尾獣、と呼ばれる存在がある。
1尾、2尾、3尾、4尾、5尾、6尾、7尾、8尾、9尾。
膨大なチャクラを持ち、残忍な性格を持ち。
けれども。
知っているか―――?
彼らを従えた唯一つの存在を。
彼らすら、恐れてやまない不動の存在を。
今は、もう誰もが忘れた9匹の尾獣と1匹の獣の物語。
「葵弩様」
イタチという人間がつぶれるのと、その声は全くの同時だった。
ぐしゃ、という、人間の潰れる音にサクラが「ひっっ―――」と引き攣れた音を出した。
だがそれも一瞬の事で、サクラ、それにチヨはその場に崩れ落ち、ほんの数秒で、その空間は2人の人物だけが残される。
「来たのか」
そう、何も無かったかのように問いかけたのは銀の髪を持つ隻眼の男。
男の目の前に、いつの間にか2人の暗部が膝を付く。
黒の髪を長く伸ばし、高く結ぶ者と低く結ぶ者。
「任務です。特S級任務。葵辿は砂の崇綺、燗凪と共に風影を暁より奪い返し、潰せ、と」
「へぇ。ばあちゃんにしては思い切ったことしたじゃん」
そう言うのは、さっきまで真剣にイタチと向かい合っていたナルト。
先程までとは明らかに違った空気を纏いながら、2人の黒髪の暗部の横に跪く。その視線の先はやはりカカシ。
ナルトの言葉に答えたのは、低く髪を結ぶ暗部。
「砂のお姫様より緊急強制出動」
短く端的でありながら、カカシとナルトは一瞬にして事態を悟った。
なるほど、と。
「………………葵嗄、先に行け」
カカシはひどく青ざめて落とすようにして言った。
髪を高く結ぶ暗部は、ただ頷く。
予想通りの言葉だ。
「…はい」
「頼むから…俺達が行くまでにお姫さんの機嫌をなおしといてくれ………」
ぶるり、と身を震わせて両腕で己を抱え込むナルトに、低く髪を結ぶ暗部は、沈みきった声を出した。
「葵礎…それ多分無理」
「葵燈…話したのか………?」
「………………」
答えは無くとも、暗部面ごと視線を避けた。
よくよく見ればその身体は小刻みに震えている。
砂のお姫様、と彼らが呼ぶ人物の、切れた時の恐ろしさはよく知るところだ。
(暁…終わったな…)
ナルト…葵礎は、思わず同情するように、瞠目した。
ザァ―――と、奇妙な音を出して鬼鮫の身体を包帯のような帯状のチャクラが包み込む。
一瞬にしてそれは弾けとび、鬼鮫の体が吹っ飛んだ。それが、落ちてくる気配はなきに等しい。
「っっ!」
「なに―――っっ!?」
何が起こったのか分からずに、誰もが驚愕に息を呑み、それを見つめた。
そして、下忍3人の捕らえられた、水牢のすぐ間近で声が聞こえた。
「辿莉、何してるじゃん」
首を傾げて、テンテンの手を掴んだ男は、ひょい、と水牢の外へと連れ出す。
いきなり現れた黒ずくめの見覚えのある姿に、ガイとリー、そしてネジは驚愕する事しか出来ない。
いくら、鬼鮫との戦闘に気をとられていたとはいっても、ここまで近くに他の忍の存在があって、それに気が付かなかったなんてありえない。
「うるっさいわね、あんたこそ毒にやられたって聞いたわよ」
水から逃れたテンテンは、つい今の今まで水の中にいたというのに、水滴一つ身体に付いていない。
そして、片手を取る男、カンクロウは、確か聞くところによると暁のメンバーの毒にやられ、今はまだ動けぬ身の筈だった。
だが、カンクロウはあっさりと言うのだ。
「そんなん演技に決まってるじゃん」
その、けろっとした、いかにも当たり前だという顔に、テンテンは苦々しげに顔をしかめる。
木の葉の3人は、演技? と2人のやり取りを見つめる事しか出来ず、ただただ目を見張る。
テンテンとカンクロウは、こんなやり取りをするほどに親しかったのか?
