と。
 日向を出て、1人で生きて、やりたいように生きていこう、と。
 大きすぎる家は余りにも面倒ごとが多いし、嫌いなやつが多すぎてうっかり殺しそうになる。ついでに暗部任務にも都合が悪いから、それは彼女にとってはごくごく自然な流れでしかなかった。

 そして、その流れに従って、彼女は家を出る。
 結局家を出る事が出来たのは、アカデミーの卒業と同時の出来事だった。
 何故かひたすら反対していた日向家の当主と、その次女がようやっと折れたから。

 ヒナタにとってそれは、確かに一つの区切りだった。
 決別と言ってもいいのかもしれない。

 ここ最近にない非常に晴れ晴れしくすっきりした気分で、ヒナタは新居を見上げる。
 お金なら暗部任務で散々溜まっているし、料理も洗濯も掃除も、何もかも表の顔として覚えている。
 不安要素は何一つない……と言い切りたいが言い切れなかったりもする。
 なんせこのボロアポート、住民がほとんどいない。
 理由はただ一つ里一番の厄介者がここに住んでいるからだ。

「あーヒナタだってば! こんなところで何してるんだってばよ!」

 その原因の声に、ヒナタは小さく笑った。
 上層部でどんなやりとりがあったのかは知らないが、厄介者同士同じ場所に居ろということなのだろうか。
 それともこの原因の護衛を命じている人間の思惑か。

 少年に演技で返しながら、それでもヒナタは久しぶりに心から喜んでいた。
 これでもう日向の奴らに囲まれて生活しなくてもいいのだと思えば、他人の思惑など実にどうでもいいことだった。

 もしかしたらそれは、たいした事ではないのかもしれない。
 それでもヒナタはこの小さな区切りに感謝した。

 小さくても大きな日向との決別なのだと、そう、感じていたのだから。