『賭けの対象 -ガイ-』
名無し、と、それは呼ばれていた。
それ、には名前がなかった。
いつからそこにいたのか誰も知らず、誰もそれの素性を知らなかった。
だから名無しが名前になった。
誰も名無しを構おうとはしなかった。
居ても居ないもの。
存在があってないもの。
それが名無しだった。
火の国の片隅で、口減らしに捨てられた名無しは、この世に存在しないのと同義だった。
あの、日まで。
「強くなりたいか?」
「……え?」
そこから、名無しの本当の人生は始まるのだ。
男は、問い掛ける。
強くなりたいか?―――と。
真っ黒に汚れきった、ボロクズのような布切れを纏う小さな存在を真っすぐに見つめて。
名無しは、驚いた。
生まれてこのかた、人と目を合わす、ということはしたことがなかった。
男は重ねて聞いた。
「強くなりたいか?」
言葉は聞こえた。
その言葉の意味も理解できた。
…だが、頭はついていかなかった。
この男は誰だ?何のために自分な声をかけた?何故そんなことを問う?
麻痺した頭の片隅に、幾つもの疑問が浮かび、認識すらされずに消滅する。
「ああ、言い換えてもいいな。このまま名無しのまま朽ち果てるか、それとも新たな名前を手にいれ、人並みの暮らしを手に入れるか」
それは、人としての暮らしすら出来ぬ名無しにとって、大層な夢物語だった。
「じょ…うけんは?…」
たどたどしく、名無しは言葉を紡ぐ。
人と話すことが極端に少なかった名無しは、知っている単語も少なければ発音も悪い。
「お前に強くなる気があること」
きっぱりと答えた男に、名無しは、顔を少しだけひきつらした。
もしかしたら、笑ったのかもしれない。
名無しは強くなりたかった。
名無しと呼ばれ、そこに存在するだけで疎まれ、拒絶され、惨めに地を這いずりまわる生活は嫌だった。
それ以上に、誰にも認識されず人として価値のない自分が嫌だった。
名無しのそういったすべての感情を、男は見抜いていた。
名無しは頷く。
都合が良すぎる、それでも、このままでは何も始まらないことを名無しは分かっていた。
だから名無しは、男に賭ける。
一生を賭けた最初で最後の博打。
「強くなりたい。人間として私は生きたい」
力をみなぎらせた瞳に、男……ガイは満足気に頷いた。
人生のどん底を知り、そこから這い上がる人間は強くなる。
生そのものに執着し、貪欲に知識を求める。
これまで与えられなかったからこそ、当然のように与えられるものに執着し、己を高めることが出来る。
そして…強くなる。
「名無し。俺はお前に名前と力を与えることを誓おう」
「私は……強くなりたい。強くなることを誓う」
これは契約だ。
一方的なものではなく、対等な立場で交わされた、確かなもの。
賭けは始まる。
賭けとは勝つためにするもの。
負けてなんかやるものか。
子供は手に入れた。
―――さぁ作りましょう。
―――最強の子供たちを。
2006年2月3日
ガイのイメージがイマイチ纏まんなかったりするんですけど、子供時代は純真無垢で負けず嫌い、大人になってからは強かで負けず嫌い、って感じでいこうかな〜と。
だからガイは、どちらかというと賭け自体に拘っている。
ガイは純粋に賭けに取り組んでいる雰囲気。根は純真無垢。悪く言えば単純。