この気配―――。
 コレは…知っている。

 走る。
 闇を。
 血にまみれて。

 だって

 この気配は



 同じモノだ





 ―――同じ化け物のモノだ








『弐神の邂逅』













 気配を探る。
 その特殊な瞳を開放し、遥か先を見つめる。



 あった。



 いや惹かれたのかも知れない。

 あれが九尾。




 同じ眷属の者―――。













 見られている―――?

 それを時雨が感じたのはほんの一瞬だった。
 血に染めた、暗部の衣装をまとった20歳前後の青年。
 金色に輝く髪は後ろ髪だけ長く、短く逆立った髪の中から尻尾のように結ばれている。
 暗部の面は黒地の狐。ラインは全て金。

 暗部の中では、その一員どころか伝説的な名を持つのが、この青年である。
 暗部一の腕前。
 依頼をこなした数は知れず。
 殺した人の数もまた知れず。
 圧倒的なその力は火影にも迫ると言う。

 一瞬の視線を追って、時雨は駆ける。
 ただ駆けるといっても、その速さは目に見える速さではない。
 上忍が見てさえ、風が走ったとしか思えなかっただろう。

 ―――この気配

 生臭い血臭に混じる匂いは時雨の知っているもの。
 その面の下で、時雨はかすかに目を見開き、更に駆けた。

「あ……?」
「―――」

 それはとても壮絶で…凄惨な光景。
 けれども…どこか妖艶で…。
 あまりに紅いそれを衣のように纏った少女は、一糸纏わず。
 ところどころに服の残骸が張り付き、早熟な身体を両手で抱え、血の張り付いた真っ黒な髪は乱れ、その白い瞳は恐怖に見開かれている。
 あまりに華奢なその身体は小刻みに震えた。


 ―――日向ヒナタ


 日向家宗家の嫡子。
 血継限界の白眼をもつ、重要人種。
 そして、今年忍者アカデミーを卒業し、下忍としての生活を送っているはずの者だ。
 時雨はその少女を知っていた。
 だからこそ、少しだけ視線を逸らす。

「日向ヒナタだな。何をしている―――」
「…あ………っ……?…」

 ―――無理か。
 その格好から大体の想像はつく。
 拉致られて犯られて…その瞳を手に入れるための実験体。

 だが1人なのは可笑しい。
 下忍は常にスリーマンセル。
 他のメンバーがおらず、ヒナタが一人というのは考えがたい。
 なぜならこの少女は、宗家に見放された落ちこぼれであるのだから。
 ヒナタ一人で逃げ切れるわけもない。
 逃げる度胸もないだろう。
 それなら、一人でいるところを襲われたか。

 そうあたりを付け、時雨は暗部の衣装を一部脱ぎさるとヒナタの肩にかけようとした。
 正直どうでもいいが白眼を狙う者に見つかったら厄介だ。
 敵はどこにいるのか、それも気になる。


 ―――と

 その時




       ―――ドクッ。




「―――っっ!?」

 身体中の血が沸騰した。

 熱い。

 立っている事さえ辛く膝をつく。
 思考がままならず…ただ堪える。
 これは確か昔にもあった―――。
 苦痛の中で記憶を探る。

 異変はその時。

「あは…ははははは…」
「日向…?」

 すっく―――と立ちがったヒナタが、突然もらす哄笑。
 思わず時雨は声を漏らした。
 その吐息さえも熱い。

「あはははははは!!!!そこにいたかっ!!!!」
「な―――」

 なんだ。
 これはなんだ?

