『1000年後の物語』








 若い、旅人が居た。
 長い、黄土色の髪は、乱雑にターバンが巻かれ、零れ落ちた範囲でも手入れのされていない様子が明らかだった。琥珀色の瞳を細め、周囲を警戒しながら足を速める。
 深い、山の中、日が落ちようとしていた。
 飢えた獣の腹の中に収まる気はない。しかし、一刻も早くこの山を降りなければ、旅人が獣の腹の中に収まる可能性も出てくる。

 ふと、人の気配を感じた。こんな時間に?と思いはしたが、今となってはそれすらもどうでもよかった。人の気配があるということは、人里が近いということに他ならない。そうなればこの危険極まりない山からもおさらばだ。そう、勢い込んで人を探す。
 だが、見当たらない。確かに人の気配は感じたのだ。とにかく手当たり次第に木々を掻き分ける。それでも、出来る限り息を潜め、音を消すのは忘れなかった。むざむざと獣をおびき寄せるような真似はしたくない。

 やがて、何かが見えた。歓喜を無理やり押さえ込み、それを確認する。それは、小さな小屋のようだった。
 助かった、そう旅人が思っても無理はない。

 必死の形相で小屋の前に来る。
 ここまできていながら、ふと、旅人の心に迷いが生じる。
 山の中、たった一つだけの小さな小屋。
 人は住んでいるのか?第一こんな人里離れた場所に住む理由は何だ?
 さまざまな可能性が脳をかすめ、ごくりとつばを飲む。どの道、ここしか行く場所もない。既に日も暮れた。その状況で動くのは自殺行為だ。

「ごめんください」

 誰か居ませんか?と、扉をたたく。返事はない。
 その方が、旅人にとって都合よかった。人間は信用できない。
 扉は、簡単に開いた。古くさび付いた鍵は機能していないのだろう。ギィ、と音がして、扉がこすれる。ほこりは積もってなかった。

「誰か居るのか…?」

 慎重に息を詰め、周囲をうかがう。じゃらりと、音がした。金属と金属がこすれあう、嫌な音だ。

「―――っっ!」

 急いで振り返れば、濃く、深い闇があった。意味もなく、背筋が凍った。
 最初に、白い足が見えた。何もはいていない、裸足の…。ひたり、と足を進め、それと同時にじゃらりと音がした。足首についた、鎖のせいなのだと、気づいた。
 白い衣が、闇の中で浮かんで見える。

「だれ?いつもの人間とは違うのね」

 聞こえた声は、かすれた、女の声。息を詰めて、女が姿を現すのを待った。
 長い長い髪が、床まで届いていた。大きく、深呼吸する。女の手にもまた、枷と鎖がついていた。
 女の、何よりも目立つところは、その瞳だった。白い、白い、右の瞳。色素が薄いのかと思えば、そうでなかった。彼女のその白い瞳は、瞳孔そのものがないのだ。ただ、白いだけ。まるで真珠をはめ込んだような、白い、瞳。そしてその左目は、まるで血のように赤かった。瞳孔は、ある。けれどそれは普通の瞳孔じゃない。まるで獣のように、縦に長細く、ひどく鋭かった。
 その、異形の瞳が、旅人を捉え、僅かに瞠目した。

「いつもの人間?さぁな。俺は…ただの避難民だ」
「避難民?」
「そう、一晩だけでもいい。ここに避難させてくれ。こんなに妖気に満ちた山で野宿なんて正気の沙汰じゃない」

 女は、しばらく旅人を見て、ゆるやかに、口を開いた。 

「………一晩じゃダメ」
「……何?」
「一晩じゃ嫌。もっと居て」
「何言って」
「……妖気は、いつもだよ。いつものこと。ここの妖気に当てられないのはふもとの村だけ。村の住民だけ」
「…何が言いたい」
「逃げられないよ。旅の人間は」
「お前もその類か。妖孤」

 僅かに、女が息を呑むのが分かった。やはり、と、旅人は瞳を細める。

「……どうして、分かったの?ここの妖気は乱れてて、私の妖気なんてぐちゃぐちゃに混ざってるのに」
「悪いが俺はそういう点に関してはプロだ」
「…祓い屋?」

 祓い屋とは、妖気を持つ獣の中でも、人間に害なす者たちを退治する、もしくは今回のように妖気に満ちた空間を調べる、妖魔に関するプロフェッショナルのようなものだった。
 旅人はもう祓い屋として20年のキャリアを持つ、業界の中でも屈指の力の持ち主だった。
 女の言葉に、旅人は深く頷く。