いや―――…そもそも何故、ここにカンクロウが居る?
「あー。もう。油断したのよ。でもま、結界も張ったし、それにこの程度なら先生でも何とかなるし。演技止める必要ないじゃない?」
結界を、張った?
あの瞬時に、いつ?
そもそもテンテンは結界などひどく簡単なものを1つ2つしか使えないはず。
「そーも言ってる暇ないじゃん」
「どーいうことよ」
「砂のてっぺんが切れた。もち我愛羅抜きのなー」
「何ですって…。まさか…嵩綺?」
「そーのまさかじゃん。うちの姫さんはすっかりご立腹じゃんよ。砂は暁を落とす。木の葉にも協力が要請されているじゃんよ」
「あー。要するに私にも任務がきてるわけだ」
「そのとーりじゃん。暗部第2班、暗部第4班要するに葵辿の特S級任務じゃん」
暗部、だと? 顔を驚愕に染めて後ずさる3人をテンテンは歯牙にもかけない。
まるで、そんな存在などいないかのように。
「なるほどね。OK〜。他のメンバーは?」
「2班は今こっちに向かってるじゃん。4班は隊長の下にじゃん」
「OK。ったく台無しにしてくれちゃって…。責任もってあんたが記憶消してよ」
ちら、と、口を挟むことも出来ずに、呆然と立ち尽くしている3人をようやく見て、テンテンは大きな息をつく。
「嫌じゃん? 俺はこれ以上無駄なチャクラ使えないじゃんよ」
平然と、言い切ったカンクロウの言葉に、テンテンは少し、考える。
「……あー。がーらの中に入れたチャクラ、見失う? そー言う事?」
「そうじゃん。俺は所詮低級妖魔。嵩綺や我愛羅とは核が違うじゃん」
「そっか。でも、そのほうが私は嬉しいよ?」
「何がじゃん?」
「燗凪が食われるリスクが少ないもの」
「…俺はお前がただの異能で良かったじゃん」
「ん。アリガト」
にっこりと、2人にしか分からない会話を交わして、笑顔を見せた。
ガイも、ネジも、リーも、見たことのない、驚くほど鮮やかなテンテンの満開の笑み。
「さて、そろそろ2班のご到着じゃん」
「あらほんと」
テンテンの言葉とともに、忍の姿が空気を切って現れる。
3人の、ガイ達にも見覚えのある者たち。
1人は、こんなところにいるはずもない、アカデミーで教師をしているはずの者。暗部としての名は、辿創。
1人は、茶色い髪をしたぽっちゃり系の下忍。暗部としての名は、辿爾。
1人は、黒い髪を持つサングラスをかけた下忍。暗部としての名は、辿滉。
「無事みたいだな。辿莉」
「はい。辿槐様」
「辿莉ー。記憶処理しちゃっても構わないんだよねー?」
その言葉にびくりと震えたガイとネジとリーの3人。何か言おうと口を開くよりも早く、辿爾の腕が宙を舞い、物言えずに崩れ落ちる。
今はただ寝ているだけ、彼らは辿莉の班員であるのだから、辿莉の判断で記憶の有無は決める。
「ん。頼むわー」
その簡潔な言葉に、辿爾は頷いて印をきった。
「燗凪、来ていたのか」
「おーっす。久しぶりじゃん辿滉」
「ああ、それで状況は?」
「最悪じゃん?我愛羅の守鶴がどんどん弱まってるじゃんよ。暁も馬鹿じゃない。我愛羅の力が足りないのに気付くだろうよ。その時我愛羅がどうなるか、じゃん」
「…想像は容易いな」
「だな。嵩綺が沸騰するのも分かるじゃんよ」
「崇綺は先走っていないのか?」
会話に混じってきた辿創の言葉に、カンクロウは肩をすくめた。
「今ストッパーが追ってるじゃん」
その言葉の意味をその場に居る全員が一瞬にして理解する。
