『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいありがとう』
ごめんなさい。少女はそう言った。
顔は見えなかった。
いつも見下ろしていた少女を見上げて、少年は声を張り上げる。
「何で出てきたんだってばよ!! 早く逃げろ! お前じゃそいつには!」
「うん」
分かっている。そうとでも言いたげに少女は肯く。
その声は少年の知るいつもの少女のものに比べたら、ひどく真っ直ぐで凛と響いた。
「これは私の独りよがり…ううん。契約違反」
「何言ってんだ! こんな危ねーとこ出てくんじゃねー!」
「…でも、ここに立っているのは私の意志」
少女は苦く笑って、小さくごめんなさいともう一度呟く。
それは、一体誰に対しての謝罪なのか。
相対する男は口を挟まない。
この状況は決して覆るものでないと確信しているのだから。
それを少女は分かっている。
だから、安心して言葉を繋げる事が出来る。
「……泣いてばかり、逃げてばかりで、最初から変えることを諦めて、何度も間違ったところに行こうとして…そんな私を…ナルトくんが正しいところへ連れてきてくれたの…」
「……ヒナタ?」
「いつだってナルトくんと一緒に歩きたくて…ナルトくんと一緒に歩ける私になりたくて…。ナルトくんが私を変えてくれた! ナルトくんの笑顔が私を救ってくれた! だから…ごめんなさい。ごめんなさい火影様。ごめんなさい自来也様。ごめんなさい綱手様」
少女は白い瞳に決して覆らぬ意思を宿し、ゆっくりと、笑う。
それは少年には見えなくて、けれど、笑ったのだと、なんとなく分かった。
長い黒髪がゆっくりと風にはためいて、宙に舞う。あまりに場違いなことなれど、それはひどく綺麗だと、少年は思った。
「私は貴方たちを裏切ります。 だって、私はナルトくんが大好きだから…」
少女の姿は、少年が言葉の意味を理解するよりも早く掻き消えた。
それはその場の誰にとっても予想外のことで、一瞬呆気に取られる男と少年。
けれど、その一瞬後には男は黒い刃を取り出し、その場を飛びのいていた。
ガキッ―――。
何かと何かがぶつかり合う音。
その音の発生源の一つは、少年の知る日向ヒナタという少女からのもので。
倒れ伏したまま、少年は絶句する。
長い黒髪、白眼の発動した特徴的な白い目。
いつも自信なさ気にしていた。
いつも穏やかに笑んでいた。
いつももじもじうじうじしていた。
それが今、目の前で戦っている少女。
―――誰もが敵わなかった、最強の力を持つ男と互角の戦いを繰り広げている少女。
その、身体から奇妙な光が溢れていた。
赤く青く染まる奇妙な、光。
「―――何者だ」
「…答える義務はありません。それと…ごめんなさい」
少女は謝り、男は戸惑う。
戦いの場にありながら、少女の瞳はひどく悲しみに溢れている。憎しみも怒りも、そこには何もなかった。ただ真っ直ぐに男を見つめる瞳。全てを見抜かれるような、白。
「何を謝る」
「………」
少女は答えず、けれども静かに動きを止めた。
倒れた少年からずっと離れた場所で、少女は男と相対する。
「見つけました」
「―――っっ」
その意味を瞬時に理解した。
男の意思は別の場所へ飛ぶ。
目の前にいた少女と寸分違わぬ姿の少女がそこにいた。
小南はまだ気づかない。
彼女は男の本体に気をとられており、少女の気配はあまりにも巧妙に隠されていた。
反射的に、小南を庇うように前に出てしまい、自分の馬鹿さ加減に口を噛む。
これでは彼女に人質の価値があると認めたようなものだ。
「逃がさないよ」
それで、小南はようやく少女に気が付いた。身構える小南に少女は一瞥し、そして、何もしなかった。
その静けが逆に警戒を誘う。
「殺したら、木の葉の事諦めてくれる?」
「…まさか」
「そう。…分かりました」
「ペイン…」
「いい、小南」
動けぬ痩せ衰えた身体で、男は静かに首を振った。
少女の覚悟は先の戦い―――それは現在も続いているものだが―――で分かった。引くことがないこともよく分かった。その真っ直ぐすぎる程の瞳は、何よりも雄弁にそれを語っていた。
「それで、何をするつもりだ。今更止まらないし止まるつもりもない」