「そう、そうなんだ……じゃあ仕事できたの?何を祓いに?」
「妖気そのものを」
「…なんだ、私じゃないんだ。つまらない」
「自ら滅びたいのか?」

 理解できない、というように、思わず声を荒げる旅人。
 妖孤である女は、己の足元でうごめく黒い髪を見て、小さく笑う。

「私はもう1000年も生きた。そのほとんどはここで無為に過ごしてるだけ。無駄に、生き永らえているだけ」
「………」
「……ここの妖気は昔からだよ。磁場が狂って、魂も負も全部篭ってる。淀んでる」
「馬鹿な…。それで村が無事であるはずがない」
「…だって、私の妖気が守ってるもの。術式から妖気が流れ込んで、結界になる」

 妖気に対して妖気で対抗している、そういうわけか。
 おそらく女の手足に絡みつく枷と鎖。それらが直接女の妖気を取り込み、この小屋から村へ経由しているのだろう。それを村の方で何らかの術を用いて結界につながる。
 なんて複雑に絡み合った術だろうか。少なくとも旅人は、こんな術を知らない。どんな術書にもこんな術式は残っていない。
 けれど。聞いたことがあった。
 旅人の一族の始祖とも呼ばれる者から、口伝で引き継がれてきた一つの術。

「一体…誰が?」
「忘れた。誰だっていい。そんなのどうだっていい」
「お前は、逃げようと思わないのか」
「逃げてどうする? それに、どの道逃げられない」

 じゃらりと鎖を鳴らし、肩をすくめた。女は旅人に興味を失ったのか、小屋の片隅に腰を下ろす。鎖は異常に長く、小屋の中だけならどれだけでも自由に動けそうだった。
 旅人は、荷物を下ろし、中を探る。探りながら、言った。

「妖孤。名前は?」
「忘れた」
「いいや。覚えているはずだ。妖魔が己の名を忘れれば、確固たる姿を保つことは出来なくなる。かつて木の葉という小さな里に居た九つの尾を持つ妖孤のように」

 旅人の何気ない言葉に、空気が、凍った。すぅ、と温度が下がり、長く落ちた黒髪が軽く浮く。
 旅人の背を、冷たい汗がなぞった。これだけ明確な殺気を浴びて、平静でいられる者なんていないだろう。

「貴方…何者かしら?」
「…人に名を尋ねるときは、自分から名乗るもんだぜ?」
「その言葉、そっくりそのまま貴方にお返しするわ」
「それもそうだな」

 思わず、という風に旅人は吹き出す。悪気ない笑い声に、多少毒気を抜かれた。けれど、警戒は解かない。1000年という長い歳月、ほとんどここで過ごした。怠惰な日々では在ったが、時間だけはあったので、一通りの基礎鍛錬は行っていた。無駄だと分かってはいても、習慣になっていたことを易々と止めることは出来なかった。そう、1000年もの間、ずっと。

「俺の名前は奈良。奈良テイシ。木の葉から砂に移り住んだ忍の50代目だ。まぁもっとも、今となっては忍里なんて存在しないけどな」

 それは、その言葉は、もしかしたら分かっていたのかも知れない。
 だって、目の前に居るこの男の、ターバンから零れ落ちる黄土の髪は、まるで砂の里を彩っていた砂そのもの。琥珀の瞳は、姉とも慕ったあの人に瓜二つじゃないか。
 テイシは、問う。透き通った、琥珀の瞳で。あの人の、瞳で。

「さて、名前は?」
「…日向……。日向、ヒナタ…」

 久しぶりに口にする名前。900年以上も前に呼ばれなくなった、名前。
 白く、赤い瞳が、瞬きを繰り返した。零れ落ちる雫を、テイシは見なかったことにした。

「日向、ヒナタ。………あたり、か」

 それなら。

「あんたに伝言。1000年前に生きてたご先祖様から」

 手渡されたそれは、歳月の古さを感じさせた。ぼろぼろになった巻物を、震える手で抱える。
 そこには、過去そのものがあった。
 ゆっくりと、めくる。少しずつ、文字を読んで。
 にじんだインクで書かれた文字は、面倒くさがりの癖にひどく几帳面な、流麗なもの。

 書かれていたのは、ヒナタにとって大事だった人たち全員の行く末。彼らの歴史全てがそこにつづられていた。
 ひどく、丁寧に、ひどく、細かく。
 自分が歩めなかった過去が、あった。
 彼と自分とが歩むことの出来ない歴史だった。