嵩綺が切れることはほとんどないに等しいが、切れてしまったらそれを自分達が止めることなどなど出来ない。
幾ら暗部有数の実力を持ち、葵辿と謳われた暗部第2・4班でも恐ろしいものはあるのだ。
ただ、1人…ストッパーなる存在を除いては。
遠く離れたところで、木の葉最強の暗部たちを恐慌させれる、ただの1人の人物である嵩綺は、笑った。
燗凪は辿莉と合流。
木の葉暗部第2班、ガイ班と接触、合流。
木の葉暗部第4班、カカシ班と接触、合流。
葵嗄は分離。
幾つもの情報を頭の片隅で捉えながら、崇綺は唇を歪めた。
背に担いだ、妖刀と名高い煌龍を抜き放ち、目の前の光景を刃に映した。
あたかもただの岩陰のように見えるその光景。
そして、煌龍に映ったのは―――。
入り口だ―――。
妖刀煌龍のチャクラ刀としての能力。
ありのままの姿をその刀身に映し出す。
崇綺は笑う。
空間に刀を突き刺した。
―――ジジッ。
とぶれるのは強力な風の国の結界。
刀はそのままに右手で押さえ、崇綺は左手だけで印を組む。
そして。
あっけなく。
軽い音だけを残して、結界は消失した。
どこかで暁のメンバーの1人が立ち上がる。
「結界が解かれただと―――!?」
我愛羅に向ける集中すら解いて。驚きを露わに、印を組んだ。
風の国の結界を解いたなら、今度は水の国の結界。水の国の罠を多彩に含むそれを、刀一本ではじきつつ、一瞬で印を組めば、氷が解け落ちるかのように水が流れる。
次々と、次々と自分を拒む結界を、破壊し続けながら、崇綺は笑った。
「甘いんだよ。暁のぼんくらども」
笑う。
笑う。
全ての障害を無に帰しながら、一振りの刀を手に風を巻き起こす。
まるで、崇綺の怒りの大きさに比例するように、大きく大きく嵐が巻き起こる。
轟音を響かせて、崇綺は進んだ。
何事もなかった空間に現れた闇への入り口の中へ―――。
「一体何が―――」
と、更に暁の1人が立ち上がり、我愛羅に対する術はそのままに視界を広げる。
そして、ちょうどその時であった。
暁の本拠地、その空間全てに響き渡るような轟音が鳴り響いたのは。
「―――!?」
ぐらぐらと揺れる大地に、いかに暁と言えども驚愕を隠せない。
万全の対策を供え、過剰なほどに防衛のなされたこの空間に、一体何が起こっている?
何も理解できぬままに。
そして我愛羅を押さえるために動けないうちに。
嵐が、巻き起こった―――。
なだれ込んできた風と砂に、暁の我愛羅への集中が解け、我愛羅の中より抜け出た砂が元の場所へと移動を開始する。
術は、壊れた。
宙に浮き上がった我愛羅は、支えを失くしたかのように地へ落下する。
支えたのは矢張り砂。
そして
「我愛羅―――」
舞うは金の髪。
完璧な美貌に浮かぶは聖母の笑み。
砂を纏いながら降りてくる我愛羅の身体を、優しく優しく受け止める。
翠玉の瞳は柔らかに我愛羅を見つめた。
彼女に触れた瞬間に、砂は霧散して風に散った。
嵐が静まる。
風に巻かれた暁のメンバーが目にしたものは、我愛羅を抱きかかえる1人の女の姿だった。
それも、幾人かは、確かに見覚えのある―――。
「…確か…前風影の娘か…」
「風影の姉だね。…うん」
その言葉は、この場に置いて何の意味があったと言うのだろう。
明らかに情報とは異なるその姿。
前風影の娘であり、現風影の姉である砂の上忍くの一テマリ。
風を巨大な鉄扇にて操り、全てを薙ぎ倒す。
力で言うなればただの上忍。
暁にとってのテマリの見識はそれくらいしかなく。
だが。
今、暁の前に佇む彼女はどうだ?
