『特別なお返し -ナルトとヒナタ-』




 学校が終わって、なんだか憔悴しきったヒナタが家に着いたのは8時も過ぎた頃だった。
 部活もしていないヒナタがこんなにも遅くなってしまったのは、学校帰りにファーストフード店で寄り道して親友二人組みの話を聞いていたからだ。
 なんせ今日はホワイトデー。
 意中のお相手からお返しを貰えるか否かは最重要事項だし、それに付随する恋バナも女の子には必須だ。

「幸せそうだったなぁ…2人とも」

 バフンとベッドに飛び込んで、瞳を閉じる。
 2人はそれぞれ意中の相手からお返しをしてもらえたらしく、とても楽しそうにその話をしていた。

「いいなぁ…」

 いのちゃんはお返しの可愛いネックレスをつけていたし、サクラちゃんは綺麗なストラップをつけていた。

 ころりと寝返りをうって、バッグの中を探る。
 友チョコや、お礼チョコの沢山のお返しの中の一つを取り出す。
 特別なところなんて何にもない、普通の、可愛らしくラッピングされたクッキー。
 色とりどりのジャムが宝石みたいに光って見えるのは、きっと"あの人"から貰ったから。

 ―――ヒナタ、バレンタインありがとうだってばよ!

 大好きな満開の笑顔が嬉しくて嬉しくて、気絶してしまいそうだった。
 それだけで凄く幸せだったのに、ちょっとだけ物足りなくて、ちょっとだけ悲しくなってしまったのは、きっと本当のお返しを貰った2人を見たから。
 みんなと同じじゃない、特別なお返し。

「いいなぁ…」

 もう一度呟いて、ころりと転がる。
 制服に皺がついちゃうなぁ、と思いながらも起きる気になれなくて、ヒナタは怠惰に時間を過ごす。
 携帯電話が鳴ったのはその時で、慌てて起き上がる。
 お気に入りの着メロは誰でもない番号で。
 携帯を開いてみてもやっぱり知らない番号だったから、少しの間逡巡する。

 途絶えることのないメロディに、意を決して通話ボタンを押す。

『もしもしーヒナタ?』
「っっ!?!!?!?!」

 思考が停止して血が頭に上る。一瞬にして顔が真っ赤に染まり、何も考えられなくなる。
 何故なら。

『あ、俺ナルトだってば! おーい、ヒナター聞こえてるってば?』
「っっ、きっ、聞こえてるっっ。なっ、ナルト君っっ!?」
『ん。俺俺ー。繋がって良かったってばよ! あ、番号なーいのから聞いたってばよ。いきなり電話してごめんなー』
「う、ううん!?」

 そんなこと聞いてない! と心の中でいのちゃんの笑顔を思い出す。
 そういえばなんだか今日は自分のことについて深く聞かれなかった。
 ナルト君にお返しを貰った時に一緒にいたからだと思っていたけど、どうやら違ったようだ。

 完全パニック状態から少しだけ落ち着いて、ヒナタは携帯電話に意識を集中した。

『で、さ。ヒナタ、今からちょっとだけ出てこられないってば?』
「だ、大丈夫っ」
『ホントだってば!? んじゃさ、んじゃさ、ヒナタんちから一番近いコンビニで待ってるってば!』
「えっ、な、ナルト君…!?」
『じゃあ、また後でな』

 プツンと切れた携帯電話を耳から離して、混乱する頭で立ち上がる。

「えっ、えっ、えっ、一番近いコンビニ?」

 いつもならすぐに思い浮かぶことが思い浮かばなくて。
 どうしてナルトがそんな場所のことを知っているか疑問に思う暇もなくて。
 何も持たないで外に飛び出しかけて気付く。

「ぁ、っ、き、着替えなきゃっ」

 制服のままごろごろしてたので、制服はぐちゃぐちゃによれちゃってるし、髪だってぼさぼさだ。

「な、何、着れば…っ」

 パニックのまま洋服を引きずり出して、お気に入りのワンピースを頭から被る。急いでジャケットを羽織って、鏡の前で睨む。
 多分、きっと、おかしくない、と思う。
 でもシンプルすぎる気もするし、可愛くない気もする。

