光を捨てた者





 ―――苦しいな。

 ふと、自分のうちよりこぼれだした言葉が、何よりも自分の心情をあらわしているのだと気づいた。

 苦しい。

 そう、苦しいのだ。

 弟たちに囲まれて、国を超えた友情を培って…国を超えた愛情をもらって…。
 そんなものは私に必要なくて。
 それなのに私は日に日にそれを受け止めてしまう。

 ―――だから。

 捨ててしまえ。
 何もかも。
 光に浸かりきった私など、もう私ではないのだから。






「本当に、いいんだな」

 男の声に、はっきりとテマリは頷いた。
 覚悟は出来た。もう迷うことはない。
 だから。

「さようならだ、テマリ」
「バイバイ」

 テマリはただ、穏やかに目を瞑った。






「テマリ…。くそ…どこじゃん」

 焦燥が、深く、重く、彼を捉える。
 じんわりとにじみでる手の平の汗を握り締めた。ほぼ無意識に、舌打ちをして、周囲に気を張り巡らす。

 見つからない。

「カンクロウ、少し、落ち着け」
「落ち着いている…じゃんよ」

 ピリリと纏った殺気がカンクロウ自身の言葉を否定していた。
 我愛羅は、無表情に僅かな焦りを含んだまま、なおも言葉を重ねる。

「テマリは、大丈夫だ。俺たちが信じなくてどうする」

 顔を上げて。真っ直ぐに。周囲の中忍下忍に不安を抱かせないように。ただ、淡々と述べた言葉。静かな言葉に、カンクロウがひるんだ。昔は有り得なかったはずの、我愛羅の言葉。

 …この弟は、変わった。

「…悪かった」

 忍として、取り乱してはならない。それを、思い出した。…そんな簡単な事すら、忘れていた。

「後、5分。テマリ上忍を待つ。Aチーム、退路の確認を。Bチーム、怪我人を連れて先に退却。Cチーム周囲の結界の強化を言い渡す」

 軽く細められたカンクロウの切れるような眼光に、僅かに恐れおののきながら、それでも冷静さを取り戻した現リーダーに胸をなでおろす。本来のリーダーであったテマリを失い、カンクロウ、我愛羅の両上忍は冷静さを失いつつあったが、中下忍である彼らにとっては頼れる者は他にいない。
 カンクロウの言葉に諾と頷き散開しようとした矢先、だった。

「ククク…探し物は、これか?」

 声は、すぐ間近から聞こえた。
 音もなく、殺気も、気配も、完全に無くして現れた、その、存在。

 ―――ゾクリ、と。身が震えた。

 纏う空気からして、もう、尋常ではなかった。じっとりと沈んだ、重い、絡みつく空気。息をするのが苦しい。
 血のように、炎のように、ぎらぎらと輝く紅い相貌。お揃いの紅く染まった髪はゆるやかな曲線を描く。真っ黒な忍装束から抜け出た素肌はあまりにも白く、けれどその白は見事なまでの赤に塗り替えられていた。
 反射的にそれぞれの持つ武器を構え。

「な…っ!!」
「…て……まり?」
「てまり? 手鞠? ああ、丁度いいかもな」

 ククク、と笑う男の右腕。だらりと下げられたその先に掴まれたそれ、は。

 赤の源。

 細い、細い、金色の髪。無造作に掴まれ、赤い汚濁にまみれ、いつもしっかり4つに縛られた髪は見る影もない。
 半開きの両の眼と、生気のない青い唇。

 何よりも。
 首から下が―――ない。

 いつもカンクロウの頭を軽快に引っ叩く右腕も、育つにつれ見事に成熟した果実のような胸も。
 我愛羅をときに優しく抱きしめる両腕も、惜しげもなくさらされていた眩しいほどの白い足も。


 全部。


「―――あ……て、ま…り?」
「面白い女だった。もういらねぇけどな」

 簡単に、男はそれを放り投げる。まるで物に対する扱い。
 それを、反射的にカンクロウは受け取ろうとしたが、その腕に抱きとめられるよりも早く、頭は一瞬にして燃えた。
 紅い紅い、男の色の炎は、テマリという存在の全てを焼き尽くし、笑う。
 誰も、何も言わなかった。ただただ、男の笑い声だけが響いていた。
 それは、あまりにも突然のことで。
 誰も対応できなくて。
 誰も理解できなかった。

 ―――何が起こったのか、ということを。






 その日、砂の里の英雄碑に一つの名前が加わった。
 砂の上忍として優秀な働きをした忍としては、あまりにもあっけない…けれども、忍としては当たり前の最後だった。















 クク、と笑う。
 こんな小娘と老いぼれ相手に死ぬなんて、有り得ないだろう?
 …まぁ横槍が入るとは思わなかったが。

「やりましたね……チヨバア様。……さすがです………」

 ふざけんな、ってんだ。
 あーくだらねぇ。
 っつか、マジ、馬鹿だな。この女。
 ―――まぁ、もう会うこともないけどな。





「で、何のつもりだ」

 サソリは、己の身体をコキコキと慣らしながら、目の前の女を睨みつける。身代わりの人形を動かすのを止めて、微細に張り巡らせていたチャクラの糸も断ち切った。これでもうサソリという存在は死んだも同然だ。
 その、身代わりの人形を置き去りにし、本体であるサソリを連れ出したのはこの女だった。100の人形と10の人形。一つぐらい人形が減ろうと誰も気付きはしまい。

 女は、長く伸びた金の髪は風にはためかせる。深い、深緑に輝く瞳が特徴的な女だった。
 人形のように整った顔に、軽い笑みを薄めの唇にのせ、女は首を傾げた。

「理由が必要か?」
「貸し借りは…ナシにしたはずだ」
「そうだな」
「なら、なぜ手を出した」
「何故って? それが面白そうだったからさ」

 女の笑い声に、サソリはただ顔をしかめただけ。

「…フン。風影なら、とっくに死んで、今頃デイダラのヤツが持ち歩いている頃だ」
「それが? 私には関係のないことだ」
「…よく言う…」

 もしも、本当に関係のないことであるのなら、彼女はここにいないだろう。
 彼女が捨てたものの一つがここにある。

「それに、な。チヨバアが言っていただろう? 命と引き換えの転生忍術」
「…あれか」
「どの道お前の毒でご臨終さ。それくらい役に立ってもらわなければ困る」
「…全く、しつこい女だ。一尾を風影に入れたのはばばあだが、その計画の中心はお前の父親だろう」
「それがどうした? ヤツはどの道自分勝手に死んだ」

 その死に、間接的に彼女が絡んでいるのを知っている。サソリに接触し、大蛇丸に接触し、木の葉崩しの一端を担った。内部状況に詳しい彼女がいたからこそ砂の者の掌握は簡単であったし、暁のスパイも幾人か紛れ込ませることも出来た。

 敵でなくて良かったと、安堵するときがある。
 それを口にする事も、態度に表すことも無かったが、サソリはこの自分よりも遥かに幼い年の少女を、恐れと共に観察している。


のりとの『光を捨てた者』のときに考えて、出来なかったヤツ。
この後テマリが我愛羅を取り戻して、チヨバアに生き返らせて、木の葉組みと喧々轟々やりあって、追ってきたカンクロウと話して、終了。砂に戻ることはないです。