恐ろしく静かでありながら、高密度の風を周囲に漂わせ、ありえないほどの量のチャクラが、轟々と溢れ出している。
その量、その質。
どう考えても、人間のものとは言いがたく。
我愛羅の力すら、優に超えている。
「我愛羅」
無事でよかった。と、安堵の息を漏らすテマリは、優しく弟の髪を梳く。
ひどく弱った彼のチャクラを補うために力を解放する。
途端に鳴り響く轟音。
暁のメンバーが疑問を顔に出すよりも早く、ほんの一瞬で、彼等の足元は全て砂へとなりて、崩れだした。
「な…んだ…」
呆然とした声。
暁にすら何が起こるのか予測が付かない。
全てが瓦解し、砂はテマリの前に集まり、ひどく長い印を彼女が組むと、砂は天を覆い尽くした。
そして。
砂が落ちる。
まるで、雷のごとく、砂が降る。
一筋の鋭い刃となりて、舞い散る砂は、過たずに暁を狙い、次々と彼等の動きを鈍くしていく。
轟音。
テマリの身体から出たチャクラが、ふわり、と我愛羅に乗り移る。
だが、轟音の中の暁は気付かない。
彼等は未だ必死に砂を避け続ける。
何せ、彼等ほど優れた忍でありながら、印を組む暇もないのだ。
「さて。私の名前は何でしょう?」
笑い声とともに、轟音をすり抜けて響き渡るテマリの澄んだ声。
風影の長子。風影の姉。砂の上忍。風使いテマリ。
どれもこれも今の彼女に使えるような名称ではなかった。
では…誰だと言うのだ―――。
笑う女。
明らかな侮蔑を込めて嘲笑する。
そんな事も分からないのか?と―――。
「崇綺」
ポン。と落としたテマリの名前に、暁は身が凍った。
まさか。そんなはずが。ありえない。こんな女が。誰が。そんな。
馬鹿な―――……。
ある筈が…ない。
いつしか、風の国に現れた一つの嵐。
風を纏い、砂を纏い。
赤金に輝く長い髪は、人の血吸いて、直も赤く美しく輝くと言う。
深き暗闇宿す赤き瞳は、闇の中で赤の光放ちて全てを消すのだと言う。
5影を越すとまで言われたその実力。
ふわり、と長く舞う髪と、すらりとした体の線より女であろう、と。
だが、その姿をまともに見たものなどおらず。
正体を知るものもおらず。
普段どこで、何をしているのか誰も知らぬ砂の忍。
ビンゴブックにてどの里にも最強を知らせる嵐の名―――。
それを、崇綺。
砂の嵐姫。
最強の砂嵐。
砂の―――姫神―――。
「馬鹿な―――」
そう、訳が分からない。
何故、彼女が嵩綺であるわけがある?
砂の姫神の名が囁かれ始めたのは10年以上も前のこと。
その時の彼女はまだほんの子供だ。
けれど、テマリは笑う。
暁のように常軌を逸した戦闘集団でも、事実を認めることが出来ないのだから。
だから、この世界は弱いのだ。
自分の常識から外れた事は一切遮断して全く認めようとはしない。
木の葉の里が九尾の力をもつ子供を恐れたように。
砂の里が、守鶴の力を恐れたように。
「私は5歳で崇綺になった」
挑むように、嘲りを込めて笑った。
5歳の時、すでに上忍を超え、暗部の誰よりも強くなり、風影とも並んだ。
すでに人の域を超えたその能力。
だって、彼女は既に人ではなかったのだから―――。
中途にぶつっと(汗)
切れたお姫様vs暁の話。
あと何気にラブいカンテンとか。