「化け物」
「化け物」
「化け物」

 鈴なりに声が重なって、楽しそうに唱和される。
 輪になって、子供たちは駆ける。
 輪の中心は小さな子供。金色の髪をした小さな子供。

「化け物」
「化け物」
「化け物」

 永遠に続きそうな、重なり響きあう唱和。
 そこに、1人の少女が現れる。
 つややかな、漆黒の長い髪。それは鴉の濡れ羽色。その下から覗く、強すぎる程の光を放つ、赤い瞳。透き通るのではないかというほどに白い、滑らかな白磁の肌。ふっくらと盛り上がった薄紅色の整った唇。

 整いすぎた造作に、振り返った少年たちは言葉を失った。
 弓なりの細い眉が、少し、しかめられる。
 それだけの変化が、少年たちにはとても重要に感じた。
 怒らせてはいけない人を怒らせてしまった。
 そんな、無条件に身体が萎縮してしまうような、圧倒的な存在感。

「ば、化けもの」
「化け物」
「化け物っっ!」

 先程までの言葉とは、全く違う声音で、彼らは叫んだ。
 整いすぎた造作は、時に何よりも恐ろしい。
 少女が、一歩足を進めれば、少年たちは二歩下がった。

 身体は恐怖している。
 逃げなければ、と叫んでいる。

「何、してるの?」

 少女の静かな声が、それに拍車をかけた。
 静かな、流れる清水のような声だった。耳に優しいソプラノの響きは、少年たちに絶対的な響きを持って伝わった。

「う、うわぁああああっっ!!!!!」
「化け物ーー!!!!」
「助けてっ!!」

 とうとう少年たちは口々に叫んで逃げ出した。
 少女は追いかけるそぶりさえ見せない。
 彼らの姿が見えなくなるまで、ただ見送った。
 潜められた眉が、元に戻る。

 何の感情もないような、完璧な無表情。10にも満たないような少女の顔には似つかわしくないが、何故か、彼女にはそれが当たり前のように似合っていた。
 少女はゆっくりと残された金髪の子供に歩み寄る。
 傷だらけの子供。服はぼろぼろ。血と土に汚れた小さな身体。意識は当たり前のようになかった。

「………」

 少女の手が、ゆっくりと動き出す。
 迷いなど無く、滑らかに、次々と形作って…。
 ふ、と少女の手に光が宿った。
 その光に子供の身体が照らされる。
 ゆっくりと少女が手を動かせば、少年の怪我が塞がる。

 だが、少女は眉を潜めた。
 …治りが早い。

 普通はこんなにも早くない。じっくりと、人の本来持つ再生能力に、出来る限り影響を与えずに治るはずなのだ。
 この早さは、明らかにおかしい。
 少女の疑問が解決されるよりも早く、少年の瞼がゆっくりと開いた。
 それに気付いた少女は、回復を止める。
 うっすらと開いた瞳。深い深い蒼の海。

 思わず目を見開いた。
 表情に乏しい少女の顔が、はっきりと驚愕を描いた。

「だ、ぁれ?」

 たどたどしい声。少女はゆっくりと息を吐いて、波立つ感情を落ち着かせた。

「………」

 見たこともないような美少女に、子供は驚いたようだが、すぐさま怯えたような顔になる。
 子供にとって、近しい年頃の人間は皆敵なのだ。

「鴉」

 空を指差して、少女は言った。
 子供には、それが空に舞う鴉を指すのか、少女の名前を指すのか分からなかった。

「お前…なんなんだってばよ?」

 警戒するように距離をとりながら、子供は少女を睨みつける。

「………貴方は?」

 誰?

 そう問う少女に、どうやら子供は毒気を抜かれたようだった。不思議そうに首を傾げて、少女を凝視する。

「ねぇちゃん、俺のこと知らないの?」
「………知らない」
「…ほんっとうに?」
「………本当に」
「マジ?」

 そう問いながら、少年は嬉しそうに笑った。

「俺ってば、うずまきナルト!! ねぇちゃんは!?」
「………」
「…?」
「………ガラス」
「がらす?」

 少女が頷く。ナルトが嬉しそうに笑う。
 どうして笑うのだろう、とでも言うように、少女は小首を傾げた。

「ねぇちゃん変わってるな」
「…どうして?」
「俺のこと知らない人なんていないってば!」
「…どうして?」
「…どうしてって…。さぁ?でも皆俺の事知ってるんだってば!」
「………?」

 じっ、と、視線を向けるガラスに、ナルトはよくよく考えてみる。
 そういえば、どうしてうずまきナルトは誰からも知られているのだろう?

「んーーー? そういやなんでだってばよ?」
「…分からないの?」
「…分かんないってばよ!」

 きっぱりと言い切ったナルトに、ガラスは小さく笑った。少女がはじめて見せた表情だった。
 それを認めて、ナルトもまた嬉しそうに笑う。なんとなく、彼女に一歩近づけたような錯覚。
 鴉が、一つ鳴いた。
 見れば、いつの間にか周囲は赤く染まろうという時期。
 ガラスが、困ったように眉をゆがめたのを見て、ナルトがいきなり肩を落す。

「…どうしたの?」
「ん?いや、ねぇちゃんももう行っちゃうんだって…思って」
「…ナルトは、帰らないの?」
「俺は、俺ってば…父ちゃんも母ちゃんも居ないから、いつまで外に居てもいいんだってばよ!」
「………駄目、だよ」

 少女の言葉に、ナルトが首を傾げる。
 今まで、ナルトにそんな事を行った人物は1人も居なかった。

「…心配」
「…心配する奴なんていないってばよ」
「…私が心配する。…だから、帰ろう?」

 少女が、静かに手を差し伸べる。
 白い白い頼りないほどに細い手。
 ナルトの顔がくしゃりと歪んだ。泣き出しそうな、笑い出しそうな、複雑に笑った。

「ガラス…」
「…うん」
「ガラスってば変な奴だってばよ!」

 そうだね、と、ガラスは笑った。
 ナルトも、笑った。



 赤く染まる世界で、小さな影が2つ、揺れた。