(美味しそうだったなぁ…)
ほぅ、とヒナタは息をつく。
それはそれは芳しい香りをしていた。
とても健康そうで、血の気も余ってそうで。きっと彼の血は鮮やかな赤をしているに違いない。
身長はシノ君よりも低かった。けれどキバ君よりも大きかった。
髪の色は月のような金色で、きっとお日様の下では鮮やかに輝くのだろう。
瞳はとても綺麗な澄んだ青色。空のような青。
年齢はきっと20歳前後。
表情がとても豊かで、笑うとすごく幼い。
きっとその皮膚は弾力があって牙の進入を拒むに違いない。それでも一度牙を突き立てれば生き物のように熱くて甘く美味しい血があふれ出るに違いない。
あまりにも想像が甘美で、ヒナタはとろりとした顔でもう一度息をついた。
………本当は幾らでもチャンスはあった。
彼は無防備に寝ていたから、幾らヒナタでも血を吸うことが出来たに違いない。
それなのに、結局出来なかったのだ。
出来なかった挙句に、ご飯を炊いて味噌汁を作って………。
自分の行動に頭を抱えてしまう。
今でも何故あんなことをしてしまったのか分からない。ただ、その時は…その時はそれが正しいと思ったのだ。
介抱して貰った挙句に夕飯(と言っても吸血鬼のヒナタにとってそれはただの嗜好品にしかなりえないのだが)まで出してもらった。だから、何か恩を返したいと思った。
コンビニの袋から出てきたのはラーメンばかりだったから、ちゃんとしたご飯を取ったほうがいいんじゃないか、と考えて。
(今日もラーメンなのかなぁ…?)
はたと気づく。
そんな化学調味料が一杯入ったものよりちゃんとしたご飯とか、野菜とか一杯食べた方がより一層綺麗な美味しい血になるのに。
「ヒナター!」
「はっ、はいっっ」
ビクンっと跳ね上がって、ヒナタは声の方を向く。
声の主はキバだ。
けっけっけと笑いながら、持っている雑誌をヒナタに差し出す。
「見ろよ、お前の運勢今月さいっこーだぜ」
「えっ、ほ、ほんとう…?」
キバに示された場所の小さな占い欄。
はたして吸血鬼の自分達に、血液型があるのかないのか知らないが、ヒナタは結構こういった迷信のようなものが好きだった。
ちなみにキバもシノも全く信じていないし、興味はない。
ただヒナタが好きだから見せてくれるし、ついでにチェックしてくれるのだ。
ヒナタの人間だった頃の誕生日は12月。
確かに彼女の誕生日を含む月は、最高の運勢で、思わずヒナタは見入ってしまう。
『運命の出会いがあります。これから一生付き合っていくような人と出会えるでしょう』
どうしてそこで、明るい金色の髪と鮮やかな笑顔が浮かんでしまったのだろう。
一気にヒナタの体温は上昇して、顔が真っ赤になる。
吸血鬼になってもう長いが、こんな現象は初めてだ。
第一ヒナタの一生といったらとんでもなく長いのだ。
まだまだ新米吸血鬼のヒナタは50年くらいしか生きていないが、兄貴分のシノとキバは100年以上生きているし、自分たちを吸血鬼にした紅に至っては既に憶えていないらしい。
それにしても、吸血鬼になってもう50年も経っているというのに、未だ1人で血が吸えないとはどういうことだ。
「ヒナタ、お前はどーする?」
キバに問われ、え?と顔を上げる。
何の話かさっぱり分からなかった。どうやら物思いにふけってしまっていたらしい。ヒナタの悪い癖だ。
「俺たちは獲物を狩ってくる。ヒナタはどうする?」
再度であろうシノの問いかけに、ヒナタは考える。
昨日は今日こそ、と思ったのだ。今日こそ1人で獲物を捕まえて、1人でご飯を食べるのだと決心して。
結局だめだった。
毎日がそんなことの繰り返しで、自分のことながらうんざりしてしまう。
でも。
「いっ、行く…」
「お、やる気じゃん!」
「無理はしなくてもいいのだぞ?」
「う、うん。大丈夫。…頑張る、よ」
頭の中を、金色の髪がよぎって、どうしてだか落ち着かないけれど。
今日こそ独り立ちするのだ。
決意も新たにヒナタは2人の兄貴分を追いかける。
