『"仲間"だった。それだけの話』
「"鷹"の目的はただ一つ。我々は―――木の葉を潰す」
サスケの決意に満ちた言葉。
ああ、全くもって感動的なシーンだ。
ああ、全くもって素晴らしい場面なんだろう。
木の葉に苦しめられ続け、最後まで決してその事を語らなかった兄。
その兄のために、兄の…ひいては一族のために彼は立ち上がる。
そんな素敵な勘違いのために、立ち上がる。
全身から魂という魂が抜けるような虚脱感とともにそう思った。
だからだろう。
だから、彼女がゆるりと動いても誰も疑問に思わなかった。
うちはサスケの清清しい言葉に背を向け、何も考えずに歩き出す。
特徴的な暁の衣装を羽織る男の横をすり抜けて。
それから。
―――それから。
「………な…っ」
何も考えずに、ポーチから小刀を抜き出して暁衣装の男を背中から突き刺した。
正確に急所を捉えた手応えに、小刀をねじり込み、その力によって男が倒れるがままに任せる。
ようやっと振り返り、異常に気付いたサスケが、水月が、重吾が見守る中、倒れた男の身体は爆発した。小刀に仕込んだ高性能に改良した起爆札の効果だ。爆発と同時結界が起動し、結界内で爆発が終了する。
音もなく対象は消え去る。
塵一つ残さずに。
あまりにも現実味がなく、あっさりと、簡単についた決着に、誰もがその意味をつかめなかった。
「香燐、何をして」
「一体何を…」
「カリン何やってんだ」
僅かに焦りを含んだ3者3様の声に、香燐は笑った。
ただ、笑った。
「用を思い出した。そっちに行く。もう付き合ってらんないしィ、これ以上は契約外だからね」
「契約だと…」
「そうさ。だから」
香燐は眼鏡を外し、彼らに見えぬように小さく印を切る。簡単な口寄せだ。本当に、本当に、簡単な。
ぼん、と音がした。
続けざまに3回。
3人の男たちが目にしたのは、香燐の後姿の少し後ろに立つ3人の男女の姿。
男は金色の髪をしていた。
空のように透き通った蒼い瞳だった。
女は黒い髪をしていた。
真珠のように真っ白な瞳孔のない瞳だった。
男は黒い髪をしていた。
老獪した光を放つ真っ黒な瞳だった。
うちはサスケにとっては見覚えがあり、重吾や水月にとっては見覚えのない忍。
3人ともが同じように黒い衣装に身を纏い、同じように刀を背に吊っていた。
木の葉暗部独特の格好であると誰もが知っている。
「…よぉ」
香燐はつまらなそうな顔で、手を上げる。まるで旧知の存在に対するように。
そして事実、そうだった。
「私たちが呼び出されたと言うことは」
「そーいうこと、なんだろ」
「…めんどくせー」
うちはサスケの知る人物とは遥かに様子の違う前者2人に対して、最後の1人だけは全く記憶どおりの姿だった。
あまりにも唐突な事に、呆気に取られ、目の前で怒っていることへの対応は遅れる。それは水月も重吾も同様だ。だから気が付いた時はもう遅い。
「な…んだこれっおい! 動けねぇぞ!?」
水月の声に、とっさに反応したサスケも重吾も同様。指先の一本すら、ピクリとも動かない。
「な…ど、どういうことだ」
「香燐…これは」
動揺の言葉に、香燐はようやっと振り返って、笑った。
それは、それは、満面の、笑顔で。
はっきりとその笑顔を確認するよりも先に、口寄せされた3人が動く。
サスケの前に男が立ちはだかる。かつて仲間と呼んだ、金色の髪の。
