『舞の恵み』
濃い、金色の髪がふわりと舞う。まるで、それすら演舞の一部だというように、緩やかに、艶やかに、華やかに。
鮮やかな華の飾る扇がひるがえり、着物の裾がしゅるりと鳴った。
先ほどまで大混乱と言ってもいい様だった場は、不自然なまでに静まり返っている。
舞う女が、いた。
金の髪をなびかせ、翠玉の瞳を細め、薄紫に染まった唇は妖艶につり上がる。
肌もあらわな衣装は、女の動きに合わせて舞を彩る。
ゆったりとした動きから誰一人目を逸らす事が出来ない。
もう、動く事すらも出来ない。
女に魅入り、ただ、ただ、阿呆のように口を開けて舞を見つめる。
しゃらりと簪がなった。涼しげな音が、大きく響く。
それを見つめる一対の瞳。その瞳は白く瞳孔のない、木の葉の中でも最高の血継限界と名高い日向一族の瞳。全ての障害を除いて、本来なら見えるはずもない空間を見透かす。
「綺麗ね」
「はぁ?」
白眼なんて持っていない梓鳳は思いっきり顔をしかめて黒蝶に目を向ける。任務のために城の内部を探っていた人間が、いきなりそんなことをいったのだから、驚くのも無理はないだろう。
「見せることが出来ないのが残念なくらい」
「いや、意味わかんねーし」
呆気にとられて、梓鳳は大きく息をつく。
「ま、何でもいいけどよ。任務対象のバカ殿は見つかったのか?」
「ええ。居るわ。最上階…丁度酒宴の真っ最中みたいね」
「んじゃ、行くか」
「…ちょっと名残惜しいけど…。仕方ないわね」
やっぱり意味不明の言葉を漏らす黒蝶に、呆れたような視線をやって、梓鳳は頷くよりも早く姿を消した。それを追って黒蝶もまた姿を消した。
任務ランクはA。
バカ殿一人殺すためにここまで高いランクがつくのは、他国の忍に護衛任務を要請しているからだった。
「笛の音…?」
細く、長く、ゆるやかに響く高い笛の音。梓鳳は眉を顰めて目的の位置へ足を運ぶ。酒宴をしている、と聞いたが、笛の音以外に音はしない。目的の、バカ殿が居るはずの場所。そこを姿を隠して覗き見て、僅かに目を見開いた。そこは、血まみれの惨状。一体何があったというのか…凶器などどこにも見当たらないのに、数十の人間が折り重なるように血を流して息絶えていた。
笛の音は部屋から聞こえ、梓鳳は警戒しつつ音の中心を探る。
だが、急に笛の音は途絶えた。変わりに、低い笑い声。
「目的は何だ? ここの主の命か? それとも護衛か?」
ばれている、と。躊躇う事もなく部屋に入る。目の前に現れたのは、物静かな顔をした、着物を着た青年。
「木の葉か」
「そっちはどこだ…」
「わからないか?俺は風の国、砂隠れ暗部所属、狂宴の奏者"崟叉"」
くるり、と青年が回転すると、どこにでもあるような黒髪は濃い金の髪に成り代わり、細く、鋭くつり上がった瞳は緑。何処か悪戯っぽく輝く瞳に、梓鳳は眉を潜める。
「何故」
「何故って?決まってるだろう?興味があるからさ。木の葉暗部部隊長梓鳳様にね」
「………」
「長い金色の髪に長身。暗部面は狐。噂どおりだな…そんで、その面の下は結構な美形で、青い目なんだろ?」
「………よく喋る男だな」
「会いたかったやつが目の前にいるんだ。饒舌になるのも当然だろ?」
「それで、どこの誰から仕入れた。その情報」
「アンタと寝た女から」
あっさりと言い切った崟叉に梓鳳は思わず目を見張る。その驚愕を見抜いたように、崟叉はくく、と笑った。その笑い方、が、誰かを思い出させる。名前を聞いたときから、その砂の暗部としての姿を見てから、崟叉は誰かと被った。
木の葉の暗部第一小隊が他国まで名を響かせるように、砂にもまた、有名な暗部が存在する。顔を隠さぬ暗部。金色に輝く頭髪と、緑の瞳を持つ2人の暗部。その年の頃、20代前半であるtときく。
名は、目の前に立つ狂宴の奏者たる"崟叉"。…そして。
「艶舞の狩人…菫叉」
「アイツも会いたがってたぜ?でもま、残念だったな。アイツはいまバカ殿の腕の中」
