ひどく静寂に満ちて、本という本がはこびるそこにそいつはいた。 一度は戦った男。 一度は助けた男。 そして…多分一度は助けてくれた男。 すんなりと声が伸びた。 『思うことは』 「奈良シカマル」 オレを見つけるなり女は話しかけてきた。 その気配には気付いていたので、驚く様子もなく、ただいかにも億劫そうに振り返る。 砂隠れの忍で、あざやかな金の髪を4つに縛った少女。強い意志を反映させたような瞳は澄んだ緑石。 どこかしら威厳のようなものすら漂う高潔な顔立ちで、すらりとした長身は、ひどくバランスのとれた体つきをしている。 故風影の長子でその力は中忍レベル。 冷静な判断力と優秀な頭脳。何者にも侵されない強い自分を持ち、それでいて定石にはとらわれない柔軟な思考。 長く見れば風影に相応しいとも言える力。 つらつらとテマリの情報を頭の中に並べて、表面上は自分よりも高い彼女を見上げうなずく。 「おう。テマリだったか? 久しぶりだな」 「ああ。今日は読書か?」 「まぁな。そっちもか? …っつか自分の里でしろよ」 あからさまに呆れた顔をすると、テマリは軽く肩をすくめて、なんでもないことのように手元の本に視線を下ろす。 「そう言うな。こっちの方が蔵書が揃っている。砂隠れの本は少ない」 木の葉の分厚い歴史書を振りながら、わずかに目を細める。 「そんなもん見ても大したことは載ってねーだろ?」 「まぁな。だが、おもしろい」 「あぁ? おもしろいか?」 「ああ。お前もそうだろう?」 歴史を見ることが。 時代の移り変わりとその流れの大局みつめることが。 にやりと口元を吊り上げるテマリに、シカマル苦笑する。 「まぁ…そうだな」 その言葉にテマリは満足げに頷くと、シカマルの前に座った。 床に直接座っていたので、足のラインが結構際どい。 「お前…ちったぁはじらえよ。女だろ?」 「別に私は構わん」 「俺がかまうっつーに」 呆れて、軽く視線を逸らした。 これは演技ではく、本当に。 テマリの白い肌はひどくまぶしい。 「なに。気にするな」 それだけ言うと、テマリは本に没頭してしまった。 冷静な瞳で、文字を追っている。 「―――?」 なんとなく昔も似たような瞳を見たことがある気がした。 それはまだシカマルが暗部に入ったばかりの頃。任務ついでに、気まぐれで助けた少女がそんな目をしていた。 そういえばその少女も風の国だった。 風の国という土地が、そういった気性を育てるのだろうか? ぼんやりとそんなことを考えている自分になんとなく苦笑した。 自分がこんなにも他人について考えていることなど、ヒナタなんかに知られたら笑われるだろう。 ヒナタいわく自分の命以外どうでもいい男…なのだから。 まぁ…例外を除いて、事実その通りだから何も言えないが…。 ちなみにその例外を言うことは絶対にないだろう。 「……なんだ?」 1人笑うシカマルにテマリがいぶかしげに視線を寄せる。 「いいや。何でもねーよ」 だが、悪くない。 第一本を読むときは演技する必要もないから楽だ。 そこにテマリがいたとしても同じことだ。 そのまま時は過ぎて、結局2人は閉館時間まで文字に熱中していた。 「じゃあな」 図書館の前でテマリはシカマルに背を向け、軽く手を振った。 そのままスタスタと歩き出す。 「―――テマリ」 「ん?」 その後姿を見て何故か。 本当に自然にテマリを呼び止めてしまい、シカマルは言葉に詰まる。 呼び止めるつもりなんてなかった。 それでも言葉は口からこぼれ落ちた。 視線をさ迷わせて、言葉を探す。 「………また来るか?」 「…ああ。来るかもな」 顔だけ振り返っていたテマリは、かすかな苦笑を浮かべて、もう一度手を振った。 シカマルが手を上げ返したときには、すでに大分先を歩いている。 「はえぇな…」 苦笑して、行き場のない手をおろした。 何故あんなことを言ってしまったのか分からないが、嫌な気分でないことは確かだ。 「みちゃったぁー」 だが、背後から聞こえたかわいらしい声に、一瞬にしてシカマルの身体が強張った。 気配は全くなかった。 シカマルはここまで完璧に気配を消して、自分に近づけるような人間を、火影を除いて2人しか知らない。 「…ヒナタ…」 「図書館でデート? あんたが人に興味もつなんて珍しいじゃない?」 図書館でシカマルが考えたとおりに笑われた。 しかも冷笑だ。 「いいのかよ。こんなところで正体見せて」 「どこにも人の気配がないし。そ・れ・よ・り〜あんた、ああいう子が趣味だったんだぁ?」 「ああ? ちげーっての」 すぅ―――とシカマルの猫背が伸びて、ヒナタを軽く見下ろす。 その顔に浮かぶのは、子供らしからぬ…達観した…それでいてやけに冷たい表情。その黒い瞳が鋭く輝く。 それだけで、シカマルはシカマルであるという特徴をすべて失う。 「照れない照れない。シカマルもお年頃なのねぇ。おねぇさん嬉しい」 「誰がお年頃だ」 シカマルはヒナタと違って、話し方は普段と変わらない。 シカマルから言わせれば、ヒナタたちが変わりすぎなのである。 「あ。ナルト君にも教えてあげなくちゃ」 「止めてください。お願いします」 ヒナタのやけに嬉しそうな顔に、シカマルはあっさりと折れて必死に引き止める。 どこまで嘘を並べられるか分からない。 ヒナタは、嘘を交えて話すことを楽しみとするような人種だ。 そして、大抵においてナルトは信じる。 こちらも多分冷笑だろう。 「い・や☆…ねぇシカマル。あんたに一から技を教えてあげたのは誰だったかしら? 確か礼儀作法も教えたはずよね」 「………おねぇちゃんの意地悪」 「ははは。シカマルかわいー」 「ちくしょー…」 口の中で呟いた。 シカマルは物心ついた時期から、ヒナタこと闇月に育てられたものだから、ヒナタに逆らうことができない。 もっともその正体を知ったのは3年前。闇月に出会って5年目のことである。 情けないことこの上ないが、それが実力の差なのだと諦めている。 「それで、実際のところどうなの?」 「…別になんとも思ってねーよ」 「興味くらいはあるんでしょ?」 「さぁな。いいからかえろーぜー。俺ねぇちゃんのケーキ食いたいんだけどー?」 「…誤魔化すか? まぁ…。許してあげる。今日は何?」 「チーズ。ベイクドで」 「分かった。それじゃあ行こうか?」 「おう」 この日から、家とヒナタの屋敷へを往復するシカマルの日課に、図書館に顔を見せることが加わることとなった。 |