奈良シカマル様

この間は世話になった。
10月8日 午前11時 木の葉中忍試験本戦会場前にて待つ。

テマリ





『礼』







 ぼうっと、突っ立っているところに声を掛けられた。

「ん?貴様はたしか」
「ああ?てめーは…砂の…」

 そこから先を言わないシカマルに、テマリは眉をしかめ。

「久しいな。私はテマリだ。名前で呼べ」
「………」
「それで何をしている?」
「ああ。いののヤツがな…」

 そう言って、顎で通りの向こうを示す。
 そこにいるのは、いのとサスケ。
 前は全くいのに脈のなかったサスケだが、最近は結構仲がいい。
 いのが案外気さくで、気が知れてみれば男友達のように付き合いやすいので、それもあるだろう。
 それが案外、いい雰囲気を作っていた。隣同士で歩く姿は端からもとても仲が良いように見える。
 それが寂しいなんて思うことが実に不思議だ。

「なんだ振られたのか」
「…はぁ?なんでそーなるんだよ」
「女に逃げられた男の顔をしていたからだ」
「…なんだそれ…ったく、オレといのはそんなんじゃねーし、なんとも思ってもいねーっての」
「そうか?饒舌になったところからも本心は違うように思うが」

 図星を言い当てられて、シカマルは顔をしかめる。
 なぜか妙に見透かされてしまっている。

「……で、お前は何をしてるんだ?」
「ん?私か?私も振られたところだ」
「はぁ?誰にだよ」
「ああ。弟にだ」

 そう言ってひどく柔らかに、照れを含んだ笑顔を見せる。
 その笑顔に、内心驚きながら、彼女の弟―――砂の我愛羅を思い出す。
 砂と血。
 はっきり言って、いい思い出はない。

「弟…ね」
「ああ。そうだ…お前あいつの家を知らないか?」
「あいつ?」
「ああ。あれだ。あの金髪頭の…ラーメンに入っている…」

 眉間にしわを寄せながら必死に思い出そうとするテマリに、シカマルが答えをはじき出す。
 連鎖的にラーメンに入っているナルト(人間)を想像し、更に顔をしかめる。

「………ナルトか?」
「ああ!そいつだ。そいつの家に案内してくれないか?」
「はぁ!?なんでオレが、んなくそめんどくせーことを…」
「ふむ…不満か?仕方ない。後でお前の好きなものでも奢ろう」
「だから行かねーって…」
「さぁどっちだ?」

 全く人の話を聞く様子のないテマリに、大きなため息をついた。
 めんどくせーと呟いて、猫背で歩き出す。
 こういう場合は、従った方が楽なことが多い。
 その素直なシカマルの態度に、テマリは一人満足げにうなずいて、シカマルの後ろを歩き出す。
 道中はひどく静かで、シカマルは幾度かちゃんと居るのかどうか、振り返って確かめた。
 テマリはその度に違う方向を向いていて、興味深そうに辺りをうかがっている。

「…てかナルトに何の用だ?」

 妙に静かな空気を認識した瞬間居心地が悪くなり、この空間を打ち消すために、不本意ながらシカマルは問いかける。

「…あ?ああ。礼を言おうと思ってな」
「…あいつに礼…?」
「ああ。そうだ。私たちはあいつが居なければ、一度壊れた絆を取り戻すことは出来なかっただろう。我愛羅が、あんなに可愛いことも気付かないままだった」
「…?可愛い…?」

 その経緯を知らないシカマルは、テマリの言う意味は分からないが、我愛羅が可愛いという部分には、呟かずにいられなかった。
 テマリはそれに気付かない。

「私もカンクロウも…我愛羅を救うことなぞできなかった。…だがそれは、あいつがやってくれた」

 足を止めて感慨深そうに柔らかな笑みを浮かべるテマリ。
 シカマルは、なんとなくそれを見ていた。
 ただなんとなく目を逸らすことが出来なくて…。
 テマリが我に返って

「すまない。足を止めてしまったな」

 そう言うまで、まるで金縛りにあったかのように動くことが出来なかった。

「あ…ああ」

 シカマルはぎこちなく足を動かす。
 その後をテマリが追う。
 横に並ぶことはなく一定の距離を保って、テマリはシカマルを追う。
 そして、シカマルは気付いた。
 この距離は忍として、シカマルが何しようとも対応できる距離なのだと。

 思わず苦笑した。
 こいつは中忍になったオレよりもよほど優秀だ。
 忍としての構えを常に忘れてはいない。

「どうした?」

 しかも気付いた。
 周りに気をとられてはいても、シカマルから注意を忘れていない証拠だ。

「いや…お前の方がよほど中忍らしいな」
「…そういえば貴様は中忍になったのだったな」

 今更ながら中忍の証であるそのベストを見てうなずく。

「まぁ…一応はな…お前は?」
「ああ。分からんな。というか中忍試験どころではないのだろうさ」

 なんせ国の中枢である風影を殺され、大蛇丸に乗っ取られていたのだから。
 テマリは風影の娘であるためもあり、その後処理で、テマリ自身中忍試験のことなど忘れ去っていた。

「別に中忍なんてならなくてもいいんだ。そんなことよりもお前ともう一度戦いたい」
「……はぁ?なんで」
「あの勝負は私の負けだ。負けたままでは悔しいからな」
「あれはお前が勝ちだろ?」
「あんなものは勝ちとは言わん。お前ごときにあんな勝ち方では気に食わない」

