『季節外れのイベント』
その日、テマリはチョコケーキを作っていた。
頭の中で手順を確認しつつ、手早く作業を終了させていく。
演技時のテマリの性格ゆえか、意外に思われることも多いが、料理は得意だ。もともと器用なのもあるが、何よりも子供のときからシカマルに料理やお菓子を作っていたからであろう。
ちなみに、今いるのは木の葉の外れにある小さな小屋だ。シカマルとテマリ、そして火影と風影しか知ることのない、結界に囲まれた空間。テマリの実家では料理など作らせてはもらえない。料理など作る暇があったら修行をしろということだ。もっとも、実家で働いている使用人たちにとっては、風影の娘にそんなことをさせるわけにはいかないのであろうが。
基本的に、砂里では血筋がものを言う。
テマリの家は何代も前から風影を輩出してきた、秘術を幾つも抱く優秀な忍の旧家だ。中には血継限界を抱く者も少なくはない。そのためか、次代の風影も、テマリら3姉弟の誰かが、という声が大きい。この家の忍なら、という絶対的な評価がある。
そんなもろもろの事情からテマリは実家の台所には立てない。
その為にここで作っているのだ。
午後からはシカマルもここに来る。かなり久しぶりの2人で過ごす休日だ。
そして何故チョコケーキなのか、というとそれもまた理由があるのだ。
生地を型に流し込み、余熱済みのオーブンに入れる。
ちらりと時間を確認して、テマリは小さく頷く。
シカマルが来る前に昼ごはんを作って食べよう。シカマルは食べてくるだろうから自分の分だけだ。時間もさほど掛からない。ケーキが焼きあがるまでには作り終わるだろう。
ここに来る途中に買ってきた食料を買い物袋から取り出す。
ちなみに買い物する時は変化している。風影の娘の顔は、砂であれば結構至るところで知られているのだ。迷惑な事に。
玉葱人参葱にベーコン、とどめに卵。そしてご飯。ご飯はちゃっかり家から調達してきたものだ。
野菜類を適当に切って、ベーコンの油で炒める。ある程度具に火が通ったらご飯を入れ、手早く切り混ぜとき卵を加える。味付けもまたその時の気分次第。今回は塩こしょうに醤油だけだが、毎回適当に調味料を加えるため、同じ味になることはあまりない。
一応分類的には炒飯だとは思う。そもそもの作り方が間違っている自覚はあるが、面倒なのと習慣で直すつもりはない。
例え見た目や評価が炒飯でなくても、美味しいならそれでいいだろう。
作り終えたものを皿に盛り、食べようとした瞬間に、電子機器がケーキの完成を知らせた。
竹串を刺して、何もついてこないのを確認すると、テマリは一人満足げに頷く。
型から抜いて金網にのせて冷まし、テマリは昼に戻る。
一人で食べる飯はつまらないが、テマリにとってそれは日常茶飯事であり、仕方のないことだ。
と、慣れた気配が家に上がりこむ。新しい風が、待ち望んだ声を運ぶ。
「テマリ、昼飯?」
開口一番それか、とテマリは苦笑する。
「ただいま、が先だろう?シカマル」
「ただいま。んで炒飯?一口」
「おかえり。…お前、食べてきたのだろう?」
「バカ班員達となー」
テマリは一つ瞬きをして、くっと吹き出す。
「ラーメンか」
「ラーメンすよ」
大きなため息をついて、シカマルは炒飯を要求した。
表も裏も、うずまきナルトはやっぱりラーメンが好きだ。
テマリがシカマルの口の中に炒飯を放り込み、シカマルはそれを嬉しそうに頬張る。
「うめー」
しみじみと頷いたシカマルに、テマリは小さく笑った。先程までの静寂は既になく、つまらない食卓は和やかに変わる。それだけで、変わらないはずの炒飯が先程よりも何倍も美味しく感じる。
「…?どうしたんだこれ?」
シカマルの視線の先には金網に上げられたチョコケーキの姿。不思議そうに首を傾げる。テマリはどちらかというと和菓子の方が好きで、ケーキのような洋菓子はあまり食べない。本人いわく、深みがないとか口当たりがよくないとか…まぁ、洋菓子でも好きなものは多くあるようだが。
「お前にやる」
「はぁ?」
「木の葉には女が男にチョコを渡す日があっただろう?」
「……バレンタインか?いや、っつーかあれ2月の話だぞ!?」
「2月はお前に会っていない」
互いに里きっての暗部であり、表向きは下忍でもある彼らはそれぞれ非常に忙しい。休みの予定は合うことが少なく、会えるとしたらたまにどちらかが里を訪れる時ぐらいだ。それも多いことではないし、何より知られるわけにはいかない関係ゆえに油断は出来ない。
風の国と火の国は同盟国とはいえ、戦争相手であったのはつい最近のことだ。互いに好感情を持っているものは少ない。
砂里の風影の娘であるテマリが、木の葉の下忍と会っているというだけで、噂と憶測が飛び交い、どういう状態になるのかは考えたくもないが、とりあえず拘束されるはめには陥るだろう。シカマルにもテマリにも良い状況にはならないし、互いの里にとっても良くない。
唖然としたままのシカマルに、テマリは首を傾げる。一抹の疑問がよぎる。確か大事な人間にチョコを渡す行事だったと思ったのだが、記憶違いだったのだろうか?
「…いらないのか?」
「っっ!いや…!いります。いただきます!!!!!!」
「そっ……そう、か…?」
慌てて首を振って叫んだシカマル。そのあまりの勢いに、思わずテマリは後ずさる。喜色満面で頷いたシカマルは気付かずに、感動に拳を握り締めた。
毎年毎年バレンタインに義理チョコは貰えど、本当に欲しい人からチョコを貰ったことのないシカマルにとって、思わぬ事態だった。これまで会う時間がないからとか、互いに忙しいだとか、砂にはバレンタインがないからとか、色々色々言い訳して、常に寂しいバレンタインを過ごしてきたシカマルであったのだ。
思わぬ喜びように、テマリは驚くばかりだ。
砂と木の葉では大分慣習が違い、木の葉の風習を知ってはいたが、これまでにそれらの行事をしたことはなかった。テマリは砂の人間であるし、シカマルも別にしたいとは言わない。互いに互いの行事を押し付けるつもりもなく、何より会える時間そのものが少ない。
だが…。
「テマリっ!うまい!」
舌鼓をうって、本当に年相応の表情で笑うシカマルを見ていたら、たまにはこういうのもいいかもしれないと思う。来年もまたチョコレートを彼に送ろう。今度はちゃんと2月14日…木の葉でバレンタインデーと呼ばれる日に。
顔を綻ばせたテマリに、シカマルは満面の笑みで応えた。
たまにはこんな日もいいだろう。
そんな季節外れの小さなイベント。