『守派』
守派―――
という存在を知ったのは5歳のとき。
日向には日向ではない人間が数多くいた。
それらの人間は総じて誰か1人を守っている。
そして、その誰か1人は必ず宗家の人間だった。
何故? と思い、そのうちの1人をとっ捕まえて、聞き出したこと。
その守は、はとこに当たる存在の守だった。
生れ落ちたその瞬間から、他人のために生きることを強要される。
それが守。
その守の記憶は隠蔽した。
それから一年後、自分の守が現れた。
勿論姿を隠して、自分に悟られないようにしていたけど。
自分よりは弱いことが分かった。
いらいらした。
だから、自分の本当の姿を見せることにした。
都合よく―――本当に都合よく白眼を狙う他国の忍がうろついていたから、わざと日向を離れて襲われて、一瞬で始末した。
自分の持つこの刀は、本当によく切れる。
日向の名刀"日炎"―――。
かつて暗部にも所属した日向ヒザシという忍が使い続けたその刀。
3歳の時から自分にとって、切っても切れないような関係。
今では自分の半身とまで思っている。
血に濡れたまま己を守るために姿を現した少年を見た。
呆然とした表情で立ちすくむ少年。
これが自分の守か。
冷めた感情でそう思った。
その存在を知ってはいても、姿を見ることなど出来はしない。
「君が私の守派?」
「………」
驚きに目を見開き、全身を強張らせた少年は、それでも素直にうなずいた。
「そっか。でも、もういいよ。私はこの通りの人間だから」
己の纏う血を見せるように、両手を広げ、冷たく口の端を持ち上げる。
凄惨に、冷たく残酷に見える事を考慮して。
だが、少年は首を振った。
その、琥珀色をした深い色合いの瞳を、戸惑うように瞬かせて、けれどもしっかりと首を振る。
「―――なんで?」
「………」
生来無口な性質なのか、それとも守派の教育故か、何一つしゃべらない少年に、ほんの少しいらつく。
「…守派が怖い? 守派に従わないと殺される? それとも術でもかかっている?」
昔捕まえた守派には、そんな術はなかったようだが、守派に余計なことを話させない考慮として、何かしら術をつけている可能性もなくはない。
けれど、琥珀の瞳はそれを否定した。
きらきらと瞬くその瞳が、段々と落ち着いて、深みのある琥珀が赤に染まったヒナタを見つめた。
次第に昂ぶる感情を抑えて、ヒナタは琥珀を見返す。
「守派でなくなると殺されるというのなら、私が守派を殺してきてもいいよ?」
それでも、少年は首を振った。
次第にヒナタの眉間にしわが寄り、戸惑いを含む表情で首を傾げる。
守派、という存在は、里の中から無作為に集められた子供たちのうち、優秀なものだけを抜き取り、一人の人間を守らせる。その人間のためだけに生き、その人間の為だけに死ぬ。そこに個々の意思はないし、自由もない。常に他者の為を思い、その守るべき存在の為だけに自分を縛る。
そんなのは、まっぴらごめんだとヒナタは考えた。
自分の主は自分だけ。例え他者に主を求めるにしても、それを決めるのは自分自身の意思。だから。
ヒナタは自分自身の為に生きる。自分自身と、自分の為に死した者の残したものの為に。
「君を守る事が、僕の役目だから」
「だから。…だからそれは強制じゃないの。守派が勝手に決めたことだから違うの」
苛立ちを押さえて、ヒナタはどうすれば言いたい事が伝わるのか考える。
「…違わない」
「?」
「僕が、君を守りたいと思ったから、僕は君を守る。守派であっても…そうでなくても」
「………なんで」
「悲しい目を、していたから」
だから、守りたいと…そう、思った。
少年の答えはとても簡潔。
ヒナタは目を見開いて…ほんの少し笑った。
「でも私は、君よりも強いよ」
「盾にならなれるから」
「それは駄目。絶対に許さない」
断言されて、少年は困ってしまう。
どうすればいいのだろう?
首を傾げて眉を潜める少年に、ヒナタは今度こそ手放しで笑った。鮮やかに、眩しいくらいの笑顔で。
「私を守ってくれるのなら、私のために傷つかないで欲しい。私は貴方の主君でも上司でもない。貴方が私を守りたいと言うのなら、自分の身を守って、次に私を守って」
それは守とは少し違うけれど、ヒナタにとって譲れる最大の譲歩。
守派なんて一貫教育の元、全然面白くもなんともない人間味のない存在だと思っていたけど、そう決め付けるには早かったのかもしれない。
これまでヒナタは、嫌になるほどの嘘をつく人間を見てきた。
日向の人間はいつも嘘をついている。見苦しいまでに保身をはかり、いつもいつもくだらない事を表面下で争い、表面上はにこやかに笑う。気持ちが悪くなる程に醜い。
だから、嘘をついているのかそうでないのかはよく分かる。
そうでなければ、あの日向の世界で生き延びれない。
「…守ります。第一に自分を。第二に貴女を」
守らせてくださいと、目の前の守は頭を下げた。その琥珀色の瞳のなんと綺麗な事。こんなに真っ直ぐで、温かく柔らかな、綺麗な存在があったのかと、ヒナタは目が覚めるような思いだった。
真っ直ぐで、誠実で、頑固な、そんな羨ましいくらいの純粋さ。
嘘なんてどこにもない。
だからヒナタは笑って、そうして油目シノという守派と知り合った。