 有無を言わさぬ様子のテマリに、シカマルは猫背をさらに丸めて大きなため息をつく。
 普通の人間なら気付かないだろうが、テマリは気付いただろう。

「…たく…めんどくせー」

 そう言ったのはシカマルではなかった。
 全く同じことを言おうとしていたシカマルは、思わず足を止め振りむく。

「当たりか?」

 いたずらっぽい輝きをした瞳に絶句する。

「…まぁな」

 笑いがこぼれた。
 やはり見透かされてしまっている。
 だが、それはなぜか不快ではない。
 シカマルは気付いていないだろう。
 自分のその笑みが、ひどく柔らかかったことに。

「…ふん。早く行くぞ」

 その笑みを眩しく感じたテマリが、すぅーと目を逸らしたことに。
 そしてまた歩き出す。
 一定の距離を保って。



「ナルトー。居るかーーー?」

 扉をがんがん叩きながら、シカマルはいかにもだるそうな声で呼びかける。
 テマリは後ろの方で待機だ。

「ナルトー」
「あーーーうっせーってばよ!!!!シカマルっ!!!なんなだってばよっ!?」

 中で何かにぶつかったのか、派手な音を響かせて、そのあと扉が開いた。
 金色の髪はいつも以上にぼさぼさで、目もしょぼしょぼしている。 
 見るからに寝起きといった格好だ。
 現在11時。
 中々遅い起床といえるだろう。

「おーっす。てか用があんのはオレじゃねーよ」
「はぁ!?んじゃだれだってばよっ!!」

 その言葉に、シカマルは待ってましたと言わんばかりに振り返り、テマリを指し示す。

「あーーーーー………」
「砂のやつらだ」
「ああっ!!!我愛羅のねぇちゃんだってばよっ!!!!」
「久しぶりだな。弟のことは世話になった」
「ああ。あいつどーしてんだ?」
「私と共にここに来ている。私は振られてしまったがな」
「あいつ来てんのか!!??どこいるんだってばよ!?」
「さぁな。…うずまきナルト」

 唐突に名前を呼ばれ、思わず動きを止めた。

「…なんだってばよ?」
「ありがとう」
「…へっ?」

 その特殊な環境ゆえに、お礼を言われたことが極端に少ないナルトは、一瞬言われたことが理解できなくて、完璧に動きを止めてしまった。
 硬直したナルトに向かってテマリは

「我愛羅を…頼む」

 頭を下げた。
 深く深く。

「へ?いやオレってば、そんなっ!!!」
「我愛羅はこの里のどこかにいるだろう。会いにいってはくれないか?」
「…わ…分かったってばよ」
「そうか。…ありがとう。…さて、行くぞ」

 頭を上げたテマリは、目を丸くしているシカマルを振り返り促す。
 それはとても唐突で、シカマルはついていくことが出来ない。

「ナルト。頼んだからなっ!!!」
「分かったってばよー!!」

 ぶんぶん手を振って答えたあと、慌ただしく家の中へナルトが戻っていく。
 これから着替えてすぐにでも出るつもりだろう。

「んで…どこ行くんだよ」
「ああ?お前の行きたいところだ。奢るといったろう?」
「あぁ?本気だったのかよ」
「当たり前だ。冗談など言うか。このばか」
「ばか…って…お前なぁ…」

 呆れて、ため息をつく。
 変な女だ。
 その認識を更に深める。
 だがやはり不快ではない。

「それでどこに行くのだ?私はこの里のことは知らんぞ?」
「あぁ?ってかめんどくせーし…別に行かなくていーっての」
「それでは私が収まらんだろう?お前が行きたい所がないのなら、どこかそこら辺に適当に入るぞ」

 言うだけ言って、周囲を見渡し始めたテマリに、シカマルは大きなため息をついた。
 どうやら奢られない限り開放されなそうである。

「女に奢られるとは…情けねー」
「そういうものか?大したことでもないだろう。礼は礼だ」

 そういうものでもないだろう。
 だが、ふとテマリが身を強張らせた。
 その理由にシカマルも気付く。

「テマリ様―――」
「分かった。すぐに行く」

 すっ―――と、音もなく現われた砂忍をあっさりと追い払って、テマリはため息をついた。

「すまんな。どうやらもう行かなければならないらしい。一応これでも任務なのでな」
「ああ…」
「今度の休暇にまた来よう。その時に奢ってやるから、今から考えておけ」
「ああ?別にいいって。めんどくせーし」
「それから勝負もしたいな。この際将棋だろうと囲碁だろうと文句は言わん。腕を磨いておけ」
「いや聞けって…」

 ためらいがちに手を上げるシカマルをテマリは一瞥して、

「貴様。ぐじぐじとうるさいぞ?いいか。分かったな?」
「…はい」

 その言い方に、妙に逆らえないものを感じて、シカマルは素直に頷いた。

「じゃあな。また会おう」

 言いたいことだけさっさと言うと、テマリは近くで待っていた砂忍の方へ歩き出す。
 なんとも強引に連れ回された1日だったと、その背中を見ながら今日を振り返った。 
 砂忍とテマリがともに姿を消すのを見送って、シカマルは帰路に着く。

 途中何かを探すナルトを見た。
 視界の端を砂がよぎったような気もした。
 ふとよぎる面影。
 強引で残忍で…弟思いの砂の女。
 そういえば、日時も待ち合わせ場所も言わなかったな…と思い出す。
 一瞬、連絡を取るかどうか考えて、それを強制終了する。 

「………めんどくせー」

 そこに新たな気持ちが芽生えていることを…シカマル自身もまだ―――知らない。



シカマルの元に風の国から手紙が届くのは数日後の事―――