『人質交換』
「ようするに、アレか」
テマリは、ふむ、と頷いて、ぱちんと手を鳴らした。
音に応じて、どこに潜んでいたのか、ひょい、とやけに顔のいい青年が現れる。
「それは、知らない駒だね」
「うん。知らない」
好き勝手な言葉にテマリは答えず、呆れたように肩をすくめた。
「うちの愚弟達が、そっちでお世話になっているから、どうにかしろ、と」
「うん。まぁそんな感じ」
「別に、このままこっちに取り込んじゃってもいいんだけど、テマリには借りがあったから」
こくり、と頷く2人の黒衣。
木の葉の暗部服を着込んだ、全く同じ姿の相似形の2人。
「それは困るな。というわけで、だ…」
パンパン、と、今度は2度手を鳴らす。
顔のいい青年の隣に現れたのは、これまた中々の美青年。いや、まだ少年であろうか?
「あれ?それ、そこに居たんだ?」
「へー。いつの間に」
美少年を見て、興味深そうに目を輝かせる黒衣たち。どうやらこの存在は知っているよう。
黒衣たちを見て、美少年は思いっきり顔をしかめ、後ずさった。なにやら嫌な事でも思い出したようだ。
そんな様子にテマリは構わず、2人の名を呼んだ。
「イタチ、サソリ」
「「はっ」」
呼ばれた2人は、見事に唱和した。テマリの前に、2人、綺麗に膝をつく。その一糸乱れぬ動きは周囲を惚れ惚れとさせるほどだった。
もっとも、この場に彼らの動きを素直に賞賛するような輩は、1人たりとも存在しなかったが。
テマリは、2人の頭に小さな手を置いた。
くしゃり、と一度だけ幼子を愛しむように撫ぜ、チャクラを瞬時に練り上げた。
「汝らを縛りし光の楔よ。我、砂狼の名をもちて命じる。汝らの制約、今この場をもちて永遠に効果を失わん」
光の帯が、膝をつく男たちに纏わりつき、2・3回転すると、テマリ両腕に絡みつくようにして消えた。
「て、テマリ様!?」
「どういうことだ…」
何故?というように顔を上げる2人の男に、テマリは立つように促した。
そうすると、テマリの身長の2倍はある男たちだが、理解できないというように、2人は首を振った。
「これで、お前たちとの制約はもうない。これよりお前たちは私にではなく、この2人に仕えろ」
「っっ!?」
「そんなっ!!」
「それでいいだろう?漆黒よ」
「「了解した。カンクロウと我愛羅の身柄、確かに砂の姫に引き渡そう」」
ようするに、これは交換条件。
2人の部下を提供する代わりに、人質の2人を返してもらう。
「テマリ様!」
「イタチ、サソリ。世話になったな」
違う。
違う。
世話になったのは…。
「テマリ!」
激情に駆られたようにイタチはテマリの腕を取る。テマリは表情を変えなかった。
「お前たちを縛る、私との制約はもうない」
「…どうして…」
里を出て、全てを捨てて、抜け忍となった自分に新たな生を与えたのは、この幼い少女だった。
生きる目的もなく、ただ、永遠を生きるだけの身体となった自分を拾い、新たな生を吹き込んだのはこの少女。
制約を望んだのはイタチであり、サソリだ。
自分自身で、彼女のために生き、彼女の下で働く事を選んだ。
彼女の為ならば命など惜しくない。
彼女が居ればそれでいい。
なのに。
ぎゅ、と幼い少女を2人は抱きかかえた。
とても小さなぬくもり。
守りたいもの。
あー、もう。と、黒衣が大きく息をつく。
ことさら大きな声を出した。3人に聞こえるように。
「「はいはいはい」」
「いい加減に子離れしなさいそこ2人」
「わっかんないかなー。テマリがあんたたちの為を思ってこうしてんのが」
「テマリはあんたたちを縛りたいわけじゃないんだよ」
「あんたたちを見捨てるわけじゃないんだ」
「テマリはあんた達にもっといろんなものを好きになってほしいんだ」
「自分のために時間を使ってほしいんだ」
「あんたたちが思っているよりもずっと…」
「ずっとずっと、テマリはあんたたちを大切にしている」
だから、手放す。
彼らにもっと幸せになってほしいから。