重吾の前に、女が立ちはだかる。写輪眼のルーツと言われる白い瞳の。
水月の前に、男が立ちはだかる。心底面倒くさそうな顔をした黒い髪の。
「よぉ。サスケ。かっこわりーな」
「なんだと…?」
「香燐から話は聞いている、っつか、香燐の聞いてることは筒抜けなんだよ。俺達にとってはな。そのための香燐だ」
「…お前…なに、何を、言っている…何を言っている…うずまきナルトぉ!」
声を荒げたサスケをナルトは冷たく睥睨し、ふ、と笑う。冷たく、冷たく、どこまでも研ぎ澄まされた刃のように。
「香燐、言うぞ」
うちはサスケの知るナルトとはどこまでも違う口調で、雰囲気で、金髪の青年は振り返る。香燐はひらひらと手を振ってそれに応えた。
その、香燐の動きに、サスケのこめかみが引きつる。
だから。わざと大げさなため息を香燐はつく。このおぼっちゃまと決着をつけるために。
「好きにしろよ。っていうかさァ、この件にはもう関わりたくねー」
「あっそ」
と、言うわけでだ。
そう、ナルトは笑った。
奇麗に、奇麗に、とても、残酷に現実を突きつける。
「香燐は元々誰の依頼でも受ける情報屋だ。兼、何でも屋みたいな感じだけどさ。知らないだろ。子供んころからそーいうことして、大蛇丸のところにいたのもその一貫。木の葉だって散々香燐の情報を使っている」
だから香燐は必要な情報さえ手に入れば、その場を去る。
だから、彼女は木の葉との契約通り、この場に彼らを呼んだ。
ナルトはしみじみと頷く。色を失った蒼白とも言えるサスケを哂いながら。
「お前さぁ、ほんとアホだろ。木の葉を潰す? 誰のためだよそれ。お前イタチの敵とか、うちはの敵とかさぁ、そんなこと思ってねぇ?」
「………」
「命をかけて守った弟に命をかけて守った里を潰されようとして、全くイタチも無駄な人生だったな」
「っっ!!! お前、お前…お前っっふざけるな!!!!!!! お前に、お前に何が分かるっっ」
動けない筈のサスケの身体が、何かを振り払うかのようにして動いて刀を掴む。けれど、それはあまりにも鈍く、遅い動作だったから、ナルトは簡単に妨害する。刀を掴んだサスケの手の甲にクナイが突き刺さった。
「ぐぁっっ」
「少なくとも、お前よりはイタチの意思を継いでるさ。お前を守って、木の葉を守って」
「…な、んだと?」
「お前、里にいるとき一回も襲われた事なかっただろ。血継限界を発現させる前ならともかく、させた後、それは"ありえない"。日向家宗家のヒナタには既に3桁を越える刺客が送り込まれてる」
「っっ」
「それなら、写輪眼をただ1人受け継ぐ子供が何故狙われなかったのか。何故何も知らずに生き延びれたのか」
ナルトの手に力が入る。サスケの手の甲に突き刺さったクナイは更に深くねじ込まれ、呻き声が響く。
「刺客をお前の知らないところで始末し続けたからさ」
クナイを引き抜いた。
血が飛び散り、サスケは小さく叫ぶ。
冷酷な瞳。なんて、残忍な瞳。
目を合わせて、ようやく気付く。
うちはサスケは、うずまきナルトに気おされているのだと。
「10も20も30も100も、殺して殺して殺して殺して殺し尽くした。お前が生き残るためだけに。それなのになんだ? 里抜け? 大蛇丸の弟子? 敵討ち? 挙句の果てが里への造反か。よくやるよ。所詮カエルの子はカエル。弟子は弟子だな、ああ?
