日向家長女と蛇のあやかし

 『毒』




 世界が回る。




        ―――ぐるり、と。





 ここはもう、こちら側。
 人間たちの世界。






「ナルト! サスケ!」

 取り乱す少女の声。
 重なり合って倒れたうちはの少年と、狐のあやかし。

 額に浮かぶ脂汗。
 ぞわりと少女の背に鳥肌が立つ。

 うちはと狐の呼吸を確認して、とうとう倒れた蛇のあやかしへと視線を向ける。
 常に懐に持つ小刀を抜いて。

「何を、した」

 力なく瞼を閉じながらも、尚も笑っていた蛇のあやかし。
 ゆるりと、眼を開いて、眼前でぎらぎらと輝く刃にさらに笑う。
 刃の奥で、刃以上に輝く鋭い乳白色の光がいのを貫く。

「あんたがーあちら側に移動した時ー、私の子達がー皆死んでたと、思うー?」

 くすくすと。
 蛇のあやかしは嘲笑う。
 薄っすらと開いた水色の光は、ぼんやりとした世界で日向の視線を捉えた。
 その、余裕のない感情に打ち震える視線を。

「早く、毒を抜きなさい」

 立場を弁えていない台詞だ。

「こう痺れてたらー何も出来ないわー」
「っっ!」

 悪意に満ちた蛇の微笑みに、日向の少女は小刀を振りかざす。
 けれど、振り下ろせるはずがない。
 出来るはずがない。

「解毒はーとーーっても難しいと思うわー」

 言われなくても、分かっていた。
 日向の癒しの力は毒にまで及ばない。
 あくまでも体内の治癒能力を活性化させ、何倍もの速度で治すというだけ。
 それに、蛇の毒は蛇のあやかしの数だけあるといってもいい。蛇の特性を示すかのようにしつこい毒は症状も毒性も潜伏期間も様々。解毒法も様々なのだ。
 時間さえあれば、血から分離させた毒素から解毒薬が作れるだろう。
 それは奈良の得意分野で、過去類を見ないほどの頭脳の持ち主が今はいる。だから、2人を連れてさえいけばなんとか作れるだろう。
 それでも最低3日は必要。

 狐のあやかしなら元々の基礎体力が高いので大丈夫だろう。
 けれど、力を使い果たし、血を流して衰弱した、うちはの少年の身体は決してもたない。

「…何がっ、望みですか」
「生き残ることー、あとー、そのうちはの身柄かなー」

 余裕すら感じる声に、日向の少女は小刀を懐に返し、腰のポーチから幾つかの薬を取り出す。
 その中の一つが、痺れ薬に対応するもの。かなり強力な痺れ薬。人間なら恐らく丸1日はまるで動けないだろう。あやかしなら、その半分程度。まして殆んど吸わなかった蛇のあやかしなら数時間できれる程度の効果。
 ただ、今はそれを待つほどの時間の余裕はない。
 薬を飲ませる前に、幾つか札を取り出し、蛇のあやかしが逃げられないよう結界を貼る。2重にも、3重にも、4重にも。

 それから。

「約束は、守ってくださいね」

 そうでなければ、殺すだけの事。
 そう冷たく乳白色の瞳が語る。
 蛇はただ笑い。

 ゆるりと瞳を閉じた。

 いくばくかの時間を置けば、蛇の全身から痺れが抜けて、じわじわと力が戻ってくる。もっとも、戦えるほどの力が残っているわけではないが。

 身を起こして、太ももに巻いたベルトから取り出す粉末状の薬。
 赤に青に黄色に…やたらと鮮やかなそれらを、いのは手馴れた動きで取り出して、服の一部を使って混ぜ合わせる。
 その分量の配分はいのだけが理解している。
 混ぜ合わせた場所の服を鋭く尖らせた髪で切り裂いて、日向に渡した。

「……」
「約束はー守んなさいよー」

 私は守った。
 そう言いたげな蛇のあやかしの言葉に、日向は小さく頷くと共に、粉を自分の口へ乱暴に投げ込み、順に2人の口へと流し込んだ。

 少女の唾液と混じりあい、溶け合い、粉は少年たちの喉を通り抜ける。

「……ひあっっ」

 バチリと炎がはじける。
 発動した札が燃えて消える。
 背に無残な焦げ痕をつけて倒れる蛇のあやかし。

「まだ、逃げていいとは言ってないですよ」

 焦げた皮膚の香りは人間の放つものとはまた別の、それ。
 敗れた結界と、笑う蛇のあやかし。

「約束守ったじゃないのよー」
「薬の効果はまだ分かりませんし、私は守ってませんから」

 にこり。にこり。

 蛇のあやかしと日向の少女はそう笑って。
 札が、宙を舞った。

 ばり、と火花がはじける。

 いのがとっさに弾いた札は、接触と同時に一瞬で形を変える。
 鉄で出来た対あやかし用の檻。
 檻に入ったあやかしは、人の形が取れなくなる。

 しゅるりと衣服が解けて。
 その隙間から銀色のうろこが姿を現す。
 きらきらと光るあやかしが何をするよりも早く、札を檻に貼るだけ貼って厳重に結界を貼る。それはもう乱暴に。隙間なく。

「なーんかずるいわーすっごくずるいわー」

 札と檻の隙間から、蛇の抗議。

「大人しくしていれば、悪いようにはしませんよ」
「…日向なんてー大っ嫌いだわー」

 拗ねた子供のような口調に苦笑してしまう少女。
 なんだか、妙に憎めないあやかし。
 けれど、もしも、うちはの少年と狐のあやかしに変な後遺症でも残ったなら。
 それとも解毒剤というのが嘘だったなら。
 その時は。

「永遠の地獄にでも突き落としてやるわ」

 こっそりと、そう、呟いた。
2008年07月06日
いのVSヒナがとっても楽しくて。
多分スレでもやったことがないと思うので新鮮でした。