『深紅に染まった』






 ヒナタは周囲を見渡す。
 あたり一面に広がる沢山の木々。空を見上げればまだ日は高く、キラキラと光を注ぐ。見渡す限りの深い緑。ほんの少し動くだけでも世界を壊してしまうような繊細な美。
 こんなにも美しい世界。
 それなのに。

「しつこい…」

 小さく呟いて、荒い息を整えた。大きく深呼吸して、汗を拭い取る。苦しくて、何をしているのかも分からなくなる。頭に白い靄がかかったかのように思考が鈍く、どうにも物が考えられないのは血が流れすぎたせいか。
 反射的に腕を上げれば、キィン、と音が鳴って地に落ちるクナイ。
 それを眺めて、己の握り締めた刀を持ち直して、目に神経を集中させた。発動された白眼ははるか遠くまで見透かす。

「あと10人…」

 刀を持った男が近付いてくるのを目の端に止め、ヒナタは足に力を込める。男の移動を待たずに自ら突っ込み、己の持つ刀を反して薙ぐ。目を見開いたまま、男は崩れ落ちた。
 噴水のように飛び散る血を浴びながら、ヒナタは朦朧とした意識の中で考える。
 いつからこんな事が当たり前になったのだろう?と。
 切れ切れの思考の中、一つの場面が鮮明に浮かぶ。
 己の3歳のこと。目を覚ました自分を連れ去ろうとした男。たかが子供、とヒナタを甘く見ていた男を、何の躊躇もなく殺した。

 その頃から暗部に入った。それからもう3年。暗部としてそこそこ名前も売れて、忍として高い位置を掴んだヒナタだが、あと少しで無力な子供として忍者アカデミーに行かされる事になるだろう。
 表向きは、日向一族の落ちこぼれとして生きているのだから。
 忍となった人間が日向一族の当主になることはない。それが下忍でも暗部でも・・・。忍という職業は命を落とす確立が高い。日向を束ねる人間が任務で死んでしまっては困るから、当主となるべき人間は忍にはならない。

 その全て。全てがどうでもいいことだ。

 ヒナタは大きく息を吸う。
 最後の一人が、今目の前にいた。

「ば、け…物…め」

 小さく呟きながら、男は果てる。

「化け物で何が悪いの?」

 言って、笑って見せた。その笑顔を見るものはもうどこにもいない。
 ふと気がつけば、己の身体はあまりにも紅く。己の流し続ける血と、他者の返り血とで、全身が深紅に染まっていた。それを見て、死んだ男を見る。

 もう一度、笑った。
 嘲るように。

「化け物じゃないと生き残れないじゃない」

 だから己は生きていて、目の前で生きていた男は死んだ。
 敵はあまりにも多い。白眼という宝を狙う者達を相手にするには、化け物なみの力を持っていなければやってられない。
 生きるために、ヒナタは化け物になる。
 生きるためだけに人を殺す。
 誰よりも強い生への欲求が、ヒナタに力を求めさせた。
 生きるためになら何にでもなってみせよう。それが化け物と人が呼ぶならば、それで構わない。

 深紅に染まったこの姿は、"化け物"にふさわしいじゃないか。と、ヒナタは笑った。
 2006年4月17日
 スレヒナお題 『真紅に染まった』です。
 一応『偽りの姿』と同じ設定。
 …これからアカデミーに入って黒イルカ先生に出会うんですよ。