(今日も会えたらいいな……)
『三日月夜の結末』
「ナルトーあんた何浮かれてんのー?」
「はぁ!? 何いってんだってば。別に俺ってばいつもどおりじゃんよ」
「どこがよー。さっきからそわそわそわそわとーこっちが落ち着かないじゃないのよー」
本気で何のことか分からずに、ナルトは眉根を寄せる。仕事仲間の山中いのは、実に気持ち悪そうに顔をしかめていた。長い金色の髪で、黙っていれば結構いい女だと思うのに、いったん口を開けば終わることのないマシンガントーク。カウンターに肘をついてだらけている姿は、いくら客がいないと言っても褒められた態度ではないだろう。
「あ、そうそう、聞いたー?」
急にひそひそ体勢になって、いのは楽しそうにナルトに耳打ちする。
客もいないのにひそひそする意味あるのか。
「最近ー出るんだって」
「出るって、何がだってば?」
「きゅ、う、け、つ、き!」
「はぁ!?!?!?」
予想だにしなかったいのの言葉に、ナルトはまさしく目をむいた。そりゃそうだろう。言うに事欠いて吸血鬼ときた。第一出るっていうなら幽霊だろう。
「なんだってばよ。それ。嘘くささ全開」
「あー馬鹿にしてるわねー。でも、最近多いんだって、変死体。血がぬかれてるんだってっ。全身干からびてーそれで、首元には二つの穴! もう、吸血鬼以外考えられないじゃないー!!」
「噂だろ? ありえないってば」
「ち、ち、ち。甘いわね〜。………シカマル情報よー。もう、10件目だって」
更に声を潜めたいのに、さすがのナルトも眉を潜めた。シカマルというのは、いのの幼馴染で、現職警察官だ。こうなると信憑性が俄然違ってくる。
「なんにしろ、物騒だな」
「そーよねーもー私も夜道が怖くてー」
「俺は夜歩いてるお前に迂闊に近づくことが怖いってば」
警戒心バリバリアンテナを張っている山中いのは、はっきり言って危険人物だ。
やたらと足も早いし、護身術レベルを超えた武道の腕を持っているし、さらにはお前ソプラノ歌手か、というくらいに声が出る。あとついでに機転がきくから、うずまきナルトにとって山中いのは逆らいたくない女ナンバー1だ。
その、すこぶる危険な女、山中いのがひどく物騒な顔で、こっちを見ていた。
それに気が付いて、ナルトは青ざめる。ついうっかり自覚もないレベルで発した先程の言葉を思い起こして更に青ざめ、そんなナルトに、いのはにっこり綺麗に笑う。
いのの誇る凶器、指先から綺麗に伸びた長すぎない爪がきらきらと光を浴びて光っていた。
「いたっいたたたたたっいのそれマジやめっ!!!」
しばらく店の中にあるまじき悲鳴が響きわたり。
「でー、結構ここから近い場所で被害も出てるらしいからーナルトも気をつけなさいよー」
「………おー」
腕に血がにじむ直前までつけられた爪の跡を見ながら、お前が一番危険だ、とは口が裂けても言えなかった。
仕事を終えて店を出ると、既にあたりは暗く、大きく伸びをする。
いのを家まで送ろうかと思ったら、いのの恋人が迎えに来ていたので、めでたくお役ごめんになった。二人と別れてコンビニに足を向ける。
無意識に、自分が彼女を探しているんだな、と気付いたのは何故かカップラーメンを手にとったときだった。買い物カゴの中に入ったカップ麺。加えて手に持つカップ麺。
自分用のそれと、後もう一つが誰のものか、考えなくても分かった。
自分で自分の行動に呆れてしまう。
会いたいのか? そう言われれば、当然会いたい。
体調は大丈夫だったのか。
名前はなんていうのか。
どうしてあんなところに一人でいたのか。
あと、朝食の、お礼とか。
とにもかくにも、不思議な少女だった。
あまりにも印象が強くて、ナルトの脳裏から片時も離れてくれない。なんとなくそわそわしてしまって、いのに突っ込まれたときに自覚した。気付けばずっと、頭の中に昨日の少女の笑顔が居座っている。
だから、一瞬思い違いかと思った。
「あ……」
