日向と奈良の長子と狐と猫のあやかし

 『赤い光景』




 そのあやかしは、真っ赤な目をしていた。
 真っ赤になった目で、真っ赤になった服で、何かの残骸を抱いていた。

 ひっく、としゃくり上げる。
 もう涙なんて出ていないのに、泣き過ぎて苦しい筈なのに、そのあやかしはそこから動かない。真っ赤に染まった身体は壮絶な光景。時折何かの残骸にすがり付くようにして舐める。

「ひなた、まっかだよ」
「―――うん。そうだね」

 赤い、赤い光景から遠く離れた2人、手を繋いで、それを見守る。
 ヒナタの手には無意識に強い力が加わって、狐のあやかしは不思議そうに首をかしげた。
 きょとん、としたまま、日向を見上げて。

「ひなた、あおい」
「―――うん」

 そうかもしれない、と日向の跡継ぎは頷く。蒼いというより、蒼白になっているに違いない。
 だって、血の気という血の気が引いている。
 噛み締めた唇はとっくに突き破って、血を何度も飲み下した。

 だって、私は―――私はまた、間に合わなかった。

 重なる。
 重なってしまう。
 私の為に死んだ人。
 私なんかを守って死んだ人。
 守らなくて良かったのに、日向の掟に、そして日向の術に縛られ、それに殉じた悲しい人。

"これで、きっと良かったのでしょう"

 良くない。
 全然よくなかった。
 こんな落ち零れの後継者、捨ててしまえばよかったのに。

"ヒナタ様―――どうか、息子を、お願いします"

 私が奪ったのに。
 私があの人から貴方を奪うのに。
 その私に、どうしてそんなことを言うの?

"ああ―――でも、出来るなら"

 蒼白なのに真っ赤に染まった残骸は笑い。

"日向の為でなく、自分の為に生きてください。それが、貴女が私に出来る唯一つのことなのですから"

 日向ヒナタの未来を決定付けた。

 もう居ない人の言葉。
 大事な、約束。

「ひなた、いたい」
「―――っっ」

 気が付けば、眉を寄せて不安がる狐のあやかし。
 気づかないうちに、その手を握りつぶそうとでもいう力が篭っていた。
 謝るよりも先に、近づく足音と気配。

「ヒナタ」
「………シカマル」
「…悪かったな。こんな光景見せることになって。後始末はこっちでしておく。お前は帰れ」
「大丈夫。…ねぇ、あのあやかしはどうなるの?」
「…上の方では処分だって話も出てるけどな―――俺のあやかしに、する」

 普段のはっきりしない態度がまるで嘘のように、驚くほどきっぱりと、奈良の後継者は宣言した。それを意外と思い、ヒナタは目を見開く。奈良シカマルは既に、幾多ものあやかしを使役している。そのバラエティたるや全種族を集める気では? と言わんばかりだ。目の前で血だまりに沈む、猫のあやかしより強力なヤツだって使役している。

「どうして? そんな義理はないでしょう?」
「馬鹿。こーいうのは義理とかじゃねーんだよ。俺が、アイツを殺させたくねぇってだけだ。………ただの、我がままだよ」

 その我がままで、どれだけのあやかしが救われたか知っている。
 普段はものぐさでやる気なんてないくせに、目の前で倒れている人を見捨てることなんて絶対に出来ないのだ。
 だから、あやかしたちは例え不当な術に縛られていても、奈良の長男に感謝している。心から彼に仕える。
 奈良家の正当な血を引く跡取り息子は、優秀だ。
 ―――日向の跡取りとは、違う。

 ふとよぎった考えを頭を振って振り払う。
 そんなの関係ない。
 日向の跡取りたる日向ヒナタは、自分の為に生きるだけだ。

 主を失った猫のあやかしを見て、それを立ち上がらせる奈良の長男を見て、日向の後継者は狐のあやかしの手を、今度は優しく握り締めた。
2010年12月05日
奈良家の長男と猫のあやかしのはじまり。
これとセットでもう一つ猫視点を書いてた筈なんですが…。