世の中には知らない方が幸せってものがある。

 それは開けてはいけないもの。

 それは気付いてはいけないもの。



 知ってしまったらもう戻れない。







『闇月注意報』







 暗部になったことに後悔はない。
 幼い頃から、生き残るためには強くなる必要があったし、火影に、自分を育て、慈しんでくれた恩を返すのにも、暗部という仕事は都合が良かった。木の葉は慢性的な忍不足であったから。
 表面上では当たり前の子供として生き、その裏では暗部最強の忍として名をはせた。その育ちからか、身につけた実力からか、自らの力にはそれなりの自信があったし誇りもあった。

 だから。

「………納得いかない」

 今までずっと1人でやってきたし、全て任務は完璧にこなしてきた。
 人と組む必要なんてないし、確かに九尾の力のことを知られるわけにもいかないってこともあったけど、結局はそれが性に合っていたから、1人で通した。
 今になってあの2人のペースに飲み込まれ、止めることが出来なかったのが惜しまれる。

 愚痴めいた言葉を放った金色の子供は、空の色をした瞳で火影を睨みつける。恨みがましい視線に全く動じる事なく、火影は片方の手でパイプをふかしながら、もう片方の手に持つ書類を持ち上げた。

「そうは言ってもの…もう正式に受理したからの。まさか…お前たちが互いの正体を知ってしまうとは思わなんだ」
「闇月も雲月も…マジでありえねぇ」
「…あやつらも色々と事情があるのじゃ。闇月のことは聞いたのじゃろう?」
「…………」
「…お前は、他の者と組んだ事がない。その点についてはお前はまだ未熟だ。闇月も雲月もお前と組む事で不利になるような者たちではないじゃろう」
「………随分と、信頼しているようで」
「あやつらもまた、わしの孫のような者じゃからの」
「…………」

 少年は、じっ、と火影の顔を見つめて、その後興味を失ったかのように身体ごと向きを変えた。

「ナルト」
「………何?」
「2人を頼む」
「…………そんなの、俺が知ったことじゃない」

 ふいと横を向いて、ナルトは窓から姿を消した。
 残された火影は大きくため息ついて、小さく、笑った。






「…な、ナルト…君っ!」
「………」

 火影のところから出て、大した時間も置かずに聞こえた声。
 振り向いて、唖然と、阿呆のように声をかけてきた主を見つめてしまった。
 以前なら、何も思わなかっただろう。不審な態度を疑問に思いながら、にっこり笑顔を浮かべて「なんだってばよ?」とでも言っておけばいいことだ。
 だが、目の前の人物が暗部No.2と名高い闇月であると知った今では別だ。
 闇月という人物とはまだ2度ほどしか会ってはいないが、性格が悪いというのだけはよく分かっていた。

 だから。そう。
 はっきり言おう。




     ―――気持ち悪い。




 何だそのきらきらしくも潤んだ上目遣いは。
 何だその胸の前で組んだわざとらしい指のおちつかなさは。
 何だその震えた細々とした口調は。

 一度本性を知ってしまえば、日向ヒナタという人間は不気味そのもの。

「…………なんの真似だ」
「馬鹿ね。後ろが見えていないのかしら?」

 全く表情変えずにヒナタはのたまった。ナルトは真剣に固まった。
 怖い。恐ろしく怖い。
 ちらりとヒナタの後方を見やれば、そこにはサクラといのの姿。

 ―――なるほど。

「なんだってばよ!?ヒナタ!」

 笑顔で言って、軽く自己嫌悪した。自分の素を知っている相手に何故こんな茶番を演じなければならない。
 というか真剣に気持ち悪い。
 これまで生きてきた12年間で、こんなにも自分の演技を後悔する破目に陥るのは初めてだ。

「…あ、あの…これ…きょ、今日、みんなで…一緒に作った…から」

 そっと、落ち着きのない動作で、差し出してきた包み。半透明の柄付きの袋にご丁寧にリボン付き。うっすらと見える中身はどうやらカップケーキのようだった。

「…………………。何!?ケーキっ!?え、え、食っていいの!?」

 毒でも入ってるんじゃなかろうか?
 いやいやサクラといのと一緒に作るならまさかそんなことをする余裕はないはず。
 ……ないはずだ。

「何その今の間は。毒でも入れて欲しかったのかしら?」

 物凄く不安そうに、おどおどと俺をうかがいながら、その口は素早く冷たくのたまった。
 畜生。サクラといのに口元が見えないからって好き勝手言いやがって。

「ありがとうだってばよっ!ヒナタ!!」

 だからとっととそこから消えてくれ。さすがの俺も笑顔が引きつりそうだ。
 けれども人生そうそう上手くはいかなかった。

「ナーっルっト!!」
「ナルトーーーー!!!!」

 さっきまで後ろで目を輝かせていたはずのサクラといのが、気がつけば目の前に迫っていた。

「うわっ!な、なんだってばよ!」
「ヒナタに貰ったんでしょ!?食べてみてよ!あたしたちも手伝ったんだから!」
「あっらー。でこりんちゃん、あれで手伝ったつもりだったのねー。てっきり邪魔しに来たのかと思ってたわー」
「なんですってーーー!!!」
「なによー。本当のことじゃないー。今時砂糖と塩を間違えるヤツなんて漫画でもいないわよー?」
「うっ…うるさいわねっっ!」
「あ…あの、2人とも…落ち着いて…」

 3人の喧騒をよそに、ナルトは固まったまま、だらだらと汗を流した。時折ちらりとヒナタが視線を向けてくる。それを分かってはいたが、演技が追いつかなかった。

 ―――今、ここで、食べろ、と。

 なんっつーことを言いやがるこの女どもは。
 ナルトの、後でチョウジにでもやろうという思惑はあっさりと崩れ去った。

 さぁ。どうする?

 今の手持ちの装備に毒消しはあったか?昔っからの環境の所為である程度毒には慣れているはずだが、それでも油断は出来ない。
 気がつけば、サクラといのの言い争いも収束に向かっている。どうやら言い争いの続く間に逃げる選択肢も選べない。いや、逃げることは意識をこっちにしっかりと向けているヒナタによって出来そうにはないが。



 ………―――どうするよ。俺。













 遠くからその様子を見ていたシカマル、静かに合掌した。





















 2006年10月2日