暗闇の、ほんのりと月が世界を照らす中、人と人の隙間からちらりと見えた真っ白な肌と瞳をした少女。何かを探すようにきょろきょろ視線をさまよわせている。
息を呑んで、買い物カゴを置き去りにして、カップラーメンも適当に置いて、コンビニから飛び出す。
人と人の間をすり抜けて、探す。白い肌が暗闇の中ちらちらと視界の端を揺れている。
いた。
確かにいたのだ。
うずまきナルトの思い込みでも見間違いでもない。
昨日出会った少女が、確かにいたのだ。
周りの人を押しのけるように走って、ひたすら追いかける。
こういう時呼びかける名前がないっていうのは不便だ。今まで人の名前なんてさして興味なかったし、一回会っただけの人間の名前なんて覚えたこともないのに、都合よくそんなことを考える。
気が付けば、昨日少女と出会った場所と似たようなところに出ていた。
人気が少なくて、月明かりが綺麗な狭い道。
膝に手をついて、息を吸い込む。
体力はある方だが、急な運動と人の流れに逆らった動きで、さすがに息が上がった。
顔を上げる。
月明かりの下、壁を背に、一人の少女が座り込んでいた。膝頭を両腕で抱え込んで、頭を伏せている。大きなフードが上にかぶさって、その隙間から綺麗な黒髪がこぼれていた。長い黒髪は地面についてしまっているが、気にしている気配はない。完全に他者を拒むその姿勢。
息を整えて、少女の前に立つ。追いついたは良いが、なんて、声をかけようか迷う。
「………なぁ、大丈夫か?」
そっと屈んで、少女の肩に手を置く。びくりと、激しくその体が震えた。真っ白な瞳がナルトとかち合う。驚愕に見開いた大きな瞳が、少しずつ落ち着いて、何度も何度も瞬いた。驚かしてしまったのは自分だが、その後こんなに呆然とされると居心地が悪い。
「え、あっ………き、昨日の…」
「ん。昨日、ってか今日の朝はサンキューな、飯、マジで美味かったってば。俺、一人暮らしだからさ、あれは感動した」
自分の事を覚えていてくれたのが嬉しくて、ナルトは完全に座り込んで、うきうき笑う。固まっていた少女も頬を少しなごませて、小さく首を振った。
「おっ、お世話に…なった…から」
「あんなん全然だってばよ! ……あ、あのさ、お前、名前なんて言うんだ? その、別に変な意味とはないってば!? たださ、その、呼びたいときに不便だしさ」
「あ………」
ぱちぱちとまつ毛を震わせて、少女はことりと首をかしげる。内心ナルトは汗ダラダラで、返事を待つ。ものすごく不審者だ。別に変なことはしてないけど、今現在の自分はものすごく変だ。引きつった笑顔のナルトに、少女は何度か視線をさまよわせてから、小さく口を開いた。
「…………ヒナタ」
「―――!!!!!!!!!」
「…?」
「なぁ、ヒナタ、ヒナタってば何してるんだ? そのこんなところに一人でいると危ないってばよ!」
一気に上機嫌になったうずまきナルトに、少女、ヒナタは被りっぱなしだったフードを下して、視線を彷徨わせる。
そのいかにも返事を探している感じに、ナルトは慌てて前言撤回した。
「や、別に言いたくないなら良いってば! 昨日は…大丈夫だったってば?」
「…だ、大丈夫」
「そっか、良かったってば。朝いきなりいなくなってたからびっくりしたってばよ」
「あ…ご、ごめん…なさい」
「でもご飯はほんと美味かったってばよー。ヒナタは料理が上手いな」
次々と溢れてくるナルトの言葉に、ヒナタはつっかえつっかえ、必死に返す。
会話として成立しているのかどうか微妙なところだったが、居心地は悪くなかった。
月明かりの下人気のない通りで、二人の男女が向かい合って座り込んでいる、という不思議かつ危ない感じの光景だったが、幸いなことに人は通らず目撃者も居なかった。
不意に、ヒナタがこくりと唾を呑みこむ。その音が、なぜか大きく聞こえた。ヒナタの顔を覗き込むと、うるんだ白い瞳が上目づかいにナルトを映している。青白いまでの白い肌が、高揚して頬が赤くなっていた。ピンク色の唇の下からは綺麗に並んだ歯が覗いている。少しだけ開いた口から吐き出される息が、空気を振動させて。もう一度、ヒナタが唾を呑んだ。こくりと喉が動くさまがひどくいやらしく、ナルトを誘っているようだった。
