『本当の始まり』 「よっしゃヒナタ花見するぞ!!」 すっぱーん、と扉を開けて、飛び込んできたシカマルの姿と内容に、暗部最強と名高い弐神が一人、時雨ことうずまきナルトは眉を顰めた。 いま、割と優雅な時間だった。 任務が終わって、夜の暗部任務までの時間。張り巡らされた結界の中の広大な屋敷の中で、何一つ演技する必要もなく、ヒナタの作った生クリームに大きな苺をはさんだロールケーキを、桜の花びらの浮かぶ緑茶で頂く、なんとも優雅、かつ至福な時間。 冷たく静かなうずまきナルトでは有り得ない表情で、演技時にくらべると乏しい表情なりに、実に堪能していたりしたので。 ほぼ、というか、完全に無意識にどこぞの異空間から刀を引っ張り出して、シカマルに突きつけていた。 「いや、ちょ、なんだよおまっ。いきなりご挨拶過ぎだろ!?!!」 さすがに最強の名は伊達ではない。そこらへんはムカつき悔しいながらも納得しているシカマルとしては、焦って即刻降参体制だ。というか何故にいきなりキレられているのだ。 「え、何? 血染めの花見大会?」 その様子をナルトの対面でお茶を飲みつつ雑誌を読んでいたヒナタは、ふっ、と冷笑する。なんとも冷淡かつ愛のない反応だ。…いやまぁ、手厚い反応が返ってきた方がシカマルとしては恐ろしいのだが。 とりあえず我に返って刀を下げたナルトに安堵して、シカマルもそそくさと指定席に腰をおちつける。 「あ、てかヒナタ俺の分はー?」 「冷蔵庫ー」 雑誌をめくる手を止めることなく、ヒナタは返す。座ったばっかりなので動くのが面倒くさいなーでもケーキ俺も食べたいなーという葛藤を悶々と繰り返し、ようやくケーキへの誘惑が勝ったシカマルはのろのろとケーキを取りに行く。 それら全てを静観していたナルトは、静かにケーキを口に運んだ。 つい最近日向ヒナタと奈良シカマルの正体を知り、この奇妙な空間でのお茶会に混じるようになり、更には暗部任務を共にこなす様になったナルトは、まだまだ己の立ち位置がよく掴めない。 二人の演技時しか知らなかったナルトとしては違和感が大きいのだ。 ただ、暗部の闇月も雲月も、スリーマンセルとして組むには不足のない相手で。なおかつナルトの想像以上にやりやすい相手で。 気に食わないところはあるが、認めざるを得なかった。正確には、認めてしまったほうが精神的に遥かに楽だった、という話。 いちいちいちいちヒナタの演技とかに合わせてたら神経持たないし、そのギャップに気味悪がるよりも面白がったほうが遥かに平和だと察した。察するまでどういう精神状況だったかは―――まぁ、つまらない話だ。とかく、孤立を好んで維持してきたナルトだが、状況を受け入れるというスキルを身に付け、今の状況を中々に楽しめるようになっていた。 「あーケーキうめー! 苺最強!」 ロールケーキを大きく口に放り込んで、シカマルはにまーっと笑う。こういうときだけは、いつでも眉間に皺を寄せたしかめっつらで年寄り臭い雰囲気だしまくりのシカマルが、やたらと幼く見える。 「………」 無言でナルトは同意。 通じる筈ないのだが、何故か二人は通じているような気がするので不思議だ。 ケーキを食べ終えて、ようやくシカマルは一番最初の話に戻る。 「花見しようぜー!」 「いつどこで誰と誰がすんのよ」 「今日の夜に俺とヒナタとナルトが、奈良受け持ちの森でー」 「…今日は任務だろ」 「ふっ」 シカマル、ニヒルに笑う。 その口元に生クリームの塊がついているので、ちっとも格好良くないが誰も突っ込まない。というかヒナタはにやにやにやにやいつ気付くのかなーと面白がっているのが丸分かりだ。 「いいかーよく聞けよナルト!」 「?」 「今日のお前は休みだ! ついでに言うなら俺とヒナタもな! っていうか大体お前ら働きすぎなんだよめんどくせー!!!!」 「え、ホント? どーやったの?」 「もぎ取った! そんで押し付けた!!!!!!」 「押し付けた…ってお前」 「火影様の了承さえ貰えればこっちのもんだっつの!」 「わー極悪人ー」 「かっけーだろ!」 「てかそこまでしなくてもいいだろ」 「ふざけんなよナルト!!!! 桜の木はな! 木の葉全域で一斉に咲いて、わずか二週間足らずという短い期間で散るんだぞ!? この火の国の季節感を形成する重要な風物詩なんだ!!! その開花期間の短さ、そしてその花の美しさはしばしば人の命の儚さになぞらえられる!!! 古来では…」 「あーはいはい花見ね花見。とりあえず黙りなさいシカマル」 「―――っっ!!」 尚も喋ろうとしていたシカマルの口を両手で覆って、ヒナタはため息を一つ。 