 ぎらぎらと燃えるヒナタの瞳―――。

 ―――違う。

 あのヒナタの白い瞳ではない。
 金色の…獣の瞳―――。

「…ん…だと…?」

 眼を見張る時雨に、ヒナタは嘲るように哄笑して、突然時雨に襲い掛かった。
 それは人間を越えた動き―――。
 獣の動きだ。

「……っつ!!!!」

 避けきれない時雨の身体を、その歯で噛みつこうとしたヒナタの身体は、始まりと同じくらい唐突にピタリと動きを止めた。
 目を見張る時雨の耳元で、ヒナタはうなる様に声を出す。

「…うっさい。」
「…?」
「うっさい!!…黙れ!このバカ狐!!!!!」

 怒鳴った少女は烈火を瞳に宿し、息をつくと、いかにも面倒そうに視線を上げ、時雨の目の前で素早い動きで印を切った。
 その動きは時雨に劣らない。
 身動きできぬ時雨の心臓の上に、チャクラをこめた両手を重ね―――
 その両手は、至極自然に時雨の身体へのめり込む。


 ――!!?


 声にもならない叫び。
 一瞬身体が宙に浮いた。


「っつっあああああああああ」


 火鉢を突き刺されたような、しかもそれで全身をかき混ぜられたような

 …本気で焼けたかと思った。

 永劫に続くとも思われたそれは、急激に冷めゆく。
 身体中の体温が下がっていくのが感じ取れた。
 時雨は大きく息を吐きながら、ヒナタに険しい視線を送る。

「あ…あの…大丈夫ですか…?」

 きょとんとした瞳の少女。
 その瞳はすでにいつものもの。
 時雨はからからの喉で無理に声を絞り出す。

「今…のは…?」
「え…今…?…なに?……………ねぇ」






「ナルト君」






 最後に笑い声と共に呟かれた名前は…
 時雨の身体が苦痛すら忘れて、一瞬にして飛び起きる。
 だがそれよりヒナタが早い。
 するりと時雨の背後へ回り込む。手にはどこから取り出したのか一本のクナイ。
 ぴたりと首筋に突きつけられる。

 その動きは下忍レベルどころではない。
 暗部の中でもトップクラス―――。
 時雨―――いやナルトに匹敵するほどのスピード。
 身を強張らしたナルトにヒナタはくすくす笑う。
 実は強張らすといってもほとんど動きはないが、ヒナタにはナルトの心がおもしろいほどに読めていた。

 ―――殺気はださない。
 ただそこにいるだけ。
 攻撃を仕掛けるつもりも何もない。
 ただ楽しかっただけ。


「暗部一の凄腕さんがナルト君なんて考えなかったわ。貴方も同じでしょう?」


 そこでようやくナルトはヒナタの纏う血の衣が、ヒナタの血ではないことに気付いた。
 あまりに漂う血臭にナルトの鼻は騙された。

 ―――あれは全部返り血だ―――

 そしてこの動き―――。

「暗部ナンバー2…闇月か―――」
「あたり。驚いた?」
「…まぁな。」

 全く動くことなく、2人は互いの意思を探る。
 互いに互いのいつもが信じられないほど冷え切った声音。
 一条の温かみもない。

 ―――硬質で感情のない声音。


「それで…今のは…なんだ?」

 いささかの困惑を含む声音で、ナルトはヒナタに問いかける。
 ヒナタの返事に淀みはない。

「ナルト君の九尾、ちょっと黙らせるための呪印を、身体の中に直接ねじりこんだの」
「……お前…なんだ…?」

 何故そんなものを知っている?
 そして…さっきの瞳は…。
 声には出ていない、その疑問を読み取ったのか、ヒナタは軽い調子で肩をすくめ、答えた。

「九尾―――よ」

 ナルトの身体が硬直した。
 その反応を確かめるようにヒナタが目を細める。

「な…んだと…どういう事だ」

 ナルトのあえぐような声に、ヒナタは口元を歪め、薄く笑う。

「知りたい?」
「…ああ」
「教えない」
「はぁ!?」

 テンポよく返ってきた答えに、ナルトは思わず首元のクナイを忘れ、振り向く。
 そこにあったのは、憎憎しいほどに満開の笑顔。
 普段なら絶対に見ることのできないものだった。

