『暁の子供たち』
見慣れた屋上からの景色は相変わらずすぎてつまらない。
世界はやけに灰色で、それはきっと日向ヒナタの目が"おかしい"所為だろうと思う。
人よりもどこか色素の薄い―――それも茶色よりは白にちかい瞳の色。
別に盲目なわけでもないが、どこに焦点を結んでいるのか分かりにくいのだという。
だから、というわけではないが、日向ヒナタの目はおかしかった。
はるか遠く、決して見えるはずもない、数キロメートルも離れた場所の出来事を、障害物すらなくして見ることができる。
それは常にという訳ではないが、意識していなければ見えるものであり、意識的に視界を狭めるのはひどく疲れる事であった。
ゆえに、何もない状況ではその余計な力を解放している事が多い。
「―――ヒナタ」
「…何、ナルト君」
「戻ってるってばよ」
―――人には通じない意味の言葉に、ヒナタはしばし沈黙した。
意味が分からないからではなく、意味が分かるから。
そこに、学校で見せている穏やかで大人しい少女はどこにもいない。
冷たい―――冷たすぎるほどの視線には、大人でもたじろぐほどの威圧感があった。
普段常に被っている猫が盛大に剥がれて、地の性格がでてきている。
「悪い?」
ふん、と鼻で笑ってやった。
どの道、見ている人なんていないのだ。
素を出して何が悪い。
冷たい視線に笑いながら、ナルトは携帯に送られてきたメールを読み直す。
内容はシンプルなものだ。
暗殺対象と、その対象に関する情報を山のように。
とはいえ、彼ら以外がそのメールを見てもわけが分からないだろう。
メールはナルトとヒナタが所属する組織、"暁"にしか分からない暗号で構成されていた。
"暁"―――それはいつからか日本に存在する裏の組織。
国家に容認された、暗殺、諜報を主とした、決して表舞台に現れることのなき部隊。
―――その構成員の中にはまだ成人にも満たぬ少年少女が存在することを知っているのは、組織の中にすら稀だった。
ビルの屋上からヒナタは気安く飛び降りた。もし誰か見ていれば悲鳴を上げて卒倒しかねない光景だ。
だからナルトはため息をついて、自身も屋上から身を踊らせて着地してから注意しておく。
「ヒナタ、もうちょっと回りに目配れってば」
「うっさい」
あまりにも素っ気無いかつやる気のない返事にイラっとして、その頭をがしりと掴む。勢いのままさらさらの髪をかき混ぜて、思いっきり離れた。
素晴らしい力の篭った鋭い蹴りが飛んできたからだ。
ぐちゃぐちゃにした筈の髪の毛はあっという間に元に戻って、いつもながら、とんでもなく硬くて強情でコシのある髪だなと感心する。
ショートでいるのが勿体無い。伸ばせばいいのに。
「ほんっと、勿体ねーの」
くつくつとナルトは笑う。
手負いの獣のように警戒心むき出しの少女はきっと気づいてない。
冷たいだけの瞳が戸惑いの色に揺れて、顔が真っ赤に染まっていることを。
「何? ヒナタ行かないの?」
「…行くわよっ」
そうして、大きく踵をかえした少女を背中を追いかける。
なんとも愉快な気分なのは隠そうともしない。
それでも、少女の瞳も、少年の瞳も、一歩一歩進むたびに冷たく凍り付いていく。
これから追い詰める暗殺対象の情報を頭の中に思い浮かべ、感情を切り捨てていく。
時間は迫る。
計画は既に動いている。暗殺対象のスケジュールは分単位で脳内に刻まれ、"暁"のスケジュールと交差する。
完全に凍りついたその瞳は暗殺対象を目にした瞬間、実に酷薄に笑んでいた。
仲がいいわねーほんと。
なんて、一切の気配を消しながら山中いのは笑った。
並んで歩く少年と少女の後姿。
黒髪の少女は日向ヒナタ。コードネームは『氷の目』。
金髪の少年はうずまきナルト。コードネームは『金』。
一瞬だけうずまきナルトが何かを考えるように足を止める。
本当に一瞬だけだ。だから前を行く少女はそれに気づかない。
遥か遠くから見守っているいのだけが気づく。
気付かれた?
