『戦闘本能』
「刀はさぁ」
まだ声変わりも始まる前の、幼い少年の声。
愉悦混じりの生き生きとした声が場を支配する。
ぺろりと唇を舐める。
「つまんねーんだよな、あれは」
右腕を一閃。
以上に伸びた鋭い爪が赤く赤く。
頚動脈を切り裂き、血を吹き飛ばし、続けざまのまわし蹴りで派手に体ごと吹き飛ぶ。
「やっぱさぁ、男は拳っていうか? 武器なんてだっせーよ」
どこかへと引っ込んだ爪を拳の中に隠して、力をいれる。
刀を避けて、溜め込んだ力を振りぬく。
決まった、と確信と同時に、首が異常な方向に曲がった男が軽く浮き、その鳩尾にもう一つ拳を打ち込んでとどめに蹴り飛ばす。
「この、拳から伝わる躍動感てーの? ぶちのめす感覚がよ、たまんねーよな」
ふと力を抜いて、全体重を後ろへと。
隙をついたつもりで余裕綽々で刀を振りかぶった男の顎先を視界に捉えて、その表情が驚愕に固まる様を見届ける。しっかりと見届けてから、顎先を殴りつけた。上下の激しい振動に男はぐらぐらと揺れ、手に持っていた刀を放す。
目の前に落ちてきた刀の柄を握り、未だ立ち尽くす男の腹を突き刺す。その衝撃は、拳や爪に対して遥かに遠い。
「つまんねーんだよ。刀はさぁ」
ああ、これ前も言ったか、とそんな顔をしながら、少年は手に持った刀を両手で折る。刃をも握りしめた指から血が吹き出たが、その次の瞬間には既に塞がっている。
「お前もさぁ、そう思うだろ?」
それは奇妙な呼びかけだった。
少年は一人。
戦う男…少年の敵と言うべき存在は複数。
少年の視線は、対峙している者達を遥かに通り越してその先にあった。
返事はどこからも返らない。
少年は小さく鼻を鳴らして、拳をきつく握る。
体中にまとわりつく他者の血は少年を阻まない。
なめらかに、けれど十分すぎるほどの荒々しさを含む動作で、成長過程にある筋肉が躍動し、跳ねる。目に映る全てのものをなぎ倒すように、少年は歩み、殴り、蹴りつけ、踏みつけ、そうして障害は次々と減っていく。
少年にしか見えない人間の、常識ではありえない力に恐れを成したか、縫い付けられたかのように動かない男が5人。
逃げる事もままならぬ男たちを、少年はまるで頓着しない。
「術とかはさぁ、もっとつまんねーの。飛び道具ってマジでサイアク。んなもん作った奴死ねって感じ」
物騒な事を歌うように口ずさみながら、少年は初めて笑った。異常に発達した犬歯が覗く。
それはこの場にまるでふさわしくない無邪気な無邪気な笑顔。
その笑顔を見るよりも早く、彫像のように動かない5人の男たちは―――本当に動かなくなった。
ぱたぱたぱたと、あまりにも簡単に、ドミノ崩しのように連鎖的に崩れ落ちて、その陰から出でる小さなちいさな少女。
真っ暗な髪と、陶磁器のように白い肌、どこか温かみのある虹色に揺らめく真珠のような瞳。少女はどこにでも居そうな町娘の風体で、その特殊な瞳さえ除けば、こんなところに居るはずもない一般人の様。
けれどその瞳は他国にまで鳴り響く血継限界という血の表れで、そもそも一般人がこんな光景を見て平気でいられるはずがない。
「なぁ、ヒナタ。武器とか最悪だよなぁ。拳サイコー」
けたけたと笑う少年に少女は構わず、ただ、静かに印を組み、チャクラを練り上げる。
お決まりの死体処理法。跡形も残らないよう、焼き尽くす。
術を発動し、ちらりと少年を伺う瞳には何の興味も感情も浮かばず。
「返り血を浴びない、という点ではいいわね」
淡々と言葉を紡いだ少女は、自分の術の成果も確かめずに歩き出す。
笑い続ける少年を遠く置いて。
「ヒナタ、待てよ」
「返り血は嫌い、血の匂いも嫌い」
完全な拒絶に少年はピタリと笑いを納め、あーあ、と天を仰いだ。
「それと、キバ君。明日から下忍任務が始まるけど、間違ってもそういう態度とらないでね」
足を止め、ぴしゃりと言い放つ少女。
少年は優れた聴覚で少女の言葉を聞きながら、全身に浴びていた血を水遁の術で洗い流し、風遁の術で乾かす。術はつまらないと言いながら、こういう所には軽々しく使う。
「そーいう態度って?」
にやりと笑って、少年は少女の目の前に現れる。
普通の人間や忍に比べてスピードがかけ離れている2人だが、単純な速さだけなら少年の方がずっと優れている。
「そういう、人を蔑んで見下す傲慢で馬鹿馬鹿しい態度のことよ」
毒々しい言葉に、少年はけたけたと笑った。
少女の刺々しい言動はとっくの昔に慣れているので、今更なにも思わない。それでも言わずにはいられない少女が愛しいと思うくらいだ。
今よりももっと幼い頃に出会った幼馴染は、本当にいい性格をしている。
「ならさ、こーゆーのは?」
手を伸ばして、思いっきり少女を抱き寄せる。それはもう苦しいくらいに強く抱きしめて、笑う。予想通り物凄い勢いで少女が暴れだしたので、最後にその黒い髪をぐしゃぐしゃに撫で回して距離をとった。
「絶対するな!」
羞恥にか怒りにか、とにもかくにも真っ赤に染まって眦を釣り上げた少女が可愛らしくて可愛らしくて、少年は笑う。
あの赤はどこにいったのか。
あの錆びた匂いはどこにいったのか。
あの痺れるような味はどこにいったのか。
あの狂気にも似た興奮はどこにいったのか。
「やっぱさーヒナタ、お前サイコーだよ」
戦いは嫌いじゃない。
本能に任せて、血のたぎるままに駆け回る。
全てを薙ぎ倒して、殺して、壊して、力を誇示する。
さいこーに楽しい事。
さいこーに面白い事。
いつも血に酔う。
調子に乗って、止まらなくなる。
暴走する。
なんのために戦っているのか。
なんの任務だったのか。
全部、忘れて。
「馬鹿なこと言っている暇があったら、さっさと帰る」
笑う少年に呆れ果て、少女は未だ熱い頬をおさえる。
少年はいつもそう。
どこまでも傲慢で自分勝手で、やりたいことをする、言いたい事を言う。
少女はそれに振り回される。もっとも素直に振り回されるほど少女は大人しくない。
「馬鹿なことじゃねーって」
全くもってつれない態度でさっさと行ってしまった少女の背を見ながら、笑う。
全然馬鹿なことではない。
少年にとっては一番大事なことだ。
戦いは嫌いじゃない。
けれど、別に暴走して人を襲いたいわけじゃない。
それは一度やった事があるから。
そのために少年は人から隔離されたから。
少年が相手にしていいのは火影の定めた相手だけだ。
少女はその静謐な空気を持って、少年の血を冷ます。
何故そうなるのか、ということは知らない。ただその事実のみが重要。少女独特の静かで厳かな空気は、何故か少年に理性を取り戻させ、冷静な判断を促す。
あの戦闘時の興奮を全て忘れさせる相手なんて、他にはいない。
「ヒナター、明日からも頼むぜー」
無言の後姿を追いかけながら、少年はいたく満足げに笑った。
2008年4月13日