「そういうことみたいだから、ナルト君、準備手伝ってくれる?」 くれる? って聞いている割には、目が「手伝わないとぶっ殺す」的な迫力に溢れていたので。ナルトは即座にうなずく。 「…で、こいつは何なんだ?」 「シカマル、異様に行事が好きなのよねー」 「好きとかそういう問題か…?」 だいぶ行き過ぎているような気もする。 はじめてみたイベント前のシカマルテンションについていけず、ナルトは訝しくため息をついた。ヒナタを見る限りよくあることなのだろう。というか暴れるシカマルの口を塞ぎながら面白がって関節技をきめようとしているように見えるんだがどうなんだそれは。 そんなだいぶ激しい二人のコミュニケーションを眺めながら、ナルトは少し羨ましいなとかなんとか――― 「思うかっ!!!!!!!!!!!!!!!!」 「「っっ!?!!!?!?!?!?!?」」 突然の大声に、さすがにヒナタもシカマルも動きが止まる。 ナルトも叫んだ自分にはっとして、恐る恐る2人を見やる。 「……………………」 「………………………………」 「………………………………………………………なんでもない」 「いやいやいや!!!!!! なんでもあるだろ!!!! 問題ありまくりだろ!!!!!」 「そうそう。いきなり何事? ちょっと独り言にしてはおっきすぎるよねー??」 「いや、本当に、何もない」 明らかに怪しい態度で、感情の薄い顔に変な苦笑いを貼り付けて、ナルトは後ずさる。 うっかり気がついてしまったのだ。 今の行動で、二人のターゲットはかんっぜんに自分に移ってしまったのだと。 「ふふふふふふ。なーに考えてたのかなー」 心底楽しそうに笑いながら、変に手をわきわき動かすヒナタ。 「ナルト、お前とは短い付き合いだったな。恨むな、とは言わない」 変にかっこつけたシカマルの影が不自然に揺らいだ。 「―――!!!!!!!!」 気付いたときにはもう遅い。 影に動きを縛られる。それを解こうとした瞬間にはヒナタが距離を詰めている。 二人がかりで押さえ込まれ。なんていうか、分かりやすくピンチで。 なんかもう気分は貞操の危機★みたいな? 「やだーナルト君よわーい」 「こうなると暗部ナンバー1も形無しだよなー」 好き勝手言いながら迫りくるナンバー2とナンバー3。 ナルトの頬がひくりと震える。なんか、変な汗が出て。あ、やばいこれパニックって言うか混乱って言うか俺すごい久しぶりにめっちゃあせってるどうしようと考えて。 「!!!!!! お、お前ら…ふざけるなーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」 最終的に、叫ぶことしか出来なかった。 「あー綺麗じゃない」 「だろ? よーやく満開だ」 やたらとさわやかな二人に続いて、やたらと憔悴したナルトが着いた場所。 奈良の管理する森の奥深く。小さな結界に守られた空間。 桜の木は20本程か。里の桜の名所に比べれば全然少ないだろう。 けれども、すべての桜の木が満開といってもいい状態。それだけの桜に取りかこまれた小さな空き地は、花見をするにはなんとも最適で最高の場所だった。 「―――綺麗だな」 静かに、静かに、ナルト自身意図せぬままに、零れ落ちた感嘆の言葉。 あまりにも素直な感情の込められたそれに、少し驚いたように前行く二人は振り返る。 桜は振り注ぐ。 まだ幼い少年と少女に、優しく降る桜の花びら。 夜の暗闇に浮かび上がる桜の花はひどく幻想的で、その舞い落ちる様がどこか儚くて、寂しくて、それ以上に美しかった。 「「ナルト」」 呼ばれ、魅入られたように動けなかったナルトはようやく前行く二人へと視線を移す。 シカマルとヒナタの表情がひどく柔らかく穏やかに見えて、ナルトは静かに驚いた。普段、性格は悪いし人のことをおちょくってばかりの二人組みで、まだ、それ以外をあまり見た事がなかったから。 ああ、こんな顔も出来るのだと、初めて知る。それが向けられているのが自分だということが、どこかくすぐったい。 「これからもよろしく、ね」 「ま、精々仲良くしよーぜ。めんどくせーけどな」 演技のときとも、普段の冷めた笑みとも違う、楽しそうな顔。どこか安堵したような表情の二人に、ナルトはようやく気がついた。 自分が二人への態度や立ち位置を決めかねていたように、彼らも自分への接し方を迷っていたのだ。その迷いが、三人の表情に緊張を生んでいたのだろう。 だから、これがきっと、初めて見る二人の本当の表情。 「ああ―――よろしく…」 不意に、肩の力が抜けた。 桜の降り注ぐ幻想的な夜、ようやく打ち解けたような気がした。 |