『敵国の忍』




 甘い、甘い黒砂糖を口に放り込んで、ころころと転がす。全身の動きを、息を、気配を、チャクラを、全てを森の中に隠すようにして、けれど口の中で柔らかい甘さが転がるから、小さくテマリは笑った。月は見えないが、もっと見応えのあるものが見つかったから、それを肴に黒砂糖の甘さを堪能する。
 テマリの潜む大樹の下、一人の忍と、それを囲む数人の忍の姿があった。

 囲まれた一人の忍は、木の葉の忍だった。少なくとも、その衣装の形と、腕に象られた印は木の葉を象徴するものだ。それも、暗部という火影直属の実力者のみに許された忍装束。ただし、暗部が本来顔を隠すために用いる仮面はどこにも持っていなかった。隠されもしない木の葉の忍の顔は、まだあどけなさを残した15・6の少女のもので、嘘のように真っ白な瞳をしていた。それが彼女が他の忍に囲まれた理由の全て。少女が身に纏うのは、暗部にふさわしくない真っ白な暗部衣装。更にはその腰まで届く長い髪すらも白い。あまりに現実離れしたその姿は変化でしかありえないだろう。どこまでも暗部らしくない少女は、小さく首を傾げた。

(強い、な)

 テマリは心の中でそうとだけ呟く。黒砂糖を軽く舌上で転がした。
 少女が抱く瞳は、どの国ものどから手が出るほどに欲しているものだ。それはテマリの生まれた、木の葉と同盟国の砂ですら例外ではない。それほどまでに名の知れた、木の葉の"白眼"という名の秘宝。
 そもそも同盟などただ紙切れの上に書いただけの公約。ほんの少しの見せ掛けの平和の下には、今も消えない戦争の遺恨と憎悪が渦巻いている。
 いつ敵国となるとも知れない上、砂は忍不足によってかなりの緊張状態にある。同盟など塵と消えるのも時間の問題であろう。

 もしも、あの少女が忍らに捕まるような事があれば、テマリはそれを奪うだろう。
 もしも、あの少女が忍らに弱体化されるような事があれば、テマリはそのまま砂に持ち帰るだろう。

 けれどそれは"もしも"の話でしかなく、無駄な仮定。

 考えるだけ考えて、けれどテマリの意識は別のところにあった。
 "白眼"と呼ばれる、木の葉でもっとも古き血の流れを汲む血継限界。その持ち主が一体どのような戦い方をするのか、戦闘の中でどのようにしてそれを使うのか。"白眼"を扱う"日向一族"は柔拳を扱うのだという。それはどのような型を持ち、どのような戦闘スタイルで、どのような特質を持つのか。
 テマリの興味は止まらない。高揚する気分を抑えながら彼らを見守る。

 少女と、忍らの間には何一つ会話が発生しなかった。忍と忍の戦闘に置いて会話は不必要であるから、全く持って当然の事ではあるのだが、観客としては少しつまらない。更に面白くないことに、少女はあまりにも強くて、彼女を囲む忍らはあまりにも弱かった。
 だから、少女は己の抱く"白眼"の力すら解放する事もなく、あっさりと彼らの命を奪う。
 黒砂糖はまだテマリの口の中にある。真っ白な暗部衣装のところどころを血の色に染めて、こちらを見上げた少女は、あどけない顔に小さな笑みを乗せる。
 あんまりにも詰まらなくて、テマリは言う。

「つまらない」

 少女が手を上げたのを見て、テマリは潜めていた身体を彼女に晒す。もっともテマリの髪も眼も衣装も全て黒く、真白い少女ほどははっきりと見えない。
 あまりに対照的な2人の忍は、深い森の中で向き合った。

 テマリもまた、砂の暗部が身に纏う忍装束を身に付けてはいるが、その全ての衣装を漆黒に染めている。顔を隠すために付ける布は付けてもいない。肩先まで伸びた黒髪を指でいじりながら、決して友好的とは言えない表情で少女を見た。
 少女もまた、決して友好的とは言えない表情で、テマリを見る。

「ほんっとうにつまらない。強すぎるよ。そしてこいつらが弱すぎる」
「……砂の忍でも、これは正等防衛として処理出来ますが、どうしますか」

 どこか呆れをにじまして、白い少女はテマリに言う。同盟国の忍を殺すのは大抵において禁じられてはいるが、特殊な条件下のみ許される。そもそも死人に口はない。口はあっても言葉はない。よって、ここで少女がテマリを殺したとしても、なんら問われる事はないだろう。木の葉の不利益にはならない。砂がテマリの死を悼むだけだ。

「困るっ」
「は?」
「困るよ。ほんっとに困る。いいか、白い忍、私は人生面白おかしく生きないとダメなんだ。だからな、さっきまで凄いウキウキしてたんだよ。なんでか分かるか?」
「高みの見学をしてたから」
「その通り! 分かっているじゃないか白いの!」
「………白いのって…」

