『賭けの対象 -紅-』









「強くなりたい?」

 突然現れた黒髪の女は、ヒナタを見てそう言った。
 目の前に現れた存在は誰なのか、ヒナタは知らない。
 けれども、今しがた他里の忍を倒した手際は、見事でしかなくて。
 ヒナタを見つめるその瞳は、試すように、面白そうな光を浮かべて観察している。

 その、奥。

 本人すら気付いていないような深遠に、恐いぐらいに真剣で背筋が凍るほどの冷徹さが潜んでいた。
 自分がここで、彼女にとって気に食わぬ態度をとれば、彼女はなんの未練もなく去るだろう。
 一欠片の興味すら、失って。

「な…なりたいっ…ですっ」

 ヒナタは、視線を反らさずに、必死で答えた。
 失いたく、ない。
 この人は、他の人とは違う。

 ほんの少し、わずかな、わずかな興味。
 例えそれが無に近いような興味でも、彼女は、ヒナタ、という存在に興味をもっているのだ。

 "日向の後継姫"
 "日向ヒアシの娘"
 "白眼持ちの子供"
 "宗家の子供"

 に対する興味ではない。

 "日向ヒナタ"

 という完全な個に対しての興味。

 …初めて、だったのだ。
 これまで誰1人として、そんな人はいなかった。
 勝手に期待して、勝手に興味を失って。
 誰一人、ヒナタを見てくれず、興味を失って去っていった。

 悲しかった。
 多くの偽りの興味などいらない。
 ただ、自分だけを見てくれる人が欲しかった。
 だから、不意に差し伸べられた手を、とらずにいることなんて出来ない。
 例えそれが蜘蛛の糸よりも細く、細やかなものであっても、必死になってすがりつく。

 逃さない。
 絶対に…!

「強くなりたい…!誰、よりも…強く!」

 今まで出会ってきて勝手に見限っていった、自分勝手な者達の全てを見返してやれるくらいに。

「1人でも!生きていける力が欲しい!」

 周りの勝手な期待に傷ついて、苦しんで、自分を追い詰めて、そんなのは、もう嫌だ。
 嫌なのだ。

「私はっ!強くなりたい!」

 今、心から願う。
 大きな雫を零しながらも、目を反らさずに 
 紅は満足気に、笑った。

「合格だよ。日向ヒナタ。今日これから、私とあんたは師弟だ!」
「し、てい?」
「ああ。ちょっと手を貸しな」

 泣きじゃくったまま、ヒナタは手を差し出す。
 紅は、自分の人差し指の平を、取り出したクナイで小さく傷をつける。
 みるみると血が持ち上がり、ヒナタの手を持つと、その、自分の半分もない、小さな手の平に呪式を描く。
 血の流れ続ける人差し指に、もう片方の手をかざすと、血は止まり、傷口も消えた。
 クナイを一度手の上で回し、そのまま刄の部分を人差し指と中指の間に挟んで、柄の部分をヒナタに向ける。

「印は覚えたでしょ」

 え?と、不思議そうに首を傾げたヒナタに、紅は、にっ、と笑った。
 ここ最近観察して気付いた。
 この子、目は、いい。
 何かを見て、理解する速度が早い。
 誰もそれに気付かなかったのは、ただヒナタが周りを伺うあまりに、行動に移すことが出来なかっただけ。
 それを愚鈍と見、周囲が勝手に見限っただけ。

 だから、ほら。
 見てごらん。
 日向の愚か者達よ。
 よどみなく動く少女の手元を。
 あんた達はこの複雑な呪式をただ一目見ただけで覚えることが出来るかい?

 一つ一つの動作を確認するのはあんた達の見る目が恐ろしいから。
 おどおどと視線を伺うのは、視線の意味を理解してしまっているから。
 全てはあんた達が愚かなだけ。

 ヒナタが自分の手の平に描いた完璧な呪式に、満足気に笑った。
 小さな人差し指から流れる血をさっきと同じように塞いで、血で描かれた呪式を合わせる。

「私を真似なさい」

 片手で、印を組み、チャクラを少し流す。
 自分の後を追って、必死について来るヒナタに、笑った。

 強くなる。
 この子は絶対に強くなる。

「私と彼の者は契約を結ぶ」
「私と彼の者は契約を結ぶ」

「決して変わらず不変なる魂の重きにおいて」
「決して変わらず不変なる魂の重きにおいて」

「平等なる天地からなる世界よ」
「平等なる天地からなる世界よ」

「我等が誓いを見届けたまえ」
「我等が誓いを見届けたまえ」

 ぱちん、と何かが弾けた。
 ふわり、と風が吹いて、紅の髪とヒナタの髪を舞い躍らせる。

 古より伝わる契り。
 大地に見守られ、師弟の契りをなせ。

 ―――さすれば大地の祝福授けられよう。

「…わぁ…」

 小さく、小さくヒナタが声を漏らす。
 最後の一滴がヒナタの目じりから落ちて、地へ吸い込まれた。

「…綺麗」

 紅も、師と契りを交わし、大地の祝福を受けた。
 それは、カカシも、アスマも、ガイも同じこと。
 人生で2度目になる大地の祝福。
 ふわり、花びらが舞い、風が吹いた。
 季節的にも、花などどこにも咲いていなかったというのに、今目の前で数々の花が芽吹き、風に踊っていた。
 闇夜に咲く花々は幻想的で、雪のように花びらが舞い降りる。

「我等師弟に大地の祝福あらんことを」

 ヒナタの髪と紅の髪を、風がさらった。







 ―――さぁ作りましょう。
 ―――最高の子供たちを。
2005年8月3日
紅の選んだ子供はヒナタ。
ちなみにヒナタ5歳児。
桃園はないです(それ義兄弟だから(笑))