例え男を殺したところで、止まらない。それだけの仕掛けをしてきてある。そんな簡単な事を彼女が分からない筈がない。なんの確証もなく男はそう思う。
「見張っています。ずっと」
「―――!?」
「貴方が死ぬまでずーっと、木の葉に手を出さないようにいつも見張っています。だからとりあえず」
意識が移り変わる。
ただ話しているだけのこの空間。それに比べて争い続けている木の葉での空間へと。
どれだけぶつかり合ったのか。衝撃音が広がり木の葉の土地を揺るがす。最早誰の口からも言葉は出ない。彼らのぶつかり合う音だけがその場に広がる。
「―――ここから退いて下さい」
「………」
衝撃は広がり、反響し、その隙間に少女の言葉はよく響いた。
倒れ伏した少年の耳にも。
男は動きを止める。呼応するように少女の動きも止まる。
「………お前を殺す、という選択肢もあるが」
「殺せますか? 貴方に」
「………」
あくまでも少女は強気であり、男は僅かに息を吐く。
爆発音。
爆発音。
爆発音。
最後の音を残して、男の姿は消えていた。
それを確認して、少女は振り返る。その白い瞳に映るのは荒れ果てた荒野。元は木の葉だった。ここに木の葉の町があったのだ。それを少女は知っている。
少女はひどく悲しい瞳で荒野を見据え、小さくごめんなさいと謝罪した。
きっと少女が初めから本気で男と相対していれば、こんなことにはならなかった。
けれど、約束をした。
契約をした。
決してこの力を使わないこと。
封印を解かないこと。
木の葉を守ること。
誰にも知られないこと。
けれど、封印を解かないと木の葉を守るには足らなくて、木の葉を守るためには力を使うしかなくて。
少女はその判断を下せないままに、決定的な事は起こった。起こってしまったのだ。
だから、とうとう少女は決断した。
誰に見られても良い。
約束を破ってもいい。
契約を破棄してもいい。
それはとても悲しいことだけど、全て失くなってしまうよりもずっと良いはずだから。
だから。
少女は、ごめんなさいと呟く。
少年を見下ろして。
泣きそうな顔をして。
今の今までの戦いでぼろぼろなのに、血だって沢山出ているのに、少女は泣きそうな顔で、けれど決して泣かないで、少年の前で膝を付いた。
少年の傷の手当て。
それは止血以外にする事もなく、今ここで失っていいチャクラはどこにもなかったので、少女は術を使おうとはしなかった。そもそも少年にとって彼女が回復術を使えるのかどうか、なんて知らない。
「なんで、謝るんだってば」
殆ど何も考えないで、少年は口にしていた。
動けない身体を起こして、必死に少女を真っ直ぐな目で見つめて。
その視線に、少女は少しうつ向いた。少しだけ。
「私、は…嘘ばかり付いていたから…。でも、もう、逃げない…。もうナルト君には手を出させない。絶対、守るから…」
決意を胸に、少女は立ち上がる。
少年は動けない。
「ヒナタ?」
「ナルト君…ありがとう。大好きです」
そうして少女の姿は―――。
「ヒナタ―――?」
そうして木の葉は、ようやく戦いを抜け出した。
沢山の犠牲者と、1人の抜け忍を残して。
時が流れ、ようやく6代目火影が決まり、就任式を迎えた次の春、2人の女が木の葉の門をくぐった。
黒髪の女たち。
シンプルな旅装束は薄汚く、年季を感じさせた。
「――― くん」
震える言葉はまともに発音されず、誰にも聞き取れなかった。
女の1人は6代目の顔岩を見上げたまま静かに涙を零し、後の1人はただそれを見ていた。
いつまでも、いつまでも。
2009年3月6日
スレてないけどスレなヒナ。設定とかはなしの方向で(笑)
いやもうとりあえず、このネタバレだけは見逃せなかったので読んで、勢いだけで書いたって話。
よって、敵さんの正体も能力も性格も口調も状況も現状もなーーーーーーーんも分かりません。
すいません。いや本当ごめんなさい。でも前にさかのぼって読む気とかにはならなかったんです。
自分で書いといてなんですが、この敵は多分こんな状況になっても一人で戦って自分ごとヒナタごと消滅する気がします。ナルトの回収は小南さんに任せて。
でもまぁこれから先もチャンスを作れる道の方を選んだってことで。
とにかくヒナタは美人でした大好きです。大好きだからの絵が神がかって見えました大好きです。