『お前のものは私のもの』





「元暗部ともあろうお方が、随分と無様な姿ね」

　ふん、と鼻で笑ってやった。
　静寂を切り裂くような、凛、とした涼しい声。
　カカシは薄く目を開いて、眼球だけを動かして視線を声の主に合わせる。
　闇の中で映える白い肌。真紅の瞳がカカシを貫く。

「………そりゃあないでしょー」
「お前なら、そんなリスクを負うこともなく対処出来たはず」
「無茶言うねぇ〜紅…」

　はぁ、と息をつきながら、カカシは背に汗を流す。
　不快気に潜められた眉は、如実に彼女の怒りを表していて。ぴりぴりとした空気が病み上がりには辛い。

「何が無茶だ。無茶はお前だ。お前、まだ分かっていないのか？」
「…何をよ」
「お前の、身体は私のものだ。勝手に傷モノにするな」
「…くーれーなーいー。なんだかそれ、ものすっごく誤解を招きそうな台詞に聞こえるんだけどー？」
「うるさい。黙れこの馬鹿」
「…はい」

　怒れる女神に逆らう事の愚かさを改めて思い知ったカカシは、静かに布団を引き上げた。
　銀色の髪の先っぽだけ布団から覗かせて、子供のように丸まったカカシを、紅は不快気に見下ろす。
　ぎし、とスプリングを軋ませて、紅はカカシのベッドに腰を下ろした。
　紅にも分かるくらいにカカシはびくついた。
　本能が、経験が知っている。彼女の怒りの大きさを。

「カカシ」
「はい」

　無条件降伏のように返事をしてしまう自分が多少情けない。
　紅は、中々次の言葉を出さなかった。それは…いつもの彼女ならまだしも、本来の彼女にしてはとても珍しい事で。
　そろそろと鼻から上を布団から出して、彼女の様子を伺う。

「………！」

　ばっちりと、目が合ってしまって、反らす事も出来ずにカカシは固まった。
　そ、と紅の手がのびて、カカシの頬に触れた。
　ひんやりとした冷たさが、優しく頬をなぞり、普段見える事のない左目と、縦に刻まれた傷跡の上で止まる。

「私以外が付けた傷跡なんて、これ以外はいらない」

　紅？という問いかけは、口の中で消えた。
　白い指に封じられてしまったから。

「だから、その他は許さない。これから先もずっと」

　長い癖をもった緑の黒髪が、さらさらと流れた。
　黒がカカシの銀の髪に溶け混じり、赤い瞳は２つの異なる種の瞳を捕らえる。
　ぽかん、とした、カカシの顔から、ゆっくりと硬直が溶けて、幾度か目をしばたかせた。

「ええ、っと…あの、それって、プロポーズと思ってもよろしいのでしょうか？」
「"―――Yes, of course."」

　くすり、と笑って、紅は答える。突然飛び出した異国の言葉に、またも虚をつかれたカカシが呆然とする。
　この、ひどく無防備な顔を、他に誰が知るというのか。

　誰にも渡してなんかやらない。
　傷もすべて私のもの。その無防備な顔も私のもの。
　なんて強いこの独占欲。

「どこの言葉？」
「どこだったかしら？」
「…意味は…？」
「"―――ええ、勿論よ"」

　瞳を輝かせたカカシの顔を、黒の格子が覆い隠した。


　これ、はもう私のもの。
　誰が傷つけるのも許さない。
　誰にも渡さない。