『憧れ』
人は、怖い。
人は、弱い。
触ると、壊れる。
触れたら、疎まれる。
触れることは罪。
恐ろしい、こと。
「能力は封じた。あと少し、休養が必要だろう。その間はこちらで預かる」
3代目火影。そう呼ばれる人物の言葉に、男は、あからさまにほっとして、頭を下げる。
「では、宜しくお願いします」
どれだけ預かるのかも、その能力が確かに封印されてるのか否も、何も、聞かなかった。彼は、もう、その対象に興味がなく、恐れていたから。自分の元より遠ざかるのを、ただ、喜んだ。
男の背が消え、気配が屋敷から遠ざかっていくのを感じ取り、ようやく火影は息をついた。
振り返り、己が封印を施したばかりの子供を見やる。
子供。そう、本当にまだ幼い子供だった。
生まれたときより他と違う能力を有してしまったがために、排斥され、拒絶されつづけた、小さな、子供。それによって、人を恐れ、触れられるのを嫌い、遠ざける、子供。
正直、封印を施すには強力な術で眠らせておかなければならなかった。火影が近付いただけで怯え、逃げ出す子供を抑えるのは難しく、声を出さない代わりに涙を流し続ける子供を見続けるのは忍びなかった。
だから、眠らせ、その間に封印を施した。
今はもう開かれた、その瞳。ガラスのような、赤い瞳だと、思った。
「犬塚、キバ」
「…っっぅ!!!」
状況を把握できず、ぼうと天井を見上げていた瞳に問いかければ、一気に布団の中から飛びのく。見事な反射神経だ。
「能力は、封印した」
ただ、一言。それだけで、キバの表情は一変した。その自分の能力とやらがどれだけの被害を生んだか、知っていたから。
嬉しいのか、どうなのか、本人にも分からないのだろう。微妙に顔をゆがめ、けれど、本当なのか疑って。視線は火影を伺う。幼いゆえか、火影の外見ゆえか、火影、と紹介されたとはいえその実力は信用していないのだろう。
「試しに、触れてみるかの?」
ギクリ、と後ずさる。
健康な人間でさえ、キバに触れれば気だるさを覚え、しばらく接触を続ければ次第に体調を崩していった。同世代の子供ならそれはもっと顕著。それがこんな老人なら…。
―――死ぬ。絶対死ぬっっ!!!!!!
必死に後ずさったキバを見て、大体何を考えているのか察したのだろう。火影は苦笑して、嘆息する。一度刻まれた恐怖は中々消えるものではないと知っている。
「いいか? 犬塚キバ。ワシは自分の腕を信じとる。これでも一応火影じゃぞい?」
「………」
怯えた犬の如く隅で縮こまったキバは、大見得をきったまま反応がないのでどうしようか固まっている火影に戸惑う。火影、とは物凄い強い忍で、凄い人だと聞いているが、目の前に居るのは普通の年寄りにしか見えない。
止まったままの火影と、呆然として縮こまったままのキバ。硬直状態に、新たな風が送り込まれた。
「…何、してんですか?」
ガラリと無造作に開かれたふすま戸に、火影はにやりと笑う。
「うちはイタチ。任務じゃ。こいつに触れ」
「はぁ?」
「………っっ!」
ずざっ―――と後ずさった子供。それを感情の伺えない瞳で眺め見て。
「はい。触りましたよ。それで?」
一瞬にして距離を詰め、キバの頭の上に手を置いている。
その速さに、キバは反応できず、未だ何が起こったのか気付いていない。
「なんともないじゃろう?」
「何があるって言うんですか」
「……ぁ?」
頭の上に手を置かれたまま、呆然としている子供を冷めた目が通り過ぎた。その目は、顕著に興味がないと言っていた。
「それで、まさかこのためだけに呼んだと?」
「まさか。ナルトはどうしておる」
「あれならそこらにいるでしょう」
「明確な居場所は?」
「さぁ」
興味はありませんと言わんばかりの言い方に、やれやれと火影は大きく息をついた。それにイタチは微妙に眉を下げ、小さく、唇が弧を描く。誰にも分からないくらい、小さく。
「ただ、奇襲をしたいと、言っていましたが」