驚愕に、目を開いた2人に、テマリは眉を潜めて頭をかいた。
知っている。その仕草は彼女が照れているだけなのだと。
「…まぁ…うん…。2人ともさ、私みたいな小娘にずっと縛り付けるわけにはいかないって」
くしゃ、2人の頭を乱暴に撫ぜて、テマリは続けた。
「ずっと、このままじゃいけないって思ってたんだ。だから、いい機会なんだよ。今回は…。私は、胡散臭いこの2人が結構好きだ。すっごいねじくれまがった性格に育ってて驚いたが、根はそんなに悪い奴らじゃない。だから、こいつらに仕えてみてくれ」
「でもテマリ!」
「会いにくればいいじゃないか。私は逃げない。ずっと砂に居る。だから」
会いたくなったら、くればいい。
「テマリ…」
再び強く抱きしめられて、テマリは苦笑した。
「っつか、ねじくれ曲がった性格ってひどくね?」
「うん、でも昔の私たちを知っているテマリが相手じゃ、私たちの方が分が悪いよ」
「そうなんだけどね」
「…でも、少し、照れるね」
「………うん」
憎まれ口を叩いているわりには、2人の黒衣の頬は少し赤くて、視線も少し落ち着きがない。
「2人とも、あんまりいじめてくれるな。私の宝だからな」
「「勿論」」
にっと、笑った2人の黒衣、ちょうどそのとき、なんと3人目の黒衣が現れた。
「丸く収まったか?」
前2人の黒衣と全く同じ存在。テマリは動じることなくそれに応じる。
「久しぶりだな、先の漆黒よ」
「ああ。砂の姫君。それにうちはイタチ」
イタチの全身がびくり、と痙攣する。
「…い、るか…先生」
嬉しいような、凄く悲しいような、なんとも言いがたい表情になって、
「なんだい?愚かにもクソ爺どもの罠にはまって、うちは惨劇の犯人としてS級犯罪者に手配されたうちはイタチよ」
「……………………………………………………すみませんでした」
深く深く頭を下げた。それはもう真剣に。
「砂の姫君。うちの馬鹿弟子が世話になった。礼をしよう」
「いや、彼はよく仕えてくれたよ。嬉しかった。2人は自由に動けるようにして欲しい。他は望まない」
「勿論。部下は部下でも彼らは彼らなのだから」
イルカの言葉に、テマリは深々と頭を下げた。
「それじゃ、サソリとイタチ」
「あんたらは俺たちの配下ということで」
「表面上は木の葉の暗部ってことでいいよね?」
「じゃあ早速火影に交渉だね」
「そうだね」
くすくすと笑いながら、2人の黒衣は話し合う。まるで新しいおもちゃを手に入れた子供。
「しかし漆黒よ。この2人にどういった教育をしたんだ?性格が180度くらい違うように思えるのだが?」
「強くなっただろう?」
「ああ。本当に」
日向に怯え、木の葉に怯え、人を周囲に寄せ付けようとしなかった子供たちだとは思えない。
「あ、カンクロウと我愛羅、預かっといてくれてありがとう。上層部に連れられそうになったのを取り戻したのは漆黒だろう?」
「その通り。あの2人も元気になったな」
周囲に人として見てもらえず、何も感じることのない人形のように毎日を過ごしていた人間とは思えない。
「だろう?」
心底嬉しそうにテマリが笑って、イルカも笑った。
それぞれ自分の子供を褒められたような感覚なのだ。
出会ったときから対等であった彼らにとって、年の差などまるで関係なく、それぞれいい親友であり好敵手だった。
「じゃ、カンクロウと我愛羅返すね!」
「テマリに会いたがってた!」
2人の黒衣の言葉に、テマリは笑って、自分よりも大きく変化しているものたちの頭を背伸びして撫ぜた。
「ありがとう…ナルト。そして、ヒナタ。」
黒衣は笑う。とても嬉しそうに。
借りがあるない云々はおいといて、黒衣の2人にとって、テマリはとても優しくてかっこいいお姉さんなのだ。
カンクロウもいいお兄さんで、我愛羅も可愛い弟。
黒衣の全く同じ姿の3人組は仲良く笑って、テマリも、サソリもイタチも、みんなして笑った。
2006年1月3日
テマリ姉さまは男前。