吐き気がする

 いらいらして、落ち着かない。
 じわりじわりと、汗がにじみでる。
 気持ち悪い。
 拳を強く握り締める。






『いいもの見つけた』








 ふと、後ろに視線を感じた。

「誰だ」

 振り向きはしない。ただ問う。

「な、なんだってばよ!」

 帰ってきたのは予想だにしなかった声。
 この里の下忍。
 明るくて、無邪気で、恐ろしいほど真っ直ぐな子供。

 テマリは振り返らない。
 顔全体に力を入れて、無表情を保つ。
 別に振り返るわけではないのだけども。

「なんだ貴様か。何か用か?うずまきナルト」

 振り返りもしないテマリに、ナルトは憮然としながらも指を突きつけて叫ぶ。
 勿論テマリには見えないわけだが、なんとなくやってしまう。

「……そこはオレの場所だってばよ!」

 里全体が一望できる小高い丘。
 まだアカデミーに通っていた頃に見つけた場所。
 滅多に人が来る場所ではなく、ナルトが知る限りでは人の姿を見たことがない。
 けれども景色が綺麗なこの場所は、ナルトにとっては自分だけの宝物のようで、見つけたときから一番大事な場所なのだ。

 そこに、大きな扇子は隣に置いて、テマリが片膝をついて座っている。
 何か自分だけの物を取られたような感覚。

「貴様の土地ではあるまいに」

 それに返すテマリの言葉はやはり冷静。

「それでもオレんなのっ!!」

 ナルトは思わずむきになってわめく。
 それでも振り向くことのない彼女に、ぎゃーぎゃー文句を言いながら近づくが…

「近寄るな」
「は…はぁ?!何言ってんだってばよ!」
「言葉のままだ。近寄るな」

 ひどく冷たく、なのになぜかやけに無機質に感じる声は、ナルトを完璧に拒絶する。
 勿論ナルトは従わない。
 走って、テマリの横へ回り込んだ。
 テマリは彫像の様に動かない。
 その横顔は、強く強く…まるで睨みつけるようにして里を見つめている。
 完璧なまでの無表情。まるで蝋人形のようにその顔に生気はない。

 そして、ナルトは気付く。

「―――!!お前っ!怪我してるってばよ!」

 言われて初めてテマリは痛覚を感じた。
 両の手に、爪が深く深く食い込んで血を流している。
 それをテマリは眺めた。

 血が流れる。
 ゆっくりとゆっくりと赤が増す。

「―――!!!!」

 その手をいきなり掴まれた。
 いつナルトが近づいたのかも分からないくらいに、テマリは呆けていた。
 そのことに、舌打ちをして今更ながら悔いる。
 ナルトの指を引き離そうとするが、その指はびくともしなかった。
 多分これは、本来の力の差というよりは、どっちがより必死だったか、ということであろう。

「薬があるってばよ」

 その顔の、なんと呑気な顔だろうか…。
 気が抜けた。
 どうでもいい。
 やらせるままに置いておく。

「何してたんだってばよ?」
「…木の葉隠れを見ていた」
「見てただけで何でこうなるんだってば!」

 首をかしげながら、ナルトは薬を塗って上から包帯を巻きつける。

「さぁな」
「なんだってばよ!?」
「知らん。少しうるさいぞお前。黙ってろ」
「ああーーー!!!そんな言い方ないってばよ!」

 手当てしながらそう叫んだので、間近のテマリは堪らない。
 耳がキーンとする。

「うるさいっっ!!」

 ぴんっっとした、低い…けれどもよく通る声。
 今度はナルトの耳のほうが痛くなる。

「うるさいのはそっちだってばよ!!!!」
「うるさいっつってんだろ!黙ってろっっ!!!!!」

 その剣幕にナルトは負けずに睨み返す。
 テマリは、いい度胸だ、と睨み返す。

 しばらくの静寂。
 手当てしていたナルトのその手は止まったまま。
 テマリの細い、けれども多くの血豆に彩られた手の上に、ナルトの両手が乗っている。
 もう片方の手は、血が流れたままに地についてしまっている。

 テマリは、ようやくそのことに気付く。
 そのぬくもりに気付く。
 視線がそちらを向くと同時に、テマリの血がナルトの手に流れうつる。
 オレの勝ちだってばよ。と、意気込んでいたナルトもそれに気付く。

「手が止まってるぞ」

 その声は、やけに無機質に響いた。
 憮然と手当てに戻るナルトの金色の頭を見ながら、テマリはもう片方の手のあらかたの汚れを服になすりつけ、あらわになった傷元を舐める。
 唾をつけ、汚れごと吸って、口の中でまとめて捨てる。

 ただそれだけの動作。
 ただそれだけ。のはずなのに…ひどく官能的で、ちろりと覗く赤い舌から、ナルトの視線が離せなくなる。
 またも止まってしまったナルトの手に、視線を動かし、こちらを見守る大きな、蒼い瞳にあった。

 だが、ナルトは視線が合うと同時に手当てに戻る。
 一瞬だけ絡んだ瞳は、戸惑うように歪んでいた。
 テマリは動きを止めて、軽く紅をひいた唇を、にんまりと引き上げた。