「ど、どうしよう…っ」

 迷ってる暇なんてないのに、他の洋服にしようかなんて考えて。
 でもやっぱり急がなきゃと思って、急いで髪を整える。

「ヒナターご飯よー」
「わっ」

 突然呼ばれて、ヒナタの混乱はさらにひどくなる。

「えっ、えっと。……えっと、ご、ごめんなさいお母さんっ、少しだけ出かけてくるっ」

 携帯電話だけ握り締めて、ヒナタはテーブルに夕食を並べてる母親を見ることもせずに玄関を飛び出した。
 呼び止める母親の声も聞こえずに、玄関も開きっぱなしで、勢いよく走る。
 一番近いコンビニまで100メートルもない。

 さっき聞いたばかりの大好きな声の人は、コンビニの中じゃなくて外で座って待っていて、じっと、ヒナタが走ってくるのを待っていた。
 にんまりと楽しそうに笑う姿に、体温が上がる。

「ナルト君っ…」
「よ、ヒナタ、今日ぶりだってば」
「あ、う、うん…っ。あの…ど、どうしたの?」
「あーうん。あ、ちょっと歩かない?」

 ヒナタの質問には答えず、ナルトはヒナタの家とは正反対の方向を指差す。勿論ヒナタに否などない。
 他愛のない話をしながらついた場所は小さな公園で、空いてるベンチに座る。

「あのさ、ヒナタに言いたいことがあったんだってば」
「うっ、うん」

 一言も聞きもらさないように、真剣にナルトを見上げる少女の姿はとても可愛らしい。ナルトは照れくさそうに笑って、手に持っていた小さな包みをヒナタに渡す。空けていいの?と見上げてくるヒナタに頷いた。
 丁寧に包みを開けるヒナタを見ながら深く深く深呼吸する。

「わぁ…」

 きらきら光る、小さなペンダントトップのついたネックレス。小さな花がきらきらと光って、その真ん中には透き通る蒼い石。

「ホワイトデーのお返しだってば」
「…え?」

 きょとんと手の中のネックレスとナルトの顔を交互に見て、じわり、とヒナタの顔に理解が浮かぶ。

「バレンタインにくれたチョコ、勘違いじゃなければ俺だけ手作りだってば?」

 ナルトが見た、サスケやキバに渡ったヒナタのチョコはとても綺麗な包装で、とても綺麗な形をしていて。でも、うずまきナルトの食べたチョコは、ちょっとだけ不恰好な包装をした、甘い甘いチョコレート。形は少し悪いけど、味は最上級に美味しくて、幸せになれるチョコレート。
 甘い言葉もメッセージカードも何もなかったけど、きっと期待しても許されず
る筈だと思った。
 いのにもサクラにも相談して、色々考えて、プレゼントも探して探して。

 未だ衝撃から立ち直れないでいるヒナタに、更なる爆弾を投下する。

「俺は…ヒナタが好きだってば」

 じ、っとヒナタを見つめる。
 そのまっすぐな蒼い瞳にヒナタは瞬きを繰り返した。
 混乱しすぎて麻痺した脳みそが理性を思い出してきて、ナルトの言葉を頭の中で繰り返す。

 ―――俺は
 ―――ヒナタが
 ―――好きだってば

「っっ!!!!」

 一瞬にして、真っ赤に耳まで染めてしまったヒナタに、逆に驚いて、ナルトはびくりと身体をゆらす。

「ひ、ひなた?」
「〜〜〜〜〜っ」
「っっ!」

 じわりと、ヒナタの目尻から涙がこぼれて、言葉を失う。完全に固まったナルトに、ヒナタは必死で頷いた。頷いて、頷いて、頷いて。
 とても大事に手に持つネックレスを胸の前で抱きしめて。
 笑った。

「わ、わた、私も…私も…っ」

 残念ながら「大好きだよ」と言う言葉は、ナルトの胸の中に消えた。

(し、死んじゃう…っっ)

 そんな、2人の付き合い始めたホワイトデーの夜だった。
2011年3月6日
現代パロなホワイトデーナルヒナ。
砂糖をぶちまけたような甘さを目指して。