 最後に一つだけ、書かれていた言葉。

『ごめん。助けられなかった。けど、絶対、いつか必ず助けるから。待っていて欲しい』
『俺たちは、ヒナタをそこから出してみせるから』
『待っていて』

 ―――待っていて。

 何百年も昔、つづられた言葉。
 けれど、ヒナタはつい昨日のように思い出せる。
 彼らの笑い声も、小さな会話も、みんなで集まって遊んだことも。
 自分たちの絆はとても強くて、ずっと楽しくて、誰もが幸せで、誰もが笑っていて。

 読んで、もう、どうしようもなかった。
 こらえても、こらえても、涙があふれる。
 こんなに嬉しいのに。こんなに彼らに会いたいのに。
 もう、誰も居ない。自分の愛した誰もが自分を置いていってしまった。
 どうして。
 分かっていたのに、理解していたはずなのに、胸の奥にぽっかりと穴が空いたようだった。

「…う……っっ。…ぁあ…っ」

 涙なんて900年以上も前に枯れ尽くしたものだと思っていた。
 あれだけ泣いて、泣いて、泣いて、毎日を過ごしたのに。一生分使い果たすだけの涙をこぼしたはずなのに、それでもまだ、しぶとく涙が流れる。

「泣くときは、声を上げて泣くんだ。そしたら、次は笑えるから」

 それは、そこに居るテイシの声のようで、かつての親友たちの声のようで、愛するあの人の声のようで。

「―――っっ!」













 昔々、木の葉という里がありました。
 木の葉はとても有名な忍里です。
 忍里は、自国や他国から、色々なお仕事をもらい、忍という強い人間がそれをすることで生計を立てていました。

 ところで、木の葉には九つの尾を持つ妖狐がいました。
 妖孤はとても長生きで、あんまり長く生きたものだから自分の名前を忘れてしまいました。
 妖魔というものは、自分の名前を忘れると自分の姿が分からなくなります。
 九つの尾をもつ妖孤は、あっという間にちゃんとした形が出来なくなって、大きな、大きな、気の塊になってしまいました。
 姿を失った妖孤は、木の葉の里を襲いました。
 自分を忘れてしまった妖孤は、嵐のようなものでした。
周りにあるもの全てを取り込んで、壊してしまったのです。

 そこで、木の葉の若い火影は一つの大きな決心をしました。
 火影とは、里の忍の誰よりも強く、誰よりも冷静な判断力を持つ、人格者です。
 彼が思いついた術は、妖孤の塊を人間の赤ちゃんに封じ込めるということでした。
そうすれば姿を失った妖孤は在るべき姿を思い出し、赤ちゃんの中、大人しくなるでしょう。
 本当は赤ちゃんにこんなことをしたくはありませんでしたが、まだ自我を持っていない赤ちゃんでなければ、妖孤の自我に精神を冒され、あっという間に壊れてしまったでしょう。
 若い火影は、妖孤を赤ちゃんという新しい器に入れて、名前を決めました。

 その名『うずまきナルト』と。

 若い火影は、術の反動で死んでしまいました。
 妖孤を入れた赤ちゃんの幸せを望みながら。

 けれど、その望みがかなう事はありません。
 九つの尾を持つ妖孤は、とてもとても強い力を持つ妖魔で『九尾の化け物』と呼んで、誰もが恐れていました。
それは、『うずまきナルト』という赤ちゃんに対しても同じことでした。
 木の葉の里の誰もが、姿を失った妖孤に大事な人の命を奪われたり、家を壊されていたのです。

 『うずまきナルト』は、里の人々に拒絶され、憎まれながら生きました。
 誰も彼を見てくれません。
 彼は『九尾の化け物』だったのです。

 けれど、『うずまきナルト』は『日向ヒナタ』と出会います。
 『日向ヒナタ』という人は、『うずまきナルト』にあこがれていました。
 落ちこぼれ、と家から捨てられてしまった彼女は、似たような境遇でも、真っ直ぐに前を向いて生きている『うずまきナルト』を尊敬していました。
 やがて憧れは愛情に変わり、『うずまきナルト』もまた、それにこたえました。
 『うずまきナルト』は『日向ヒナタ』のとても優しく、真っ直ぐで、弱弱しくて、決して折れてしまわない強い心に惹かれていたのです。

