『忍の歩く道』
殺す。
殺す。
殺す。
殺す。
殺す。
刀を振るえば羽虫よりも簡単にその命は吹き飛ぶ。
蝋燭のともし火のように儚く消えゆく。
それを、その過程を、日向ヒナタは傲慢に見下す。
こんな子供相手に決死の表情で向かってくる忍を、一刀のもとに切り伏す。
返り血はまるで滝のように。
きらきらと水溜りに落ちて跳ねる。
遠くの方で、十を超える忍が一瞬で細切れになるのが見えた。
同時に鳴る舌打ちの音。
無意識下のそれに、ヒナタは気づかずに刀を振るい続ける。
殺して、殺して、殺して。
ただただ殺し続けるために。
音はやがて遠ざかり。
世界は静寂へと染まりあがる。
その、死の静寂が、日向ヒナタは好きだった。
消えていくその余韻を惜しみながら、ヒナタは無粋にも音を立てて近づいてくる男に視線を向けた。
背筋が凍るようなその視線にも男は揺らがない。
感情のない空洞の瞳は、ヒナタを無作法に眺める。
この世で一番憎悪している相手とはいえ、ヒナタとてこの男の実力を認めないわけではなかった。
日向ヒナタ以上に残酷で、凄惨で、的確な殺戮。
殺戮のために作られた殺戮機械。
人はその虚ろな空洞の瞳に得体の知れぬ絶望と"死"を見るのだろう。
鼻上を通る横一文字の傷跡は、まるで今負ったのかのように血を吸っていた。
中忍時の温和な笑みなど存在しない。頼りない空気も、柔らかな空気も、穏やかなまなざしも、その全ては消えうせる。
―――うみのイルカ以上に忍らしい忍はいない。
ヒナタはとっくの昔にそれを知っている。
なんせヒナタの白眼に見抜けぬものなどない。
この男の恐ろしいのは、ただ、自然なことだ。
どこまでも、どこまでも自然に、平々凡々で害のない"うみのイルカ"と、この暗殺特殊部隊に所属する"うみのイルカ"を使い分けている。
そのどちらも、偽者なのではなく、本物。
心から子供達を愛し、うずまきナルトの幸せを望み、火影を敬愛し、里を愛している。
その一方でどこまでも任務に忠実な男。男も、女も、老婆も、子供も、赤ん坊すら何のこだわりも痛痒も見せずに皆殺しにする。泣いてすがろうが跪いて許しを請おうが何一つ慈悲なく殺すのが暗殺特殊部隊の"うみのイルカ"だった。
そして、守るべきもののためならば使えるものは何でも使う。
なんとも傲慢で狡賢く狡猾な男。
―――その様はなんて忍らしいのか。
そんなくだらないことを考えて、ヒナタは笑った。
とてもとても綺麗に笑う。
「その姿、あの子に見せてあげたらどうなんですか」
とても綺麗に毒を吐いた子供に、うみのイルカは顔色の一つも変えなかった。
予想通りの反応に、ヒナタは鼻で笑う。
暗部時の"うみのイルカ"ほど感情のない男はいない。
弱みも付け入る隙も何もない。決して崩れ落ちぬ世界にこの男は立っている。
「死にたいのならそうすればいい」
平然とした言葉さえも予想通りで、少し笑えた。
もうどれだけ同じようなやり取りを繰り返しただろうか。
何度殺気をぶつけ合っただろうか。
出会いは血みどろの戦場。
そして殺し合い。
日向ヒナタがうみのイルカに出会って得たものは唯一つ。
日向ヒナタが忍として歩く道だ。
それは、うみのイルカという忍に首輪をつけられて奪われた代償の変わりに得たモノ。
うみのイルカとは違う道を歩くと決めた。
うみのイルカのような生き方はしないと決めた。
既に懐かしい自由を取り戻すためにも今は耐えることに決めた。
日向ヒナタは自由に生きる。
何者にも縛られず、何事にも解さず、何事にも関わらない。
ただ自由に、したいように生きる。
日向ヒナタという忍が歩く道。
日向ヒナタという忍が掲げる目標。
日向ヒナタという忍が、目の前の忍をぶち壊して手に入れる世界。
くつくつと笑いながらヒナタは殺気を消した。
同時に木の葉へと向かいだす。
日向ヒナタがうみのイルカを殺すのが先か、うみのイルカが日向ヒナタを殺すのが先か、それはとても面白い賭けだろう。
2009年11月1日