目の前が真っ暗になる。

 痛い、とか。苦しい、とか。

 もう思うのも疲れたから。

 そんなことは考えない。

 どうせしばらくすれば終わる。







『はじまりは昔々の物語』






「この化けもの…」
「お前の所為でっっ!!!」

 浴びせるような言葉に、傷つくことすらなくなったのはいつからだろう。
 だんだんとそれは麻痺してきて、まるで空気のようにナルトの周りをすり抜けていく。

 分かってるさ。
 オレが化け物だって。
 九尾は確かにここにいるんだから。
 けれど、オレはそれだけじゃない。
 彼らには見られないように、うっすらとした笑みを浮かべる。
 だって、今は仲間がいる。
 自分を好きでいてくれる存在が、いることを知っている。

 次々と降ってくる言葉とともに、今度は拳が振ってきた。
 倒れた後は、足が無造作に身体を踏みつける。
 最近ではマシになっていた。
 中忍試験が一つのきっかけだった。
 認めるものはナルトを認めた。
 けれどやはりそれを認めたくない人間はいるのだ。

 そう。
 こんな風に。
 …けれど。



 風が舞った。



「うわっっ!!!」
「なんだっっ!!!!」

 ふわりと、風が舞った後に降り立つは砂の女。
 冷たい相貌と、強い視線をもつ、砂の国の下忍。
 そこに立つ男達は上忍。
 けれど彼女はひるまない。
 むしろ、その気高い瞳に男達は気おされる。

「何をしている?」

 不思議そうに、女は問う。
 誰がどう見ても、一目瞭然であるその場に立って、そう言う。

「っつ!それはこっちの台詞だ!」
「貴様…!!邪魔するのなら容赦はしないぞ!!」

 その言葉に…不快気に、けれど面白そうに、テマリは眉を吊り上げた。

「私は、故風影の娘であり長子。下忍のテマリ。今は風の国の正式な使者としてここに立つ」

 すべてを払いのけるような、厳しい名乗りに、上忍達は度肝を抜かれる。
 しかも、風影の長子だと?
 風の国からの使者だと?

「…だからと言って、他国の方である貴方に、私達を止める権利はないはずです」

 搾り出すようなその言葉を、テマリは鼻で笑った。

「なるほど。私は久方ぶりに訪れた友好国の友に会い、友情を深めることすら許されていないのか」
「友?…ですか」
「ああ。貴様らが楽しそうにいたぶっているそれの事だ。うずまきナルト。私が会いに来た人間だ。それでも私に止める権利はないのか」

 その言葉に、戸惑うような視線を彼らは交わす。
 反論の余地がない。
 これがもし、同じ木の葉の忍なら、彼らはナルトと同じようにいたぶっただろう。
 だが、彼女は違う。
 風の国の忍で、しかもその立場は強い。

「さぁ。続けるか?続けないのか?木の葉が砂に弓引くきっかけへとなるか?」

 その言葉に、彼らは折れた。
 砂隠れは、木の葉に告ぐ忍里。
 大蛇丸による木の葉崩しによって、その国力は狭まっているが、それでも脅威だ。

「………どうぞ木の葉との友好を深めください」

 搾り出すように、不満そうに、言葉を紡ぐ上忍を、テマリは矢張り鼻で笑う。

「ではそうさせてもらう」

 男達の横をすり抜けて、ナルトの前に膝を突く。
 忌々しげにそれを睨みながら、それでも男達は引くしかなかった。





「て…まり…?」

 かすれたその声に、テマリは不適に笑う。

「久しぶりだな。うずまきナルト。なんとも楽しい目にあっているみたいじゃないか」

 そのテマリの言葉にナルトは眉を潜めた。
 何か言い返そうと思うが、言葉を搾り出すのにも体力を使う。
 まだその体力は回復していない。
 テマリは、不機嫌そうな、いつもの表情に戻ると、とりあえずナルトの腕を肩に回して、立ち上がる。
 テマリの方がかなり身長が高いので、ナルトが足をついたままその体制になるには、テマリが中腰にならなければならない。
 それはさすがに辛い。
 そう思って、テマリはナルトを抱き上げた。

「うわっっ!!!!」

 ひょい、と離れた地面と、いきなり近づいたテマリの顔に、驚愕する。
 いまいち状況が掴めないが…。

(もしかして…お姫様抱っこってやつだってばよ?)

 そう思うと一気に体温が下がる。
 自分がやるならまだしも、女にお姫様抱っことは情けなさすぎる。
 そう思って、テマリに抗議しようと思ったら、そのまま歩きだされて………ひぃ…っとテマリに手を回す。
 不安定な状況で、地面から遠く離れた場所を運ばれるのは、非常に恐怖だった。
 自分の足であれば、どんな木の上でも崖の上でも気にならないが、ただゆらゆらと運ばれるというものは、非常に不安定で、恐ろしい。

 テマリが笑う。
 その笑い声が近い。
 気付けば息がかかるほど近くに、その整った冷たい相貌があった。
 顔が赤くなる。
 あまりの羞恥に、ナルトはテマリの肩に顔をうずめた。

(お願いだから、誰にも会わないでくれってばよ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!)