里もな、いつまでもお前に構っていられるほど甘くはないわけよ。イタチが死んだから、もう里への圧力はない。それでもお前が復讐に満足して勝手に生きるなりなんなりするなら構わなかったさ。………けどな」
ふっ、とナルトは笑う。
凄絶に、壮絶に、深い闇をたたえた瞳で笑う。
ぞわり、とサスケの全身があわ立った。
心臓をつかまれた様に、魅入られたように、動けない。話せない。視線を逸らせない。
ただ汗だけがだらだらと、だらだらと。
「里の反逆者になった今は違う。お前はやりすぎたよ。残念だ」
言葉は軽かった。
露ほども残念とは思っていない口調でナルトは…。
ナルトは、サスケの腕を切り落とした。
いとも、簡単に。本当に簡単に。
「………は?」
ぽかん、とした声は、やがて絶叫へ。
煩そうにそれを聞きながら、ナルトは処置を施す。
誤って出血多量何ぞで死なれては困るので、止血して切り口を塞ぐ。
なんといっても大蛇丸の細胞が混じってる。再生なんぞ始めかねない。
「忍としてのうちはサスケには死んでもらう。まぁそれでも"うちは"の血は大事だし便利だから? こっちとしちゃぁ後は種だけ植え付けてもらえりゃあ良いわけよ。都合の良いことにお前を一途に盲愛している女もいるしな」
そう、皮肉げに笑って、ナルトはサスケに背を向ける。もう全ての興味を失ったと言わんばかりに。
その背に、サスケは激怒した。
全てを失って、今日から全てが始まるはずだった。
サスケが望んでいたのは、決して、こんな、こんなものじゃない。
それなのに。
「ああ、足もいらないな」
冷め切った瞳。
無常に、本当に容赦のない動きで刃が動いて。
なんて、簡単に、人は本当に全てを失える。
「ご協力どーも」
「…フン。木の葉との契約はこれで切れた。あとは勝手にしな」
声はナルトの後ろで、こちらのやり取りを見ていた2人にも聞かせる。
一時期の間仲間だった2人は、とっくの昔に動かなくなっていた。
それは、死に寄る停止ではない。
重吾は自ら動く気がないのであって、水月は真っ黒な影の檻に囚われる。
重吾は元々好戦的ではない。ヒナタが上手く丸め込んだのだろう。重吾が衝動に襲われたとしても、彼を抑えられる人物がここには3人もいる。それに白眼は写輪眼の始祖。なんとでもなるだろう。
それに、水月もかなり特殊な能力の持ち主だ。
その能力や忍術の解析のことを考えても、生かして連れ帰って研究した方がいい。
「…香燐、お前は最初から…」
「そーだよ。なんか文句あるか?」
「………」
「じゃーな。重吾、水月、それにサスケ」
重吾はもう何も言わなかったから、香燐はその場の全てに背を向けた。
「報酬は振り込んだからな」
「ああ、見た。次の仕事を待ってるよ」
それだけ言って、香燐はその場を後にした。
香燐の報酬は前払いで3割、後払いで7割だ。
難易度によってその報酬価格は桁違いに変わる。
木の葉からの報酬は最高ランクレベル。
仕事内容としては"うちはサスケが木の葉を裏切る瞬間までの情報の提供"
それと後は顔馴染みに対するアフターケアとサービスだ。
香燐にとって、呼び出した3人は木の葉そのものとも言える重要な客そのもの。決して彼らの機嫌を損ねる事はしない。
それに。
「…何、ヒナタ」
とっとと次の仕事でも請けに行くつもりで歩いていた香燐は、ため息を共に足を止めた。
振り返れば、音も立てずに、けれど堂々と香燐の後ろをついてきていた黒髪の少女の姿が目に入る。
ほんの少し首をかしげて、それから瞬きを2回。
その後くすりと微笑を見せる。
「会えて嬉しかった。ごめんね」
「…なんで謝るの」
「香燐結構あの人たちと居るの楽しかったんだと思ったから」
一息も付かずに告げられた言葉に香燐は絶句した。
絶句して、それから吹き出す。
最初は小さな苦笑。それが少しずつ激しくなって、明るい笑い声が響いた。
「ヒナタは何でもお見通しだ」
そう笑って、香燐は少しだけ、泣いた。
変なキャラ作りも今日でお終い。
初めて、護衛任務のために普通の子供たちに混じっていたナルト達の気持ちが分かった。
ヒナタにとっても、ナルトにとっても、シカマルにとっても、自分を纏わなくても良い数少ない存在が香燐だったから、出来れば今日この日が来なければ良いと思っていた。
報告書では何でもない風だったけど、会って話を聞いていると、香燐は意外に楽しんでいるように思えたから。
だから、ずっとこのままならいい。
サスケが木の葉に刃を抜く事なんて、一生来なければ―――香燐が楽しそうなら、それで、いいと思っていたのに。
ヒナタは静かに香燐を抱きしめて。
その温もりに香燐はただ甘えた。
サスケ、重吾、水月。
1人だった香燐が初めて組んだチーム。
時々会っていたナルトやヒナタやシカマルとはまた違った存在。
多分、それは―――"仲間"と呼んでいい存在だったのだろう。
いつまでも涙をこぼし続けるほど香燐は弱い女ではなかったけれど、今はただ抱きしめてくれる優しい温もりに甘えた。
優しく、優しく、そうして香燐は初めての"仲間"と決別した。
2005年5月29日
スレ香燐とスレナルヒナシカー。