真白い世界。

 そこには…。


 赤がある。

 銀がある。

 金がある。







『赤と銀と金と真白い世界』







 雪が降る。
 ゆっくりとゆっくりと。
 木の葉に珍しいそれは、確実に世界を白く染めていく。
 呆然と立ち止まる暗部服の女性。

「蒼黒?」

 何をしている?と、先に立つ、長い銀の髪を後ろで束ねた暗部服の青年が声をかける。
 その声に、蒼黒と呼ばれた女性はゆっくりと暗部面を外した。
 燃え立つような赤髪がさらりとゆれて、一族特有の真っ白な瞳が明らかになる。
 蒼黒は、その真白い瞳で真白い世界を見守る。

「蒼黒。白金。どうした」
「銀赤…」

 一人先を行き、偵察をかねて周囲を探っていた青年…銀赤に、白金は首をかしげる。
 前2人と同じく暗部服に身を包んだ青年は、長い金糸の髪に、真白い世界を反射させる。

 白金と銀赤。
 2人の暗部の視線を受けて、蒼黒はゆったりと手を広げ

「雪」

 それだけを言った。
 その光景は、白金と銀赤の脳裏に、一つの光景を呼び覚ます。
 白銀の世界で、彼らを導くように手を広げた少女。
 雪に染められた世界で、彼女だけがひどく赤かった。
 彼女は蒼黒のように赤い髪をしていたわけでなく、血を流していたわけでもなかったが、彼女のまとう色は、確かに赤だった。

 導かれた白金は銀色を。
 導かれた銀赤は金色を。

 赤と金と銀

 3つの色だけが、真白い世界に存在していた。

 それが彼らの出会い。
 後に"木の葉の銀獣"と恐れられる3人が出会った瞬間だった。

「…あの日も雪だったな」
「ああ。雪だった」

 感慨深そうに言う2人に、蒼黒がその怜悧な顔に、暖かな笑みを浮かべる。

「雪だったね」

 白金は、ゆっくりとその面を外す。真黒いはずの瞳が、銀色に光り輝く。
 銀赤は、ゆっくりとその面を外す。深い蒼が、真白い世界と、そこに立つ者等を見据える。
 3人は互いを見詰め合う。

 目に見えるそれらは仮初のもの。
 誰一人、本当の姿の者はいないが、彼ら自身の目には、確かに本当の姿が見えていた。
 そして、自分らの持つ色も。
 蒼黒が静かに口を開く。

「真白い世界に現れた金色と銀色を、私はとてもきれいだと思った。あの時…私の支配する世界に入り込んだ貴方達に、私の力が同調するなんて思わなかったけど…」

 涼やかで高すぎも低すぎもしない、透明な声は真白い世界によく響いた。
 白金と銀赤は蒼黒を邪魔してしまうことを恐れるように、瞬き一つしないでそこに立つ。

「私に受け継がれた色は白。私が手に入れた色は赤。
 白金に受け継がれた色は黒。手に入れた色は銀。世界を照らす色。美しい組み合わせ。
 銀赤に受け継がれた色は蒼。手に入れた色は金。ただ一人で光輝く。世界そのものの組み合わせ」

 世界は色に満ちている。
 数えあげればそれはきりがなく、生き物すべてを取り巻いている。

 人が纏うのは2つの色。
 親から受け継がれる血脈の色。それはすなわち一族そのものの色。
 自分で自分を決める色。子供の頃は揺らぎ、安定しない混色。されど自己が形成されると共に色が定まり、自分の色を纏うようになる。

「うらやましいと思った。そんなにもきれいな色を持つ2人…私もそんな色が欲しかったと思った」

 他人の持つ色を見ることができる能力。
 だから何か?と言われれば何もない。
 持っていても意味のない能力。
 一族の力とは別の種類の力だ。

「だけど私は赤。誰をも染める深紅。血の色」

 これは結構にショックだった。
 手に入れる色は自分の性質を示すものだから。 
 自分はそこまで血に汚れていたのかと…そう思った。

「だから雪は好き」

 私のもう一つの色に染めてくれる。
 そのもう一つの色すら、本当は好きではないのだけど。
 少なくとも自分の赤を消してくれる気がするから。
 そして…自分が流した赤も、自分が流させた赤も…すべて消してくれるから。
 それが理由で雪が好きだと。蒼黒は語る。

 空を見上げ、広げた両手に雪が降る。
 その両手に、ほぼ同時に2つの手が重なった。

 白金と銀赤の手。

 何?と蒼黒が問えば、返事は同時に振ってくる。

「蒼黒は…雪のようだ。淡い白。雪が世界を白に染めるように、俺達の世界を白に染めた」
「蒼黒は…炎だ。本当は誰よりも強い願いと思いを、その身体に秘めている」

 全く違う色。
 けれどそれらはどちらも蒼黒のもの。
 欠けるなんてありえない。それ以外の色なんてない。


 だから―――


 元気を出せ―――と。

「そんな蒼黒が…俺達は好きなのだから」

 白金が言えば、銀赤もそれに頷く。
 彼らにとっては、彼女そのものが大事で、彼女も…彼女の持つ色も…どれが欠けても嫌なのだ。

 蒼黒はゆるやかに笑う。
 それはまるで、闇の中にたった一つ灯された炎のように。
 柔らかに、2人の世界を照らす。

 この青年達が嘘をつかない事を、蒼黒は知っている。
 真実の感情しか見せることのないのを分かっている。
 だから蒼黒は救われるのだ。
 心から笑みを浮かべることができるのだ。

 ゆるゆると世界が染まる。
 真っ白に。
 蒼黒の持つ色に。 


 けれどそこには2つの色も、また存在する。

 神々しいほどの金。
 白々と世界を反射する銀。





 しばらく空を見上げて。
 ゆっくりと面を被る。
 しっとりと雪に濡れたそれは、身体全体が凍り付いてしまうほど冷たかったが、気にはならなかった。

「行こう。白金。銀赤」

 もう大丈夫。
 だから、私達の住む世界へ戻ろう。
 たとえそれがどれだけ虚偽にまみれた世界でも…。
 大丈夫。
 貴方達がいるのだから。





 真っ白な世界が残る。
 そこには、赤も銀も金も…もう存在しない。

2005年1月23日