『籠の鳥』
うみのイルカが与えられた任務は極々簡単なものだった。
少なくともイルカはそう思っていたし、そのつもりだった。
だから何故火影がひどく憔悴した顔をしているのか分からなかったし、日向ヒアシの苦渋に満ちた表情の意味も分からなかった。
ただ、うみのイルカは忍であって、忍でしかないから、それを問うこともなく任務を受け取った。
成る程、と思ったのはその少女を見てからだ。
任務対象。
長い黒髪に白い瞳。日向一族そのものの特徴を持つ少女。
幼い顔立ちに似合わぬ冷たい眼差し。
皮肉気な表情と、纏い続ける殺気。
日向の者で彼女に逆らえるものはいない。
幼いながらそれだけの力をその少女は持っていた。
日向家の屋敷がやたらと焦げたり傷がついているのもこの少女の仕業なのだろう。
全く小さな暴君だ。
だとすれば、すぐに任務に入るのも面倒なだけだ。
時間をかけるのは趣味じゃないが、機会を伺うのも任務のうち。
その機会は、思っていたよりもずっと早かった。
見守るのは小さな少女。
取り囲むのは宝物を欲しがって群がる忍たち。
日向ヒナタ一人に対して30余りの中・上忍。
観察していれば、戦闘はすぐに始まった。
そして―――うみのイルカの予想を、日向ヒナタは遥かに超えていた。
研ぎ澄まされた技の数々は確かにまだ荒い。
荒いが、それを乗りこなすだけの抜群のセンスと力があった。
何よりも戦闘の中で常に研磨されていくその能力。
次々と開花される技の力に、イルカは笑いたくなった。
それは、圧倒的だった。
圧倒的な暴力。
一方的な殺戮。
全てをなぎ倒し、飲み込む最悪の暴風。
呆気ないほどに敵国の忍は息絶え、残ったのは小さな子供ただ一人。
―――成る程。
「これは、持て余すわけだ」
火影も、日向ヒアシも。
やがて子供の視線はうみのイルカを捉える。
「小さなお姫様には首輪を差し上げましょうか」
感情を失った声でうみのイルカはそう謳いあげ、
―――殺し合いという名の調教を始めることにしたのだ。
そこに容赦などなかった。
容赦など、ある筈がない。
そんなものはこの子供に必要なく、また手を抜くほどイルカは阿呆ではない。
ただ一方的に嬲り、術を放ち、刀を振るう。
その対応を子供が理解し覚えるよりも早く、次の戦い方へと代える。
刀は拳になり手裏剣になりクナイになり、術は火を操り風を打ち出す。
嵐のように一方的なその暴力。
子供はそれらを打ち消し、結界をはり、攻撃を試みるが、イルカはそれを一刀に切り捨てた。
喉元を蹴り上げ吹き飛ばす。
小さな体は易々と森を飛び、木を薙ぎ倒した。
体制など立て直す暇はない。
子供が何をするよりも早く、鋼鉄の糸が四肢を絡め、地へと叩きつけた。
脳天がぶちまける様な衝撃に、子供は遂に動きを止める。
だらだらと流れる鼻血と切れた口の中に砂利が混ざる。
全身にくいこむ糸は肉を切断する一歩手前で止まり、髪の一部がぶちぶちと切れた。
「―――っっ、ぁ!!! っが…!」
苦痛にのた打ち回ることすら出来ない子供を、うみのイルカは踏みつける。
術は既に完成している。
日向の封印術と過去大蛇丸が研究していた術の進化系。
子供の首筋にそれを打ち込めば、呪印は勢いよく皮膚を突き破り、蛇のように全身の細胞と血と筋肉と器官を這いずり回る。
「―――あ、あぁ…っっ」
白い目が大きく見開き、眼球が震える。
全てを突き刺すような絶叫が響き、響き、響き―――。
やがて、それも消えた。
びくびくと靴の下で跳ねる子供に術をかけ眠らせ、完全に動かなくしてから、それをうみのイルカは担ぎ上げた。
一応結界を張り、姿を消す。
向かう先は火影邸だ。
任務内容は日向ヒナタの処分だったが、気が変わった。
この子供は、使える。
何よりも次々と開花するその才能。
それを里に有効活用するのは当然のことだ。
かすかに笑うイルカの声の下、日向ヒナタは自分の未来を知らずに眠り続ける。
―――日向ヒナタはこうして籠に囚われたのだ。
2009年11月1日
イルカ先生好きの人に、とりあえず全力で土下座します。
このシリーズ?に関してだけドSイルカ先生をお許しください(汗)