―――まさかね。
ああ、でもそれもいいかな。
楽しいかもしれない。
親友のあたしたちは、貴方達の見張りなの、なーんてね。
くすくすと声に出して笑う。
もう十分な距離が彼らとはあいた。
だから、同じように一切合切の気配を消してたあいつが出てくる。
「行くぞ」
「あらーサスケ君ったら、大胆なお誘いじゃないー」
「…ふざけるな。さっさと追うぞ」
「つれないわねー」
それでも全く山中いのは構わない。
山中いのとうちはサスケにとってこんな事は日常茶飯事。そもそも学校の中でさえ繰り返されている始末だ。
それを嫌がって逃げ回っているはずのサスケだが、今は、口でこそ悪態をつきながらも、それは気心しれた相手に対するじゃれあいのようなものだ。
その証拠にサスケの唇はうっすらと笑んでいた。
普段学校では冷たい眼差しもどこか柔らかい。
緊張していないのだ。つまり、今がサスケの"普通"ということ。
山中いのにとって普通の境界線はないに等しい。
学校ではしゃいで馬鹿やって怒られるのも普通で、サスケにちょっかい出してそのファンにぎゃーぎゃー言われるのも普通で、息を吐くぐらい自然に嘘をつくのも普通で、親友の監視も普通で。
だから普通に人を殺すし人を裏切る。
持っていた暗視スコープを放り投げて、サスケに渡す。
なんとなく肩をまわして、軽く助走すると屋上から飛び降りた。
さっきのヒナタやナルトと同じように。
「っっ、いの!」
暗視スコープを抱えて仰天するサスケの声が聞こえて、ちょっとだけ笑う。
本当は、いのの身体能力はそこまで高くない。
もっともそれは"暁"内部での話で、一般的なものに比べれば充分すぎるほどの身体能力なのだが、屋上から飛び降りて平気なほどでもない。
というか、普通平気な筈がない。
自分の身体が風を切るのが気持ち良い。
ビルの明かりが高速で流れていく。
長い長い髪が一直線に上へ伸びる。
落ちて落ちて落ちて。
「ははっ」
笑い声すらも暴風にかき消された。
顔に当たる髪は痛くて、なんとなくそれに意識が集中する。
その身体が、浮き上がる。
腰を掴まれて、引き寄せられて、目の前にはうちはサスケの顔があって、その黒髪がちくちくと当たる。
ぎゅうっと抱きしめられて、くすくすと笑いながらサスケに身を任せた。
うちはサスケは山中いのを抱きかかえたまま、危なげなく着地する。
「いのっ、お前…何してんだよ」
「えーだってー私も一回飛んでみたかったんだものー」
「するな!」
思いっきり言い放って、はぁーーーと深く長いため息をついて、サスケは座り込む。
完全に力が抜けてしまった状態で顔だけを上げて、のんきに笑う女の顔を覗き込んだ。
いつもの事ながら、山中いのの中には危機感というものが全く存在しない。
普通の人間なら怪我をすると分かっていることをわざわざしないわけだが、山中いのの場合興味がわいたら次の瞬間には実行するのだ。
そういう意味でも山中いのは清清しいまでにぶっ壊れている。
「あらー怒っちゃったー?」
「当たり前だこの馬鹿…っ!」
どうやら本気で怒っているらしいサスケにいのは弁解の言葉を捜して視線をさ迷わせる。
「でも、サスケ君がいなきゃこんなことしないわよー?」
弁解、プラス本音を言ってみる。
はい、不正解。
「いてもするな!」
「いったーーーいっっ」
ばっちんと両頬を挟まれて、そのことに文句言おうとしたらふさがれた。
噛み付くように荒々しく口の中を蹂躙されて、山中いのの思考が止まる。くっきりと眉間に皺のよった端正な顔立ち。いつもならそれをたっぷりと観察するのが好きなわけだけど、今回に限ってはその余裕すらない。
息苦しさに喘いで、その呼吸すら許されずに蹂躙される。
「…は…っぁ」
ようやく開放されて、ずるずると山中いのは座り込む。丁度さっきまでとは逆の体勢だ。
見上げた男の顔はやたらと清清しく意地悪く綺麗に笑んでいた。
―――うちはサスケの行動原理はよく分からない。
涙を浮かべたまま山中いのは唇を尖らせ、思考を回転させる。
ただし、その暇をうちはサスケは与えず。
「行くぞ、見失う」
強引に腕を引っ張りあげて立たせると同時に走り出す。
腕がすっぽ抜けるような衝撃にいのは悲鳴を上げる。
「何すんのよー!」
「仕事だろ」
くつくつと笑う、うちはサスケ。コードネームは『黒闇』。
ぶつくさと文句を言い続ける山中いの。コードネームは『水闇』。
時間は迫る。準備は既に万全。
フォロー?
そんなもの彼らには不要だ。
"暁"きっての暗殺者。『氷の目』と『金』の仕事にミスなどありえない。
ってのは建前で。
下手に手を出すと怖そうだし。
『黒闇』と『水闇』はただ見守るだけ。
盗聴器と暗視スコープから、そして一方的に送りつけられる"任務終了"の報告を受けて、2人の"暁"は動き出す。
「さって、とー、事後処理にでも行きましょー」
「早く済ませるぞ。明日は早練だ」
「それ、『金』もでしょー? 元気よねー男の子って」
「お前も来るか?」
「…私が朝弱いの知ってくるくせにーっ!」
じゃれあう2人の姿はあっという間に暗闇へと消えて。
「サッスケー!! 1対1の勝負だってばよー!」
「知るか。ウスラトンカチ」
何一つ曇ることのない世界へ。
「おはよーヒナタ! ねぇ、サッカー部の朝練見に行きましょー」
「あっ、お、おはよういのちゃん」
何一つ血なまぐさいことなどない世界へ。
―――そしてまた、暁はおとずれる。
2011年7月3日
なんかコンビニ(企画ページ参照(笑))でスレナルヒナ書いたときの、現代的スレ妄想。
特殊な能力を持つ子供達を集めて特殊な訓練をつませて構成員へと育てあげる、的な。
ヒナタは白眼ちっくな能力、ナルトは異常な治癒能力、いのが人の心が読める系、サスケが相手がしようとしてることが先読みできる的な能力。