 微かに震える手で、ナルトは包帯を結んだ。
 ようやく包帯の巻かれた手を、テマリは引き上げて、もう片方の手を差し出す。
 まだまだ汚れは多い。

「なんだってばよ」
「手当てしてくれるんだろ?」
「まだ汚れてるってばよ!」
「手当ては汚れを落とすところから始まるのではないか?」

 冷ややかなその声に、むっ!と顔を赤らめながらも、近くに水はないか探す。
 ここは小高い丘の上。何回も来ているので、そんなものないことは知っている。
 知っている…が、必死で探した。
 だがやはり…何もない。

「どうした」

 早くやれよ。と急かす女の顔は、ひどく楽しそうに歪んでいる。
 出来ないのだろう?とも。

「―――っっ!!!!」

 くやしい。
 非常に悔しい。
 メチャクチャに悔しい。

「あーーーーーもうっっ!!!!!」

 雄たけびをあげて、緊張を誤魔化してから、テマリの手の傷に唇を近づけた。
 …少しだけ、テマリが驚いた顔が見えた。

(へっへーん。ざまあみろ)

 心の中でほくそ笑んで、ナルトはその傷の周りを丁寧に舐める。
 血の味と少しの塩味、それからざらりという砂の感触。
 口に含んで捨てる。
 まだ少し汚い。それに、血が固まっていた。

 もう一度、今度はそれを溶かす為に、少し強く押し付けて。
 ぴくりと、テマリの手が分かるか分からないかくらいに動いた。
 少しだけ疑問に思いながら、口の中の異物をまとめて捨てる。

 見上げたテマリの顔は何も変わらない。
 さっきの驚いた顔はすでにどこかにいってしまっている。
 それをつまらなく思いながら、ナルトは傷薬を塗って、包帯を巻きつけた。
 包帯に巻かれた両手を見て、ナルトの自慢げな笑顔を見た。

「へへへっっ!!どうだってばよ!!」
「―――…」

 テマリは答えない。
 ただ、満面の笑みで鼻を擦るナルトの腕をとる。
 それに少しだけバランスを崩して、ナルトはテマリのほうへ傾く。

「―――っっ!!!!!」

 音がなるくらい一気に、ナルトの顔が赤くなった。
 テマリは全く頓着しない。
 ナルトの手に移ったテマリの血が、本人の元へと戻っていく。
 その、自分の手をテマリの舌が這う、感触に、ナルトはびくりと震えた。

 何かをこらえるように、何かから逃げるように、ナルトはぎゅうぅっと目を瞑る。
 その顔は、本人は気付かないだろうが、なんと言うか…かわいい。
 テマリが悪戯に笑って、その唇に、己の唇を合わせた。
 唇同士を合わせるだけのそれ。に、ナルトは目を見開いて、慌てて逃れようとするが、不安定な格好で、しかもいつの間にかテマリの片手でその頭を固定されているので、動くことがままならない。

「ん……はぁ」

 ようやく離れたそれに、ナルトは呼吸を求めて、息を一気に吸う。
 テマリは面白そうに笑った。
 ナルトは身体に力が入らないのか、地に張り付いたまま、口を押さえる。
 未だ、何が起こったのかしっかりと把握ならない。

「じゃあな。うずまきナルト。今のは手当ての礼だ」

 にしししし、と。
 ナルトがよく浮かべる笑い方によく似たそれで、テマリは笑った。
 そしてナルトに背を向ける。
 じゃあな。と言うように、ひらひらと手を振りながら。
 その背を視線だけでおいながら、呆然ともらした。

「オレの…ファーストキス…だってばよ…」

 何の風の悪戯か、その呟きはしっかりとテマリに届いていて、背中を向けたまま、テマリは満面の笑みを浮かべた。





 甘っちょろくて、生暖かくて、気持ち悪い。
 木の葉はそんな土地。
 そこに住む者も、甘くて、暖かくて、全てが気に食わない。
 人が死んだら、見捨てればいい。
 倒れてる人間を見たら放って置けばいい。
 忍ならなおさらだ。





 だが



 面白い。



 金色の子供。

 純粋で、真っ直ぐで、前を見ることを知っている子供。



 お前がいつまでそのままでいられるか見に来てやろう。
 お前が血で染まれば、それはきっと面白い。
 けれど同時に興味はない。
 お前がいつまでも血に染まらなければ、それはきっと面白い。
 そのときは、私がお前を染めてやろう。

 砂の色に。
 私の土地に持って帰ろう。
 お前という興味対象は、きっと私を飽きさせない。

 だから今のうちに唾をつけておこうじゃないか。
 お前の中に私という存在を埋め込もうじゃないか。





 楽しみだ。

 またここに来よう。

 お前の土地に。

 いつか私がお前の全てを手に入れるその時まで。








 ああ。 

 いいもの見ーつけた。















2005年2月1日
あれ?おかしいな…。テマリさんなんだかスレてません?
この話は普通にナルテマにしようとしてたんですけど?
スレテマナル…?
いえいえ…実力は原作のままですよ?
しかし変だなぁ…。
テマリさんお嫁さんを見つけましたよ☆(笑)
ナルトがテマリの傷を手当てするだけの話だったんだけどなぁ…(遠い目)
試験明けでぶっ壊れてたのかなぁ?