 呆れました、と言う表情で、深々と息を吐いた白い少女。他国の忍の前でこんなにも易々と警戒を解くことが出来るのは、己の力に自信があるからに他ならないだろう。
 それはテマリにも言えることだ。普通なら他国の忍とこんなにも無駄話をすることはありえない。

「そうだ。何か一つその眼を使った技を見せてくれないか!? 頼むっ!」
「…貴女、物凄く無茶苦茶な人ですね…」

 ありえない。本当にありえない。門外不出である木の葉の秘宝の"白眼"。それをまるで見応えのあるおもちゃ扱いだ。呆れ果て、けれどどこか少しだけ楽しい。
 自分でも珍しいと思うその感情に少女は小さく首を傾げる。
 それを"迷い"だととったのか、テマリは更に言い募った。

「お願いだっ。簡単なものでいい。いっそ私にぶつけてくれてもいい。避けるから!」

 避けたのでは柔拳の効果を知ることなどないと思うが。そう少女は思いながら、小さく笑った。目の前の黒髪黒目の砂の暗部は、その瞳を期待に輝かせていて、"白眼"を使わなくとも彼女は全身で気持ちを表現していた。

「あ、これをやる。これが報酬って事でどうだ!?」

 そう、放り投げられたのが危険物でないのを空中で一応確認して、受け取る。小さな袋に包まれた黒砂糖だった。甘い香りが立ち上って、ちょっと唖然とする。チョコレートを非常食の一種として用いる人間はいると聞いたが、黒砂糖は聞いた事がない。そもそも忍が持つ一般的な非常食は丸薬だ。味も素っ気もないが、その能率は非常に高い。

「その黒砂糖、砂で一番上手いんだ。私の気に入りの店でな、甘すぎないし、少し溶けにくくて、後をひかない。食べた後もほんのりとした甘さが口に残ってなんともいい気分だ。お茶ともよく合う」

 そう、黒砂糖のよさを力説したテマリは、少女の呆れ果てた視線をものともせず、非常に輝いていた。余程好きなのだろう。

「貴女…一体何歳なんですか」
「ん? 外見年齢は20代をイメージしているつもりなんだが?」
「………」

 絶対中身は子供だ。そう白い少女は確信して、大きなため息を付いた。
 印を組んで、"白眼"を発動。黒砂糖に毒物の含まれていない事を確認し、一つ、口に含む。砂の暗部の力説した通り、しつこくない甘さで、すぐに溶けてしまわないので飴のように口の中で転がせる。程よい甘さに笑って、解放した瞳で砂の暗部を見た。
 砂の暗部は興味津々と言った風情で、自分を見ていて、あまりない反応に笑ってしまう。"白眼"なんて、力をもつというだけでひどく気持ち悪い物なのに。

 瞳を閉じて一つ息を吸う。
 "白眼"を発現させる前の、一番最初の最初に会得する、日向流の基礎の型。腰を落とし、日向独特の構えを取ると同時に幾つか型を見せる。一つ一つの動きは簡単なようで、しかし"白眼"を併用するとなると難しい。全身のチャクラの流れを意識し、指先のみに集中させる。動きながらも、決して敵対するものから視線を外してはならない。相手の視線の意味、動きから読み取れる次の攻撃、チャクラの使われている場所、見据える場所は多く、与えられる情報を全て取り込み、必要な物のみを抽出すると同時に判断する。

 型が終われば、待っていたのは砂の暗部の輝いた瞳。喜色満面のその様にもう笑うしかなかった。
 "白眼"を用いても砂の暗部が身に纏う変化の術を見破る事は出来ず、ひどくアレンジされているのが分かるし、それを幻術と組み合わせているのも分かる。それだけ事を簡単に成す事が出来る実力者であるのだろうに、彼女はあまりにも無邪気に見えた。

「もう、いいですか?」
「結構だ! ありがとうっ」

 鼻歌でも歌いだしそうな勢いで、真っ黒な砂の暗部は笑って、真っ白な木の葉の暗部もそれに応えた。
 彼女の行動は忍としてありえないけど、それに応えてしまった自分の行動もありえない事は知っているから、もう少女は笑うしかないのだ。

 まるでありえない現実離れしたやり取りだが、そういうのも悪くない。

 もう二度と会うことはないだろうと思いながら、真っ黒な姿をした砂の忍と真っ白な姿をした木の葉の忍はそうして別れた。
 次また会う日まで、実はそう遠くはなかったのだけど。
 2007年3月3日
 スレヒナお題を増やしてしまったので(笑)
 コンビ物大好きです。テマリとヒナタはとにかく書きやすくて、この2人組み大好きで堪らないんですけど、同士様はいないですuu くぅっ!
 新しい設定を作ろうかとも思ったのですが、スレヒナ同盟の企画で使った白い忍と黒い忍が気に入っていたので流用しました。