 若い火影が望んだ赤ちゃんの幸せが、かなおうとしていました。
 『うずまきナルト』と『日向ヒナタ』は、とてもとても幸せそうでした。

 けれど、災厄が、木の葉を襲いました。

 それは、地震でした。
 とても大きく、とても強いそれは、木の葉を大きく揺るがせました。
 誰かが叫びました。

 ―――九尾だ。九尾がいるからこんなことになるんだ。

 と。

 誰かの一言が、『うずまきナルト』と『日向ヒナタ』の幸せを奪いました。
 里の人間は、手に手に武器を取り、2人を襲いました。

 『うずまきナルト』や『日向ヒナタ』と親しい者たちは、必死に彼らを庇いました。
 けれど、里の人間全てを敵に回しては、どうしようもありません。
 『日向ヒナタ』は一度死にました。
 『日向ヒナタ』のお腹の中にいた赤ちゃんも、死にました。

 けれど。

 『うずまきナルト』は、『うずまきナルト』の中の妖孤を、『日向ヒナタ』に移しました。
 妖孤の持つ、驚異的な回復能力を求めたのです。
 そうすると、『日向ヒナタ』は目覚め、妖孤を失った『うずまきナルト』笑って、死んでしまいました。

 『日向ヒナタ』は、ただただ嘆き、苦しみ、己もまた死のうとしました。
 けれど、出来ませんでした。
 妖孤の驚異的な回復力は彼女を生かしたのです。
 そう。何をしても。

 そんな彼女を見て彼女と親しかったものもまた、嘆き、苦しみました。
 けれど、里は一つの提案をしました。

 ―――この九尾の力を使えば、里を守ることが出来るのではないか?

 巨大で、大掛かりな術の構築を始めました。
 その間、『日向ヒナタ』が逃げてしまわないように、里は彼女に鎖をつけ、里外れの森の小屋へ閉じ込めました。
幾重にも幾重にも、厳重に結界を重ねて。

 彼女たちと親しかった者たちもまた、閉じ込められてしまいました。
 術が完成するまで、邪魔が出来ないようにです。

 やがて術が完成し、『日向ヒナタ』の持つ、妖孤の力は木の葉を守る結界へとなりました。
 だから、どんな天変地異もどんな災厄も、木の葉に届くことはありません。

 木の葉に縛られてしまった『日向ヒナタ』は、妖孤と同じで歳をとらなくなったといいます。
 厳重に封じ込められ、他者と顔を合わすことを許されなくなってしまったので、それが本当かどうか、誰も知りません。

 『うずまきナルト』や『日向ヒナタ』と親しかったものたちは、それぞれ里でも指折りの忍でしたが、彼らは里を抜け、当時木の葉と親しかった砂の忍になりました。
 『うずまきナルト』と『日向ヒナタ』を踏みにじった里を、彼らは一生許さなかったのです。

 今はもう、木の葉という里がどこにあるのか、誰も知りません。
 時を経るごとに忍の存在意義はなくなり、気がつけば忍里という存在は消えていました。
 幾度も国同士の争いがおき、その中で数少ない忍は更に数を減らしました。
 争いのうちに幾度も里は移動し、集落は焼け落ち、そうこうしているうちにその時代の地図もまた残っていません。

 今となっては、ただ、ほんの少しの一族だけが、忍、という存在を保っているといいます。
 木の葉という里はどうなってしまったのか。
 ほんの少しの忍ももう分かりません。

 木の葉は『日向ヒナタ』の力で守られており、里にいる限り外敵におびえる必要はなくなりました。
 だからもう誰も里から出ません。

 もう、誰も木の葉を知りません。

 もう、誰も。





 2006年11月5日
 オリキャラはシカテマ子孫です。テイシ君。24、5。そこらへん。
 20年のキャリアがある、ってありますが、それは修行時代に親兄弟の仕事に引っ付いていったことも含めてます。一人立ちしてからは10年ないくらいでしょう。まぁ経験が大事な仕事ってわけでベテランには違いないでしょうが。
 ぶっちゃけ最初はパラレルパラレルの(男)テマヒナで進む予定でしたので、テイシ君は男テマリっぽい感じの性格で。でも途中でオリキャラになったので、男テマリよりちょっと頭のゆるい(おい)感じで。
 って自分しか分からん性格付けですがuu

 ひとまず話は終わりましたがまだまだ問題は全く解決していなかったりして、そこは色々想像してもらえると嬉しいかなーっと思います。2人の行く末とか、木の葉の成れの果てとか、砂に移り住んだメンバーとかね。