『幼き約束』







「どーもこんにちわ」
「……っっ!!!」
「―――………?」

 イタチは驚愕の表情でその声の主を睨み付ける。
 カカシには顔を上げる気力も残っていなかった。
 ただ、異変を感じとる。

「カカシさん生きてます?壊れちゃったりしてませんよね?困るんですよ。私が」
「何者だ…どうやってここに入った」
「さぁどうやってでしょう?」

 くすくすと笑う。イタチの月読の世界の中に、唐突に現れた一つの影。長い黒髪、真紅に輝く相貌、細い身体を包む紛れもない暗部服。

「あ。私は貴方の後任ですよ?元暗部部隊長殿☆」
「何―――?」
「現暗部部隊長及び暗部第1班隊長。最近では木の葉の深淵なんて呼ばれちゃってますけど暗部名は幻夢」
「貴様が…」

 木の葉でもっとも優れた忍である火影が死んだ今、最強の名は彼女の名の下にある。
 ビンゴブック危険度S―――。
 残忍で遊び好き。
 人を人とも思っていないとは、彼女を示すためにある言葉。

「それじゃあ、カカシさんは返してもらいますよ、元暗部部隊長殿☆」





 写輪眼世界を打ち破って、現実に戻る。
 カカシの後ろに唐突に現れる。
 唐突に現れたその気配に、紅とアスマが身を強張らせた。

「夕日紅上忍、猿飛アスマ上忍。目を開けなさい」
「っっ!しかし」
「うちはイタチの写輪眼と目を合わせるな。それだけの話です」

 誰の声かも分からないが、紅とアスマはゆっくりと目を開く。
 そして、飛び込んできた光景に目を丸くした。
 カカシを肩に担いだ黒衣の暗部。
 艶やかに長い黒髪が目の前で揺れる。

 そして、その向こう…。
 あの、うちはイタチが…膝をついているのだ…。
 見たこともない面をつけた暗部は、目を開けた2人にカカシを渡す。

「遅くなってすみませんね。その人連れて、病院へ行ってもらいますか?」
「…貴方は…?」
「私は幻夢。もうすぐガイが来るはずですので、彼も共に」
「しかし、いくらなんでも一人ではっ!」
「私は幻夢。そう言いました。はっきり言いましょう。足手まといです」

 軽く唇を噛んで、紅は頷いた。
 アスマは自然にカカシを肩に担ぎ、紅を促した。
 2人の姿が消える。



 さぁて、どうしましょう?
 くすくすと笑って、暁の2人に視線を移した。

「イタチさん…なんですか、こいつは…」
「現暗部部隊長及び暗部第1班隊長…。木の葉の深淵…だ」
「あれがっ!?」
「あれ、とは失礼ね。元霧の忍刀七人衆の鬼鮫。貴方程度私にとっては大した障害でないのだけど…さてさて、どうしてくれましょうか?ねぇ、イタチ兄さん」
「っっ!………なん、だと…?貴様…何者だ」

 呆然とイタチは口を開いた。幻夢は笑う。笑い続ける。笑いながらあっけないほどに簡単に、自分の暗部面を外した。真紅に輝くルビーのような相貌。イタチには見覚えのない顔立ち。

「何者?何者ですって?私は幻夢。そうね…かつて三冬月(みふゆつき)と呼んだ人もいたかしら」
「な、んだとっ…!?」
「い、イタチさん…!?」

 滅多に感情をあらわにしない人間が見せた、愕然とした表情に、鬼鮫は驚く。付き合い自体はそんなに長くないが、これまでにどんな時もこんなイタチは見たことがない。

「まさか…まさか……本当に…三冬、なのか…」
「ふふ。思い出していただけたようで嬉しいわ。そうでないとフェアじゃないもの。ねぇ、イタチ兄さん。私は忘れた事なかったのよ?」

 まるで幼子のように、首を傾げて、あどけない微笑を見せる。

「ずっと、ずっと。貴方に捨てられた、あの瞬間を憶えている」
「………」
「私は逃げない。この狭い鳥籠から」

 イタチは瞳を閉じる。幻夢もまた瞳を閉じた。
 過去と、決着をつけるために。
 2人は瞳を開いた。赤い赤い4つの瞳。

「ナルト君も、渡すわけにはいかないの。私は木の葉のモノだもの」
「………そうか」

 火花が、散った。
 ぶつかりあったクナイと刀。研ぎ澄まされた刃が音をたてて競り合う。

「鬼鮫」

 鮫肌を薙ぎかけた鬼鮫をイタチが制止する。イタチの両の手から炎が広がり、津波のようにして周囲に広がる。

「ここは、ひく。俺たちは戦争をしに来たんじゃない」
「いいのですか?」

 自分達の組織のことを、目的のことを知る人物たちを生かしておいて。そして、何か訳ありらしい相手…。

「いい。残念だがこれ以上はナンセンスだ…帰るぞ」

 踵を返したイタチと鬼鮫を、幻夢は追おうとはしなかった。
 追いかければ、痛手をあわせるとこも出来ただろうに。それでも。

「ねぇ、知っている?」

 呟いた、小さな声。幼い少女の声。両の目に木の葉の至宝と呼ばれる真珠の輝きを灯した、たった12歳の少女。

「…私をこの鳥籠から連れ出せるのは、いつだって貴方しかいなかったのよ?」

 この鳥籠から逃げないし、逃げ出せない。そうして木の葉のモノである限り、彼らはとは敵対しか望めない。

 それでも。






「本当に良かったんですか?」
「何が」
「訳ありだったんでしょう?あの女と。あ、もしかして昔のコレですか?」

 コレ、と小指を立てた鬼鮫の頭をとりあえず殴っておいて、イタチは首を振った。

「いつか、決着はつける」
「そうですか?」

 彼女は…木の葉のモノだ。日向と木の葉と二重に重ねられた鳥籠の中に住む小さなモノ。
 幼くして強大な力を持ち、それを日向に畏怖され、しかし利用するために火影に預けられた日向宗家の長女。その世話を火影に押し付けられ、イタチと共に育った。日向家で長く監禁状態にあった少女は口を聞けず、誰もイタチに名前を教えなかったため、イタチは少女を三冬月と呼び始めた。終わりの月、12月の別名。日向家の終わりを告げる月。そして、うちはに終わりを…。

 うちはを滅ぼし、いつでも一緒にいると約束した少女は日向においてきた。

「力が…欲しいな」
「はぁ?まだ足りないんですか?」
「…足りないな」

 あの時もっと力があれば、きっと自分は少女を連れて逃げただろう。それでも、あの時の自分は日向家そのものを、敵に回して逃げ切るほど強くはなかった。うちはの血継限界も日向の血継限界も、他国にまで知れ渡っている木の葉の宝。一歩、里の庇護から足を踏み出せば、そこは無法地帯だ。自分達の血を狙ってどれだけの忍が襲ってくるか、想像に難くない。
 だから、置いていった。
 彼女との約束より、彼女の命をとった。それは彼女にとってどれだけの絶望で、裏切りだったのだろう。

 それでも。






 ―――それでもいつか、貴方がこの鳥籠から連れ出してくれるのを、私は夢に見る。
 ―――それでもいつか、お前をこの鳥籠から連れ出したいと望むのは、俺の傲慢でしかないのか。






 夢の中で、幻を追う。

 迎えに来る貴方。崩れ落ちる鳥籠。


 遠い、遠い、現実…。
 2006年3月6日