「宵鴉」
「………」

 すぅ、と闇より出でた暗部服を着込む人間に、火影は声をかける。
 宵鴉、と呼ばれた暗部は、長い黒髪を高く纏め、小さな身体を火影にさらす。

「任務じゃ」
「御意」

 それでおしまい。
 火影の手の中にあった書類が、宵鴉の姿が消えると同時に消え去る。
 それを確認して、火影は軽い息をついた。
 宵鴉、腕も中々のものだが得体が知れない。
 火影直属の暗部でありながら、火影すらその素性を知らない。
 女で、まだ子供だと言うことを知るばかり。

 先代の火影が使っていた情報網。
 そのデータと、契約内容しか知ることの出来ない異例の忍。それが暗部としての登録と任務を求めたのはそう遠い過去ではない。その力量に文句はなく、情報の正確無比さと収集量、解析能力は暗部の中でも飛びぬけている。

 故に、信頼とは別に使わざるを得ないのだ。






「宵鴉」

 息一つ乱さずに、全てのことをやり終えた宵鴉は、呼ばれて顔を上げた。そうは見えないが全身の筋肉を今すぐにでも動けるように緊張させる。
 この任務に向かったのは自分唯1人。
 それなれば呼びかける人物は敵でしかない。
 だが、思わず息がつまり、相手を凝視してしまった。

「我愛羅…?」
「…久しぶり」
「ひっさしぶりじゃん。鴉」
「久しぶりだな」

 小さな弟の周りに、ひゅ、と現れた2つの影。
 どちらも宵鴉にとって馴染みのあるものだ。

「テマリ、カンクロウ」

 あまりにも驚いた宵鴉に、2人の忍は、なんと、思いっきり抱きついてきた。
 勿論宵鴉は受け止めきれない。
 ずざっ、と滑って、地に倒れそうになったところを、砂がふんわりと受け止めた。

「ど、どうしたの?…3人とも」

 驚いた、と顔に書いてある宵鴉に、3人はいたずらっ子の顔で笑った。

「任務帰り」
「丁度宵鴉の気配したから」
「寄ってみたじゃん」

 ぴったりと息の合った会話に、宵鴉が顔をほころばせた。仲のいいその様に、暗部任務で荒んだ気持ちが自然と和らぐ。

「久しぶり。3人とも」

「ああ。宵鴉は相変わらず?」
「情報はいるか? 新鮮なものがあるが」
「蛇情報じゃん」

 仲がいいのは結構だが、3人同時に連なるように喋られると結構聞き取りにくい。この場合、久しぶりの再会で気分が高揚しているがためのであろうが…。

「砂、風、夜、落ち着いて。分からない」

 端的に述べて、それと同時に3人の表情がしまった、というものになる。3人とも一応自覚はあるのだ。

「すまない。つい」
「そうそう。嬉しくてな」
「ってか、その名前で呼ばれるのもひっさしぶりじゃん?」

「……………」

「…すまない」
「うん。ごめん」
「悪いじゃん」

 全く持って仲のいい兄弟だ。苦笑して、首を振った。

「んじゃ、改めて、久しぶりだな宵鴉」

 3人で顔を合わせ、口を開いたのはテマリだった。我愛羅とカンクロウは一歩後ろに下がる。

「会えて嬉しい」
「勿論、私たちもだ。この後急ぐか?茶でも、というわけでもないが、ここから砂は近い」
「……報告書」
「そのための夕依だろう?」
「夕依が拗ねる」
「良いじゃないか。どうせ夕依ならすぐだ。それとも私たちとの茶は飲めないか?」
「そんなわけない」
「なら、私達も一緒に夕依に頼むから、なっ?」

 頼む、と3人に見つめられて、どうしようか、と宵鴉は惑う。
 彼ら相手でなければ、こんなことで迷わない。当たり前に帰って、当たり前に報告書を書いて、当たり前に提出するだろう。
 それなのに、この3人にこんな目で見られてしまうと、その当たり前が揺らいでしまう。

 ひどく魅力的な目だ。
 皆してきらきらきらきらこっちを見てくる。

「…分かった。ごめん、夕依」

 バサリ、と音が鳴った。
 カァ、と一鳴き。闇と同化していたカラスが不満げに4人の上をくるくると回って、それから木の葉の方へ向かう。

「夕依、なんだって?」
「…ガラスのバカ、だって」

 正確にはもっと口汚い罵詈雑言だったりしたが、それはそれ。
 ふぅ、とため息をついて、夕依の好物を考える。次合う時には機嫌を取っておかなければならない。

 けれど、今は。
 と、宵鴉は笑う。

「行こう、3人とも」

 この滅多に会えない友人たちの方が今は大事なのだから。