『暗部入隊』
(―――すげぇ…)
鳥肌が立った。
目が引き離せない。
細身の引き締まった身体。男か、女か、それが分かる部分はゆるく覆い隠され、けれどそのバランスのとれた身体は明らかだ。 長く艶やかな黒髪は、それ自体が命を吹き込まれたように、軽く舞い踊る。色素の薄い、灰の瞳がまるで鋼のように冷たく、鈍く輝く。
刀を握る手が鮮やかに、音もなく動く。
髪がはらりと舞った。
そして…
「………参った」
短刀は過たず相手の首筋にあった。
(すげぇ!!)
その黒髪の人間は未だチャクラの放出すらしていない。
武器は最後の短刀だけ。
術も使わず武器も使わず。相手の怒涛のごとき術と技を潜り抜け、あっという間の終着。
無駄な動きなど一欠けらもない。
初めて、見惚れた。
全てを超越したようなその強さ。
全てを見通したようなその速さ。
鳥肌が立つほどの美しさ、というのか。
わずかに身体が震える。
身体中を言い表せないような深い感動が満たしていた。
「次の者―――」
定位置に付いた。
さすがに暗部の入隊試験ともなると静かなもので、誰一人話すものはいない。
冷静な面々が並ぶだけだ。
感情のコントロールのできないものなどここにはこない。
その長い黒髪を無造作に垂らしたまま、次の試合へ意識を向けた。
自分と同じ真っ黒な髪を肩までながした男。
つりあがった瞳は赤。
呆として、戦いの場に立っている。
(結構強いな…。アイツと同じくらいか)
目の前の存在を、自分が鍛えている存在と比較する。
「始め―――!」
戦いの始まり。
男は動かない。
現役の暗部である相手は、黒髪の男の様子に目を細める。
暗部になるために通常は先手必勝を心がける。
先手を取ったほうが戦略として正しい。
対戦する暗部の情報は知らされないので、小手先で相手の情報を知ることによって活路は見出される。
だが、黒髪の男は動かない。
やる気があるのかないのか、ただそこに立つ。
その様に見えた。
が…
ゆらりと暗部の影が動いた。
暗部は気付かない。
前に出ることのない黒髪の男をただ見守る。
黒髪の男が、ようやく動き出す。
クナイを取り出し…ひどく軽い動作で暗部に投げた。単純極まりない動きだが、シンプルが故に早い。
さすがに現役の暗部は軽く避ける。
何よりも黒髪の男のその行動の意味の方が重要だ。
ただ、投げただけで終わりはしないだろう。
その一瞬の後、暗部の首筋に鋼の感触があった。
獲物は、先ほど男が投げたクナイ。
暗部は避けたクナイが落ちるか、どこかにあたるか…そのどちらの音もしなかったことに気付いた。
今更でしかないが。
「参った」
(影をわたった―――か…)
暗部の影が揺らぎ、そこから現れ出でたのは黒髪の男の本体。
試合の始まりを告げた次の瞬間には影分身と本体が入れ替わっていた。
その事を気付いたのは自分と3代目火影くらいであろう。
この場にいるどの暗部候補も、ましてや現役の暗部すらも気付くことが出来なかった。
(さて、正体はだれかな―――?)
自分には彼が変化であることが分かる。
多分他は気付いていない。
チャクラなど微塵も漏れ出してはいない。
けれど変化だ。
間違いなく―――。
そう。
自分と同じように―――。
火影が笑っている。
この場に残ったのは4人の暗部候補。
自分と、あの長い黒髪の暗部と、あと…まぁまぁ強い奴ら2人。
「さて…ここに残った4人には今日より暗殺戦術特殊部隊として働いてもらうが…よいか」
勿論全員の答えが"是"―――。
でなければ誰がこんなところまで来るというのか。
「暗部名を使うもよし。本名でいくもよし。名前をここへ」
そういって火影は書類を差し出す。
名前と血印。
それだけだ。
それから―――と、火影は付け足す。
生真面目に火影を見守る4人の中の一人に視線を向ける。
長い長い黒髪を持つ者。
「お前は、暗部名でいくのじゃろう?それなら、儂がその名前を付けさせてもらってもいいかのう」
火影の言葉に多分、内心は誰もが驚いた。
それは、火影がその者を認めたことに他ならない。
黒髪の者は、全く動揺の色がないその瞳で、ただゆっくりと頷く。
「お前の名は影火。火影の逆字を受け継ぐにふさわしい強き者よ―――」
ざわりと。
誰も身動き一つしないが、空気が動く。
黒髪の者は、少しだけ驚きに目を見開いて、深々と礼をした。
「ありがたく―――」
拝命いたします。
そうして影火という名の暗部が誕生した―――。
同時に流雲という名の暗部が誕生する―――。