『お帰りなさい』






 木の隙間を縫うようにしてヒナタは走る。
 真っ黒な衣を纏って。暗部面にその白き瞳を隠して。
 下忍では有り得ない速度と正確さで、ヒナタは森を横断する。

(―――?)

 不意に立ち止まった少女は、一度あたりに視線を這わせるようにして、面の下でくすりと笑った。

「降りてきたらどうです?」

 空を見上げて、涼しい声で呼びかける。
 その声に危機感はまるでない。
 呼びかけに答えるようにして、降るように降りてきたのは一人の青年。
 黒い髪と、端正な顔立ちを持ち、その額宛は横一文字に削られている。

「よ。ヒナタ」
「任務中はその名前で呼ばないでくれます?イタチさん」
「よ。黒蝶」

 律儀に言い換える青年にヒナタが笑った。
 その面の下に浮かぶのは、暖かなものであるのをイタチは知っている。

「久しぶり。イタチ。抜け忍が里の中にまで来て何してんの?」
「恋人の顔を見に」

 表情が変わらぬまま、真面目腐った顔でそう言った。
 ヒナタが一瞬呆気に取られて、次に笑う。

「…あんたって本気で言ってるから油断できないのよねぇ…」
「本気だといけないのか?」
「いーえ。でもイタチ。任務の後でね。それとも一緒に来る?」
「行く」

 久しぶりに彼女に会うことが出来たから。
 まだ離れたくはない。

「あ。ちょっと待って」

 そう言って、ヒナタ、暗部名は黒蝶というのだが、彼女は暗部面を外した。
 さらりと黒髪が揺れて、まだ幼さが残る顔立ちが明らかになる。

「イタチ」

 ちょっと屈んで、と促されて、その長身を少女の身体に合わせた。
 と、同時に少女の唇とイタチの唇が触れ合う。
 一瞬で離れた少女は、にっこりと、無邪気で、それでいながら妖艶な笑みを見せて言った。

「お帰りなさい」

 イタチは不思議そうにヒナタを眺めて、それから微笑んだ。
 優しく優しく。心から微笑んだ。

「ただいま」

 ―――今度の口付けは青年から。
2005年4月3日