 必死でナルトは願う。
 こんな状況を誰か知り合いに見られたら、一貫の終わりである。
 その必死な願いが天に通じたのか、ナルトが再び地に着くまで、誰一人として会うことはなかった。
 これは、もともとナルトを痛めるために、上忍らが人気がない場所を選んだのと、テマリが人気のない場所にナルトを連れて行ったからであろう。





 横たえられたナルトは、身体に水を掛けられる。

「たったたたた!!!!」

 バケツ一杯分をかぶせられて、その水が傷口にひどくしみる。

「全く何をしているんだ。やり返せ。少しは」
「…無理だってばよ」
「何故」
「だって…本当に仕様がないし」
「何故だ。話せ」
「………な…なんでそんなことテマリに話す必要があるんだってばよ!!!」
「お前は私のものだ」

 あっさりとした答え。

(それってば…普通男が女に言う台詞だってばよ…)

 呆気にとられた顔に、女はにんまりと唇を吊り上げた。
 この顔は知っている。
 あまりよろしくない笑い方だ。

 逃げたいのだが、あいにくと体はまだ動かない。
 その濡れたままの身体を、テマリが軽く持ち上げた。
 顔と顔とが近づく。
 テマリの強い緑から逸らせない。
 吐息と吐息が重なる。

「―――!!!」

 テマリの舌がちろりと覗いて、そのままナルトの耳を噛む。
 痛くはない。
 だが、ナルトはこの攻撃に弱い。
 こそばゆいというか、背中が痒くなるというか、とにかく弱い。

「―――っっ!!だ!ちょ!タンマ!!言う!言うってばよ!」
「本当か?」

 そう問う声は耳元で、低く低く囁かれる。
 その声の響きは、いつもナルトを絡めとる。

「本当だってば!!!」
「よし。許そう」

 そう言って、テマリは身を起こすついでに、かすめるようなキスを残した。
 まるで、褒美だ。と言わんばかりに。
 ナルトは、その後のしてやったり、というような笑顔が一番好きだ。

「それで理由は何だ?」

 ナルトの傷の手当てをテキパキと進めながら、テマリはナルトに問う。
 ナルトは気付かないが、テマリはナルトの表情を横目で観察している。
 複雑そうに、悲しそうに…そして…不安と恐怖を入り混ぜた顔。

 なんに対しての恐怖?
 それは、これを知られてしまったら、テマリに嫌われるのではないか?ということ。
 テマリは木の葉の忍びではないが、木の葉を襲った九尾のことは知っているだろう。
 そして、人は未知のものを恐れる。

 怖い。
 テマリが離れていってしまうのが。
 想像しただけで、体が心から冷えるのだ。
 本当に彼女に去られてしまったら、ナルトはきっと立ち直れない。
 それだけの位置を、いつの間にか、この砂の忍はナルトの中に作った。
 多分…他の誰に拒絶されても、彼女に拒絶されるよりも傷つかない。

 テマリは面白くもなさそうな顔で、ナルトの次の言葉を待っている。
 彼女は拒絶するのだろうか?
 自分という存在を受け入れてくれるのだろうか?
 それともいつものように、自分を好きなように振り回すのだろうか?

 分からない。
 彼女のことは何も分からない。
 何故彼女が自分に興味が持ったのか知らない。
 彼女の事を自分は呆れるほど知らないのだ。

「お前…今、うじうじうじうじどーでもいいこと考えてるだろ」 
「へ?」
「そういう顔だ。いいから話せ」

 その場で胡坐をかいて、その扇子は横へ置く。
 一番の武器を手放すのは、テマリがナルトを信用しているから。
 そんな些細なことがひどくうれしい。
 何やらにまにましているナルトに、テマリが呆れたように苦笑する。
 さっきまでの暗い顔がすでに一変している。

「お前の顔は単純だな」
「なっ!!」
「いい。そのほうが面白い」

 一瞬頭に血を上らせたが、次なるテマリの言葉とその笑顔に口をパクパクさせる。

「褒められてんのか貶されてんのか分かんないってばよ…」
「だからどうした。私が褒めようと貶そうとお前がお前であることに代わりはなかろう」
「!!」

 ああ。それは、なんて真っ直ぐにナルトの心を照らすのだろう。
 残忍で自分勝手で強引で、けれども時に暖かなものをくれる忍。
 自分の全てを引き受けてくれるんじゃないか、って思ってしまう。

 そんなことを考える自分はなんて弱いのだろう―――。
 すがり付いて、しまう。
 甘えて、しまう。


「私はな。お前を気に入っている。何度そう言えばいいんだ?」


 …すがり付いてもいいですか?
 …甘えてもいいですか?





 ―――はじまりは昔々の物語。
2005年4月23日
お嫁さんなナルトは引き続き生存中uu
それはそうと昔々っても全然昔じゃないですよね。