「今はね」

 その声音も、ひどく楽しそうに弾んでいた。
 実際楽しいのだろう。
 反対にナルトは、呆然と口をつぐむ。

「今度教えてあげる。とりあえずは報告書出しに行くし」
「ああ……」

 軽い頭痛をため息で吐き出して、ナルトは目をつぶった。

「さて、と。そっちはどーでもいいかもしれないけど服頂戴?」

 裸の少女は、こちらもどーでもよさそうに時雨に求める。

「何故」
「だって最後までやられちゃったし。破れちゃったし。…あんたがレイプされたての女の裸見るのが趣味なら別に構わないけど?」
「………」

 あまりにも横着で投げやりなヒナタに、ナルトは頭を抱える。
 これが12歳だと―――?
 感情の薄いナルトだが、これにはちょっとした驚愕を覚える。
 あっさりと見破られたのも、自分がヒナタの正体をこれまでに見抜けなかったのも、案外ショックが大きい。

 服を脱ぎ、ヒナタに渡す。
 後ろを向いて、ため息をつく。
 全く興味はないが、ああ言われると、見るわけにはいかない。
 がさごそと言う、衣擦れの音。
 ナルトは全く動じず

「…お前…口悪いって言われないか?」
「さぁ?…あんたは無口ね」

 ―――普段のナルト君と違って…ね。

 ささやくような声にナルトは口をつぐむ。 

「私は任務帰り。あんたも?」
「まぁな…」
「ああ。それから、あっちに死体転がってるから、服はもらえば?」
「お前がもらえばよかっただろ」
「私、死体の服脱がす趣味ないもん」

 ―――俺もねぇよ…

 心の中で毒づきながら、ヒナタのいつもとの変わりっぷりに呆れた。
 自分も大分違うと思うが、コレに比べれば全然些細ではなかろうか?

 詐欺だ。
 実はヒナタも心の中でそう思っていたのをナルトは知らない。

 後ろで軽い破裂音。
 変化をするとき解ける時のあれだ。

「さて、と。いこっか時雨?」

 暗部服に身を包んだヒナタは、大分大人になっていた。
 大体18前後。
 髪は長く背は高く。
 だがヒナタが成長してもこうはならないだろう。
 なぜならその体つきは男に近く、もしかしたら男なのかもしれない。更にその顔つきは全く別の者だった。
 その瞳と髪の色だけが、元のヒナタの名残だ。

「お前違いすぎ」
「どうせ変化だし。時雨のはどうなってるの?」

 その闇月の問いに時雨は無言で面を外す。
 その瞳は蒼。
 顔立ちは普段のナルトよりずっと大人びて端正なもの。ナルトが育てばこうなるだろうな…といった感じの顔でもある。

「へぇ。案外いい男だね」
「お前もな」
「ありがと」

 皮肉をさらりと流される。
 上半身裸で、パンツ一丁の時雨は闇月の視線が、思いっきり自分の身体に向いているのに気付く。
 今日は暑かった。それだけの理由で時雨は一枚ずつしか服を纏ってはいなかった。
 こんな形で後悔する羽目になるなんて知るはずもない。
 とりあえず変化で、ごまかしておく。

「見るなよ」
「きれいな身体…」

 その声がどこか暗くて…そして消えてしまいそうに切なくて、時雨は闇月の顔を盗み見る。

 普段のヒナタが見せるような


 今にも壊れそうな


 はかない笑み―――


 視線を逸らした。


「行くぞ」
「Ok〜☆」

 時雨の不意打ち的なスタートにも闇月は遅れなかった。
 時雨と闇月は同じ任務を受けたことがない。
 よって、これが初めての顔合わせだった。
 闇月の名は時雨と同じように伝説的に知られている。

 木の葉の弐神 
 その暗部最強の証でもある、火の国の弐神の名を次いだ者
 時雨と闇月

 何年も前から

 ずっと。