「………なんだと」
「色任務くらい、木の葉にもあんだろ。あいつは一番の適役者さ」
「………」
わずかに目を瞠った梓鳳にくくく、と笑った。
面白い。面白い。
「気にいらなそーな面だな?」
「別に。あの女が誰に抱かれようと、俺に関係することじゃない」
「ふーん。ま、いいけど。あいつの抱き心地はあんたもよーく知ってるわけだもんな」
「………挑発しているのか? 悪いが、そこまで俺は単純じゃない」
「へぇ?」
それは残念。
そう肩をすくめ、崟叉は腰から刀を抜く。見事に磨き上げられた刀身が、梓鳳の顔を映した。
梓鳳は己の刀を引き抜く。対になる双子の刀。二振りの刃が崟叉へ向けられた。
面白い。
刀と刀のぶつかり合う音が、部屋の中に響いた。
女は、ところどころに落ちた服をかき集めて、身に着ける。
雪のように白い肌はところどころ赤く染まり、それがまた、花が咲いたようで美しかった。
「おやすみなさい、ね」
くすり、と女は笑う。
艶やかな、けれどとても優しげな微笑。
女が視線を向けた先。
任務の対象。
脂肪ののった全身をさらし出したまま、息絶えた男。
聞くべきことは全て聞き出した。情報の隠滅は崟叉が行っていることだろう。
これで任務はおしまいだ。
「綺麗ね」
響いた声は、女のものではない。
同じ女の声でありながら、その声質は全く違うもの。
まだ幼く、甲高いともいえる細い声。
女はにこりと笑って振り返る。
開いた窓に、月を背負って座る少女。
真っ黒な髪が月夜に揺れる。暗部面を被った少女と思しき木の葉の暗部は笑った。見えなくとも、女にそれは伝わる。
少女はくすくすと笑いながら、女の足元に転がる死骸を示した。
「砂にも、同じ任務がいっていたのね」
「木の葉にも、な」
「任務、遂行ありがとう」
「どう、いたしまして」
くすくすと、少女は笑う。
くつくつと、女は笑う。
「戦うか?」
「どうします?」
「私は、帰りたいかな」
「それじゃ、いいですよ」
2人の暗部は笑いながら一礼する。
かたや黒い髪の少女。
かたや金の髪の女。
合わせ鏡のように同じ行動をとった2人は、互いの行動が分かっているかのようにクナイを引き抜き、急所を狙った。
「互角、かな?」
「どうでしょう?」
笑い続ける少女と女は、先ほどの言葉など無かったかのようにクナイを投げ、自然と戦闘態勢をとる。
「貴女の舞、好きですよ」
言葉と同時に繰り出される体術。
木の葉で日向流と呼ばれるその動きを、女は避けつつ、観察する。その一方で女もまた印を組み、足を狙った一撃を避けると共に発動、少女の腹前に集中する風の塊。その力に吹き飛ばされながら、少女は背の刀を掴む。
先とは大分違った状況で2人は対峙する。
「本気でするか?」
「それもいいですね…けど」
そう、傷一つない少女は刀から手を離す。
「止めときます」
「何故?」
「貴女の舞を見せたい相手がいるので」
「…ふぅん?」
「分かるでしょう?」
「まぁ、なんとなくは」
少女は暗部面を外し、その幼い姿をさらす。その素顔に、女が驚愕することはなかった。やはり、とでもいうように、納得した表情を見せた。
「では、行きましょうか?」
「と、いうか…。止めるのが、先じゃないのか?」
女の言葉の後に、狙ったかのようにドガンと音がなり、城が揺れた。
先ほどから、2人が意識的に神経外へ排除していた音と振動。
少女と女は顔をあわせ、2人、小さく笑って見せた。
いつもの、変わることの無い微笑とは違う笑い方で。
城が崩壊を始めたのは、それからすぐのことだった。
2007年7月14日
このあと火影と風影に怒られました。
なんか祝詞の舞で使おうと思ってて、どうにも纏まらなかったやつです。
珍しい4人組です。
タイトルの『舞の恵み』は『絆』のイメージで。
多分舞を見てなければヒナタは菫叉に声をかけようともしなかったと思います。