否。
確実に誘っていた。
気が付けば、無意識に顔を寄せていた。
何をしているんだろう、と思う。
昨日会ったばかりの女の子にもう一度会いたくて、必死になって追いかけて、名前を聞いて、話して、こんな――――。
「―――…っ」
唇が触れた瞬間、ヒナタがびくりと硬直した。触れているだけなのに、気が遠くなりそうに気持ちがいい。限りなく永遠に引き延ばしたような一瞬と共に、顔を離す。今や真っ赤になった目の前の少女は、やはりとても妖艶に見えた。その真っ白な瞳に浮き上がる涙に、頭が真っ白になる。
ああ、駄目だ。
その白さに酔う。
少女に触れた喜びと快楽が、いきなり唇を奪った自分の最低さと、泣かせてしまった罪悪感とまじりあい、ナルトの胸を苛む。
まだ欲しい。もっと触れたい。湧き上る欲求を必死に押さえつけて、ナルトはヒナタからさらに離れた。
離れざま、土下座の勢いで大きく頭を下げる。
「―――ごっ、ごめんっっ」
「―――あ、ぁぁっ」
固まっているのだと思った。
自分のいきなりの最低な痴漢行為に衝撃を受けて動けないのだと。
謝って許される行為ではないと分かっていながら、何度でも謝ろうと決めて、もう一度頭を下げるため、顔を上げて。
「―――もう、だめ」
目の前に、涙でぬれた女の子の顔があった。
―――くちゅ
「え―――?」
首筋にヒナタの熱い吐息があたる。かぷりと甘噛みされ、舌が首筋を這い上がり。
噛まれた。
「―――!!!!!!!!!!!!!」
違う。
噛まれたなんて生易しい表現ではない。弾力を確かめるような甘噛みの後、思いっきり皮膚を突き破る勢いで―――否、突き破ったのだ。有り得ない。
はぁ、とヒナタの息がかかる。熱い。皮膚を突き破った歯が、牙が、引き抜かれる。熱い。ちゅう、とヒナタが傷口を吸った。どくどくと血が外に向かう。熱い。
とろとろとろとろと血が流れる。命の源がこぼれていく。ヒナタは浅ましい獣のように血をむさぼる。一滴でも零すまいと首筋をなめ回す。
痛みよりも熱さが、熱さよりも快楽が頭の中をぐちゃぐちゃにかき回す。
―――最近ー出るんだって
―――出るって、何がだってば?
きゅ、
う、
け、
つ、
き
山中いのの言葉が笑い声のようにくるくるくるくる木霊して。
そうして、うずまきナルトの視界は反転した。
次に起きた時、ナルトは自分の部屋に転がっていた。
「―――………? オレってば…なんで?」
いつの間に帰ってきたのだろうかと首を傾げる。
確か昨日は、仕事が終わって、いのと別れて、昨日の少女を見つけて、追いかけて、名前を聞いて、話してそれで、衝動的にキスをして。
はっとして、首筋に手を当てる。
―――そこから、血を、すわれた。
「………生きて…る?」
―――ごめんなさい
そんな声をどこかで聞いた気がした。
ふらふらと起き上って、鏡の前まで歩く。
鎖骨の上、首の少し横の方。
赤く虫刺されのように二つの傷跡。
「―――っっ!!!!!!」
足が崩れて、壁にぶつかる。
「ウソだろ…。そんな…吸血鬼…なんて…………」
信じられない、という気持ちよりは、確信の方が強かった。
ヒナタと名乗った、黒い髪の綺麗な白い瞳の少女は、吸血鬼だ。
だって肌はあんなに血の気がなくて、白い瞳は普通じゃなくて、夜一人でふらふら出歩いていて。
でも、笑顔が可愛くて、小動物みたいに何かに怯えて緊張して、すぐに赤くなっておどおどして、驚くほどスローテンポで、声が小さくて、カップラーメンを食べて、美味しい料理を作れて、抱きかかえた時の身体はとても柔らかくて軽くて、ふっくらとした唇は甘くてとんでもなく気持ちよくて。
嗚咽がもれる。
あんなことをしたのに。
あんなことをされたのに。
頭の中から少女の笑顔が離れない。
