『獲物と狩人』









「んで!!! なんで俺がそんなちゃっちい任務受けないといけないわけ!? そんなん悠穹か瀞稜か黒蝶にでもやらせればいいだろ!!!!」

 ひどく高度な結界の張られた火影の執務室にて、火影に対する言葉遣いとも思えぬ乱暴な言葉が響き渡る。
 バン!!! と机を叩いたのはうずまきナルト。
 普段のものとは全く違った冷たい瞳で火影を睨みつける。
 その反応は予想済みだったのか、火影は呆れたように息をついて、彼から流れ出す殺気を綺麗に受け流す。

「っつか!!! どう考えても可笑しいだろ!? 俺は、暗部bPで暗部部隊長の梓鳳様だぞ!?」
「だから…言ってるだろ? 時間がないんだよ。今お前が言った黒蝶は長期任務。悠穹は暗号処理。瀞稜は山賊狩り。他の暗部も漏れなく任務済みだっての」
「―――!!!! っっだからって!!! んな、木の葉と砂の裏切り者の裏取引なんて上忍どもでもいいだろ!?」
「取引が終わってからでは遅いっつってんだよ」

 断固として引く気配のない火影に、ナルトは、なんとも言えない複雑怪奇な表情になって、もう一度机を殴った。
 先程より更に強い音を残して、掻き消えるようにしてナルトは姿を消した。





 と、いうわけで、ナルトは今走っている。
 ―――いや正確に言うとナルトではない。
 長い金の髪をもつ長身の黒衣。白き面は狐の形を模す。
 それは暗部部隊長梓鳳としての姿。

「さて」

 目の前に広がるはまさに裏取引という光景。
 誰一人梓鳳に見られているというのに気にしない。
 いや、気がつかない。
 これだけ近くで梓鳳に見られていながら、彼等は全く気付きはしないのだ。
 彼等とて忍であり、上忍、中忍果てには暗部でありながら、だ。

(潰して、証拠物品だけとっとけばいいんだよな)

「めんどくせえ」

 とわずかに呟いて、一つ息をついた。
 悠穹ほどではないが、梓鳳も実はかなりの面倒くさがりなのだ。
 暗部部隊長であり、暗部最強である梓鳳様はこんな雑用任務は普段滅多にしないのだ。
 全くもってめんどくさい。

「ああ。全く面倒だな」
「本当だよなー」

 と、答えた後、梓鳳はぎょっとして声の方向を窺った。
 気配なく現れていたのは一人の女。
 肌の露わな艶やかな着物に身を包み、花街にいるのがふさわしい華やかさと、妖艶さを纏う女。梓鳳よりも濃い金の髪を長く背に伸ばし、長い金のまつげに縁取られた緑の瞳は強い光を宿す。
 美しい女だった―――。

 見惚れたのは一瞬。
 明らかにこんなところにいるべきではない人間の容姿に、梓鳳は暗部面の下で薄く笑う。
 何よりも、梓鳳に気配を悟らせなかったのだ。
 それほどの強者に、ここ最近出会ったことがあっただろうか?

「お嬢さん。こんなところで何を?」
「あら。お嬢さんと呼んでくれるの?木の葉の暗部様」

 くすり、と笑う女に、梓鳳は不意に嫌な予感に身を強張らせた。
 つい今の今まで感じていたはずの高揚感は、一瞬にして冷めゆく。
 この女は、似ている。
 梓鳳の知る、梓鳳のただ1人恐れる人間に。

 そうだ。
 彼女もこうして自分をからかって笑うのだ。
 これは危険。
 早いうちに任務を終わらせてしまいたい。
 すぅ、と息を吸って、強者にしか分からないくらいの殺気を流す。

