「―――ねぇ。変われたでしょう?」







『きっかけを』







「―――何者だ」

 その声に、月を背に1つの影が屋根の上へ舞い降りる。

「さすがですね。私の気配にこんなに簡単に気付くとは」
「笑わせるな。貴様わざと気配を漏らしただろう」
「それも、さすがです」

 高くもなく低くもない中性的な声。
 細身の身体を黒衣が包み闇と溶け込んでいる。
 闇と同じその真っ黒な髪は背中まで。特徴的な狐の白磁に銀をこらした面。
 高すぎもなく低すぎもしない身長。
 どこをとっても男か女かはっきりしない。

「死にたいのか」

 サラ―――と砂が舞う。
 だが影は全く動じず、我愛羅の元へ平然と歩き出す。

「残念ながら、その程度の力で私は倒せませんよ」
「…試してみるか?」
「それは、貴方の中の化け物が姿をあらわしたとしても同じことです」
「―――!!!!!」

 驚きに目を見張った我愛羅の目の前で、影は動きを止める。

「―――何者だ」
「私も一種の化け物なのですよ。だから貴方と話してみたかった」

 砂が舞う。
 影は全く動かない。
 砂は影に襲い掛かり、闇の中で白磁の面がピシリ―――と、小さな音をたてた。
 亀裂が出来たかと思うと、それがみるみるうちに広がっていく。

 パシン―――

 闇の中で影が身にまとっていた、唯一つの黒以外のものが崩れ落ちた。
 現われた顔は白磁の面と変わらぬほど白く、その瞳は血の色より深く赤く。
 やはりどこか中性的で男か女か区別はつかなかった。

「…話をするのに偽りの姿か?」
「…貴方はすでに下忍はおろか中忍のレベルではありませんね。それは、貴方の中の化け物故かそれとも貴方の力か。まあ、いいでしょう。貴方と話すにはこの姿は不要のようですし」

 そう言うと、軽い破裂音と共に影は全く違う姿をかたどる。
 背は低く、髪はもっと短く、身体は早熟な身体のラインを描く。
 その姿には我愛羅も見覚えがあった―――。

「―――なんだと…?」

 柔らかで真っ直ぐな黒髪をもち、肌はやはり白い。
 変化の姿と全然違うのはその瞳。
 真っ白な血継限界の証―――。
 白眼。
 それをもつ少女。
 日向ヒナタ―――。

 それは、つい数日前同じ力を持つものと戦い、大怪我を負ったはずの人間。
 まだ動けるような身体ではないはずだ―――。

「あなたが人が寝てる上で殺気なんて放つものですから、全然落ち着きませんでした」

 ここは病院の屋根の上である。ヒナタが入院していたのもここなのだろう。
 そして、彼女は重態のはずだ。
 だが今ここにいる。
 前見たときとは全く違う態度で…。
 おどおどした動作も、頼りなさげで小さく途絶えがちな話し方も、足の運びも。
 すべてが違っていた。

「なんだ…お前…あの戦いも…全部ウソか」
「あなたで4人目。私の正体を知った人。ああ―――死んだのもあわせれば5人目かしら?」
「正体だと―――?」
「そう。あなたのあったことのあるいつもの私は殻の私。この私が本当。でも。今はそんなことどうでもいいの。」

 少し我愛羅よりも低い身長ゆえに、軽く見上げる。

「貴方もすべてが憎いのね」
「なんだと?」
「世界の全てが、世界の何もかもが。貴方は本当は自分を含めて全てを憎んでいるわ。それはとても孤独なこと」
「…貴様…貴様に何が分かる…」
「分かるわ。だってそれが私が化け物である印だもの―――」
「貴様が…化け物だと―――?」
「ええ。貴方の思いはひどく強くて、私の壁を越えて…私はそれを拒めなかった…。だから分かるの…。貴方の思いも。貴方の力も。貴方も過去も。」
「………」

 ザァ―――と砂が動きヒナタを拒むように壁を作る。
 一歩…ヒナタが踏み出す。

「人は誰しも心に化け物を買っているもの―――。だけど必ずそこには違うものも存在する」

 また一歩。
 …同じ分だけ我愛羅があとずさる。

「貴方は、私ととても似ているわ。身体の内に途方もない力を抱えていること。それによって人が脅えること。そして…なによりも…全てから逃げているということが…」

 砂が舞い、ヒナタへと襲いかかる。
 それを優雅にかわすと、それでもなお我愛羅に近づく。

「私は逃げたの。怖くて、恐ろしくて…人から逃げたの」

 砂の攻撃を軽やかにかわしながら、やがて我愛羅の元へたどり着く。
 憎悪にも似た表情の中に、ヒナタは恐怖を見つける。
 それは得体の知れない者への恐怖。
 自分の中に入り込もうとする人間への恐怖。

 すっーとヒナタの手が我愛羅の砂を越えて、その頬へ伸ばされる。
 柔らかく暖かな感触。
 ずっとずっと昔…夜叉丸がくれたもの。

「でも…大丈夫…貴方は変われるわ」
「ああああ……」
「貴方の闇は深いけど。大丈夫。信じなくてもいい。でも…私の言葉を憶えていて。ねぇ…我愛羅」
「うああああああああああっっ!!!!!!」





 サラ…





 砂が動いて、ヒナタに襲い掛かった。
 ヒナタの全てを覆いつくすように。 
 次に我愛羅が目をあけた時、そこには何もなかった。
 ヒナタの姿も血も…何もかも。
 まるで幻でも見ていたかのように当たり前の光景。


 ―――憶えていて


「うぅ…!!!」


 ―――我愛羅


 その言葉。
 それだけが頭に残っていた。
 どれだけ拭いてもとれない汚れのように。
 どれだけ闇で覆い尽くしてもにじみ出てくる光のように。

 いつまでも

 いつまでも…。





 それはきっかけ。





 貴方が救われるための。
 貴方が出会う光が貴方に届くための。



 そして



 闇は…合わせ鏡の光へ出会うのだ―――。