「………それでも――――好きだってばよ…っっ!!!!!!」
ヒナタは泣いていた。
人気のない暗闇の中。
自分の倍近くもある体の青年を抱きかかえて、ぼろぼろぼろぼろ泣いた。
一人で獲物を捕まえて食事をするのが長年の願いで、望みだったのに。今日だってそのために街まで出てきたのに。
人に話しかけることすらろくに出来なくて、兄貴分の二人に慰められて一人で落ち込んで。そうしたら昨日の人が現れたから、今日こそは、って思って。
思った筈なのに、二人でいることが居心地良くて、きっかけがつかめなくて。
早い口調でぽんぽん話す言葉の波が心地よくて、一緒にいるのが苦にならなかった。表情がとても豊かで、くるくる変わるから、見ているだけで楽しくて、幸せな気持ちになった。もっと彼の事が知りたいなと思ったから、話をもっとしたかった。
そうしていたら血なんて、どうでもいいと思った。
相変わらずとても健康そうで美味しそうな血の香りをしていて、ものすごくお腹は空くし、食べたくて食べたくて仕方ないけど。
吸ってしまったら、この幸せな瞬間は終わるから。
だから、我慢して。
我慢して。
我慢出来なかった。
本当にいい匂いで、物凄く美味しそうで、ずっと、ずっと、我慢していたのに、唇が触れた瞬間、身体が芯から甘く痺れて、理性という枷が綺麗に壊れた。
あんなに出来なかったのに、身体はいつも気絶した人間にするように動いて、首筋に触れた瞬間全身が歓喜に震えた。
美味しかった。
想像なんかよりもずっと、ずっと。
「……けて」
美味しくて美味しくて美味しくて。
いつまでも味わっていたい濃厚さ。
「…た………け…て」
ぞくぞくした。
牙が皮膚を突き破り、熱い血潮が口の中にあふれた。
甘くてまろやかで濁りない美酒。
我を忘れてしまうほど陶酔して。
「助けて……っっ」
それでも、弱弱しくなっていく呼吸に、動きが止まった。
獲物は捕らえたら殺すのがヒナタ達の決まりごと。娯楽としてではなく、生をつなぐための吸血の証。ついでに生かしておくと顔を見られることが多いし、噂が広まるのも早い。一人暮らしの、ろくに他者と繋がりもないような人間が一番の狙い目。
だから、彼が死ぬまで血を吸い尽くすべきだった。
それなのに。
それ以上の血を吸うことも出来ず、ヒナタはただただ泣きじゃくって零れる血をおさえる。
ああ、そうか、と気が付く。
失われていく彼の命を感じながら気が付く。
人間なのに、受け入れてくれた。
人間なのに、異形の瞳も気にせず話しかけてくれた。
人間なのに、心配してくれた。
人間なのに、とても優しかった。
唇が触れた瞬間求められていることに気が付いて、飛び回りたいほどうれしかった。
それでも、血への欲求がすべてを上回った。
「わっ、私…あなたに、死んで欲しくないっ」
命を奪おうとしているのは、間違いなく自分なのに、浅ましくそんなことを願った。
かつん、とヒールの音が鳴る。
赤い、赤いハイヒール。真っ赤なロングドレス。白い肌にうねる黒髪、真っ赤な瞳と唇。熟成した体のラインを惜しげもなくさらした女が、ヒナタの前に文字通り空から舞い降りる。
「それは、私たちみんなを危険にさらすわ。ヒナタ」
闇に溶けた長身が静かに現れる。
黒い丸眼鏡の少年。表情はかたく諭すように、女の後に言葉を続ける。
「助けたとしても、どのみちここには居られない。そいつとは、一緒にいられない」
月明かりの下、爛々と輝く獣の瞳を持つ少年がけたけたと笑う。
ヒナタと、ヒナタが抱きかかえた青年を見下ろす表情は冷たい。
「バッカじゃねーの? 殺しちまえよヒナタ。じゃなければ同じにしてしまえば良い。飲みつくして与えるだけだ。そうすりゃそいつも生き返ってめでたく俺たちの仲間入りだ!」
血を吸うだけでは吸血鬼にならない。血を吸うことによって命を落とした者に、吸血鬼が血を与えることで、与えられたものは新しく吸血鬼として生を受ける。
けれどそれは青年の人間としての一生を奪い取る事。