「何者だ」

 冷たく感情のないその声に、女は笑った。

「同業者、とでも言えばいいのかしら?」
「どこの者だ?」
「分からない?」

 くすり、と己を嘲る笑みに、梓鳳はむっとして面の下で顔を顰めた。
 女は笑い続ける。
 こんな所まで黒蝶と変わらない。

「砂」

 一言、答えれば、女は面白そうに目を輝かせる。

「何故?」
「砂と、木の葉の裏切り、となればそれしかないだろ」
「ええ。その通りね。意外ね。木の葉にも骨がある暗部がいたなんて」

 心底驚いたという風な女の声が、梓鳳の感に触って、ぴくぴくと眉を引きつらせる。
 この女はあれだ。
 なんというか、どうもこうも梓鳳の気に障る。
 することなすこと…例えばふわり、と風にのる髪すらも気に障る。
 はっきりいって、八つ当たり気味だが。

「でも、嬉しい」
「何故」
「私に、獲物をありがとう」

 にっこりと女は笑んで、不意にかき消すように姿を消した。
 気配が現れた場所は梓鳳の近くではない。
 つい、先ほどまで見ていた裏取引の現場だ。
 ぎょっとして、慌てて梓鳳は視線を向ける。

 女ははたしてそこにいた。
 鮮やかな血潮を浴びて、なお妖艶に、美しく、気高く…着物の裾をふわりと舞わして、長くすらりと伸びた白亜の足を地につける。
 遅れて地に舞い降りた着物が場違いな程に穏やかな動きをしていた。
 たわわに実った果実の谷間から、女は扇子を取り出すと、ゆっくりとした動作で開き、まるで円舞でも始めるかのように、足を引き一礼して見せた。
 どこまでも、どこまでも優雅で、絶やすことのない深い微笑はただ美しかった。
 魅入られてしまったか、根が生えてしまったかのように足が動かず、知らず、唇が震えた。

「獲物は狩人に出会い絶望し、狩人は獲物に出会い歓喜する」

 紡がれる言葉すらも金の輝きを纏い、涼やかな声はぞくりとするほど色っぽい。

「…獲物は狩人に魅入られ、狩人に歓喜する」

 まるで、言葉遊びのように、面を外し、くつりと笑った梓鳳に、女はほんの少し目を見張り、次の瞬間には面白そうに笑みを深めた。
 梓鳳の、明るい金の髪がきらきらと輝き、深い蒼の瞳は、より一層深みをまして、女を見つめた。

「狩人は獲物に興味を持ち、獲物は狩人に興味を持つ」

 歌うように女は続けた。扇子を閉じて、目を細める。

「獲物は狩人に目を奪われ、心奪われ、狩人に惹かれる」

 歌うように梓鳳は続けた。ふわり、と女の元へと降りて、滑らかな白磁の頬に手を添える。

「狩人は獲物に興味を持ち、心奪われ、獲物に惹かれる」
「木の葉の暗部部隊長梓鳳、狩人をこの手に収めんと臨む」
「砂の暗部、艶舞の狩人菫叉、獲物をこの手に収めんと臨む」

 互いに笑って、女、砂でよく名の知れた暗部である菫叉は梓鳳の手の上に己の手を重ねた。

「欲しい?」
「欲しい」

 緩やかに焦らすように、女は梓鳳の指を唇にくわえ、梓鳳はもう一方の手で菫叉の腰を支えた。
 互いの足元を濡らすは今しがた流れたばかりの紅。
 意識はすでにそこになく、梓鳳は菫叉の唇から指先に伝わる熱に焦がれた。
 熱を求めて、2つの色合いの違う金色の髪がふわり、と彷徨った。





 狩人は獲物に焦がれ、獲物は狩人に焦がれ、闇の中で互いを焦がす。
2005年10月15日
………不健全。
菫叉の本名すらないuu
まぁ分かるとは思いますが。砂だし(笑)

梓鳳はとっても気分屋で意見もころころ変わります。
冷酷で頭が切れて、強引で自分本位って「赤い手」にも書いたけど。
自分が良ければよし。を地でいく人物。
冷静に見せかけて頭ん中では意見が2転3転してます。
面倒くさがりでプライドも実は高め。

最初はすぐに正体気付いてばらしちゃえばいいかなー、なんて思っていたんですけど
今は、互いが必要不可欠な存在になってから初めて相手の正体を知るのもいいかな、と思います。