「……はぁ?」
火影は、声を上げると同時に、軽く手を振る。瞬時にその手に握られるクナイ。
―――キィィ…ン、と甲高い音がして、刃と刃が擦れあう。ふわり、と風とチャクラが空気を揺らし、部屋のものを振動させた。
突然の事態に、キバには何が起きたかも分からない。
けれど、火影は。
「誰が、奇襲の仕方を教えろと言ったのじゃ…」
小さく嘆息して、自分を狙っているクナイを適当にいなし、距離が開いた瞬間にクナイを投擲する。丁度、争っていた相手の手元に。
相手が、手元のクナイを避けたときには、もう火影の術は完成していた。その術の構成スピードは、矢張り半端ではない。
ぐるりと、風が巻き起こり。
「っっだーーーーっ!!!!」
ぼとり、と子供が落ちた。金色の、珍しい髪をした、小柄な子供。
見て、イタチは頷く。
「気配の消し方は中々だった」
イタチの言葉にだろー? と頷き、子供はくるりとキバの方を向く。目が合って、きょとんと首を傾げる。
呆然とした、黒い髪の子供。
子供…ナルトは、一度も自分と同じくらいの年の子供を見たことがなかった。火影邸にて隔離され、火影と、イタチ以外の人間には近付かない。近付けば何が起こるかなんて火を見るより明らかだったから。嫌になるほど、理解してしまったから。
「誰?こいつ」
「犬塚キバじゃ。今日からここで預かる。仲良くするんじゃぞ」
「…なんで? こいつは親も親戚もいるんだろ? 犬塚って言うのは木の葉にずっといる犬使いの一族って聞いたよ」
「そうじゃ。だが、事情があるのじゃ」
「ふ〜ん?」
じぃ―――、と、上から下まで犬塚キバという存在を見つめ…
「俺はナルト。うずまきナルトだ。よろしく、キバ」
―――嫌われ者同士仲良くやろうぜ。そう、ナルトは笑った。
ナルトは、一言で言ってわがままだった。気分屋で、自分勝手で、面倒くさがり。
キバにとってナルトという存在はあまりにも違う存在で、それでも何故か、気は合った。と、いうか、ナルトに振り回されるうちに、楽しくなるのを感じていた。
ある意味で、憧れてもいた。
うずまきナルトは、自分に素直で、恐れを知らず、それでいて、冷静だった。
「ナルトは…変だね」
「はぁっ!?」
「怖く、ないの…?」
おずおずと口に出したキバに、何が、と問いかける事はしなかった。彼が言いたい事は簡単に、本当に簡単に分かったから。それは、ナルト自身も何度となくイタチや火影に問いかけた事。
ちなみにイタチはいつもの通り無表情で、火影はにこやかな笑顔で、共に無言の答えであった。
あの2人は考えが読めない上に意味の分からない代表格だ。けれど、彼らが自分に危害を加える事はなくて。優しいだけではないけど、バカな事をやったら怒鳴られるし、注意されるし、ちょっと良い事したら分かりにくい形で返ってきたりもする。まるで、ナルトもキバもただの子供のように扱われるから。彼らは信用してもいい気がする。彼らだけは自分達を守ってくれるかもしれない、なんて甘えた考えを抱く。差し伸べられた手を無条件で握り返せる程子供でもないが、ずっとそこにある手をただ見るだけで終わらせる事が出来るほど強くはない。
錯覚しそうになる。まるで、自分達がただの何の力もない普通の子供なんじゃないのか、と。
「怖くない。っつーか、俺に怖いものなんてーねーよ」
それは、嘘でしかないけど。傷つけられてきた九尾の器の小さな強がりでしかないけど。キバはその事実を知らないから。傲慢で、気分屋で、そんな、今のうずまきナルトの事しか知らないから。彼が望むうずまきナルトのまま、ナルトは答えた。キバの気持ちは、痛いほどに分かったから。
そうして犬塚キバはうずまきナルトに憧れたのだ。
2015年4月1日
まさか更新するとは思わなかったよね。
ただ、いい加減サイトのネタとかどうにかしないとなと思って色々見てたら、出てきたので、ちょっとぶつ切りだけど載せることにしました。