それは死を与えることと同義だと、ヒナタは必死に頭を振る。
キバは仲間には優しいけど、人間に容赦がないことを知っている。
吸血鬼には交感能力がある。
自分の血を分け与えた吸血鬼と、血を与えられて吸血鬼になった人間の間にのみそれは発言する。
紅はヒナタの声をここより遥か遠くで聴き取り、キバとシノを呼び出した。
だから紅はヒナタの願いを知っている。キバとシノは知り得なくとも察した。
3人の視線を受ける中、ヒナタは腕の中の青年をさらに抱きしめる。
決して奪われまいとするように。
「そっ、それでも。殺したく、ない。仲間にも、したくない」
人に自分の意思を伝えるのが極端に下手で、気の弱い妹分の言葉に、シノもキバも驚いて言葉を失う。涙を浮かべながらも、ヒナタの目は強い決意が宿っていた。
そんな姿を、2人は初めて見る。彼らの知るヒナタはいつだって敵意がなくて弱弱しくて、人に合わせることに抵抗がない少女だったから。
「お願い…助けて…っ!!!!!!」
ひどく身勝手な願いを押し付けていいることを、少女は正しく理解しているのだろう。
悲痛な瞳で、それでも一歩も引かず、家族のような相手に向き合う。
その様子を見ながら、女はずっと昔の事を思い出していた。
今と同じように涙をためた、当時はまだ黒かった幼い瞳。怯えながら、震えながら、それでも背に庇った大事な命を守ろうとしていた少女がいた。
守って、守りきって、そうして死に絶えようとする瞬間まで笑っていた可哀そうな少女。
それを殺して吸血鬼にしたのはほんの気まぐれ。
あの時と同じ瞳が、今目の前にある。
「紅」
「どーすんだよ」
普段見ることのないヒナタの姿に気圧され気味の少年たちの姿に、紅は吹き出した。いつも兄貴ぶっているくせに形無しだ。むっとする2人組がなんとも可愛らしくて、くつくつと笑う。
紅は今の状況を気に入っている。
シノは無表情だし冷静で、一番落ち着いているようで、案外寂しがり屋で、すぐ拗ねる。 キバは無駄にうるさくて喧しくて粗暴で、まるで子供がそのまま大きくなったような無邪気さを持っている。
ヒナタは可愛くて優しくて不器用で人見知りで、いつまでたっても一人で狩りも出来ないような子だけど、たまにこうして紅を驚かせる。
そんな長く生きてても全然変わらない3人が、紅にとっては新鮮で、とても愛おしい。から。
本当は最初っから答えなんて決まっているのだ。
吸血鬼はそうして街を去った。
多くの犠牲を出した事件は吸血鬼の名を囁かれたが、それ以上の事件が起こらなかったため、静かに静かに収束することとなる。
そしてまた、他の地で事件は起こり―――同時に、街から一人の青年が姿を消した。
吸血鬼が現れるたびに金色の髪の青年がどこからともなく現れ、次第に事件は収束することから、人は、彼を吸血鬼ハンターと呼び、有りもしない様々な都市伝説を作り上げることとなる―――。
時は流れ―――。
「ここか―――」
三日月の綺麗な夜に金色の髪の青年はとある街に足を踏み入れる。
決して忘れることの出来ない少女の笑顔を求めて、吸血鬼を追い続ける。
よもや遠くでこんな会話がなされているとは知るよしもなく。
「わぁ…っ」
「うげっ。あいつまた来たし!! ヒナタ喜んでんじゃねーよ! もう見学とか付き合わねーからな!」
「………執念深いな。」
「ねーもうあの子仲間にしてもいいかしら? さすがに逃げるの面倒になってきたわ…!」
吸血鬼と吸血鬼ハンターの行く末を、三日月が優しく見守っていた。
2012年4月21日
現代吸血鬼なパラレルがまさか続いてしまったっていう…っ!!!!
しかもなぜか長くなってしまった(汗)
…楽しかったですけどね!
ナルトといのの仕事は書いてないけどバーテンさん。マスターはカカシで多分どっかでサボってる。
いのの彼氏は吸血鬼以外の誰でもww
最後の彼らの姿は書かないでおこうかなと思ったけど、楽しく追いかけっこしてればいいなと思って付け足しましたw