『消える男と調停者』










「それで、どうするつもりだ」

 女にしては低い、けれどもよく通る声が耳に伝わる。
 聞きなれた、もっとも心地よく感じる声。
 それに、静かに…静かにあろうとする声でサスケは答える。

「今の木の葉には、最悪なまでに力が足りない」

 忍の戦闘力の低下。
 木の葉特有の忍の甘さ。
 理由は多くあるが、何よりも里の象徴であった三代目はもういない。
 里人全員の"柱"ともいえる五代目火影のまだ在位は短く、例え三忍として名を馳せた者であっても、その基盤はまだ弱い。
 同じ三忍と謡われた者達も1人は既に敵。
 そして木の葉崩しによって優秀な忍が幾多も"英雄"となった。
 サスケの言葉に、女は顔を歪める。

「…悪い」

 深い後悔のにじむその声に、サスケは首を振った。

「お前の所為じゃない」
「いや、私は…やつを…大蛇丸を止めることが出来なかった」

 本当は気付いていたのだ。
 いつからか、砂の長が音の代表へと移り変わっていた事を。
 砂影を探し続け、ようやく見つけた時にはすでに手遅れだった。

 車軸の壊れた車輪は回り続ける。
 砂、という車輪は、止まる事を知らず、車軸を失ったままに転がり落ちた。
 砂でも有数の力を持ち、砂影直属として働いた暗部の言葉の聞く耳すら持たないほどに。


 その、無力感。


 無駄と悟ったその時の絶望。
 風影の長子として出来た事は何もない。
 風の国、最強の暗部として名を馳せた風莎という忍に出来たのは、砂を出来る限り柔らかなクッションで受け止める事だけ。

 砂暗部としての風莎が知る事の出来た情報は、全て木の葉に流した。
 命掛けで情報を探り、時には木の葉の忍と協力までした。
 木の葉と砂が、ここまであっさりと平和的に和解したのは全て風莎の尽力のためだ。

「ヤツに…もっと早く気付いてさえいれば…!!」

 せめて、せめて大蛇丸が風影を殺す前なればどうにかなっただろう。
 だが、大蛇丸が風影を殺したのは風莎の長期任務中。
 帰ってきたそのとき、すでに大蛇丸となった風影は、風莎の顔を見ることもなく次なる任務へと送りだした。
 それが風影と風紗の常だったので、可笑しいとも思えなかったのだ。
 顔をゆがめて、拳を握りこむテマリに、初めてサスケの視線が揺らぐ。

「テマリ、泣くな」
「泣いてないっ!」

 そう否定しながら、なめらかな頬の上を幾つもの水滴が滑り落ちた。

「テマリ…泣くな……泣かないでくれ」
「…泣いてないと言っている…!」
「頼むから…!」

 涙を零す、その姿に胸が締め付けられる。
 これから三年間、この大きすぎる存在を失ってしまうのだ。
 想像しただけで、身体中が冷えだす。

 けれど必要なのだ。

 木の葉という忍里が生き残る為にも。
 テマリをそっと引き寄せて、腕の中に収める。
 見た目に比べてずっと華奢で、暖かで柔らかな感触。
 強張ったのは一瞬で、すぐにサスケの抱擁を受け入れる。

「…貴様は…ずるい奴だ……」

 男の腕の感触を、背に感じながらテマリは唇を噛んだ。

「三年だぞ?三年っ!」
「…たった…三年だ」
「……本当に…本当にそう思ってるのか?」
「テマ…」
「私は………私は…っっ!」
「ごめん」

 強く強くテマリの身体を掻き抱く。
 この温かなぬくもりを忘れないように。

「後三年もあれば木の葉は強くなる。俺のことで余計にだ」

 視線を地に倒れ伏すナルトに移して、サスケは言葉を紡ぐ。

「四代目嫡子ナルト、頭脳派幻術師サクラ、日向の姫ヒナタ、犬塚の獣キバ、切れ者の影師シカマル、心術使いイノ、倍術師チョウジ。あいつらなら三年で育つ。充分だ」
「ああ…そうだな。あいつらは強くなる」
「その為にも俺は姿を消したほうがいい。あいつらは目標があったほうが強くなる…。そこに復讐に囚われた"うちは"はいらない」

 静かなサスケの言葉が、テマリの身体に染み渡っていく。
 認めたくはない。
 けれども認めなければならない。

「…分かって………いる」
「3年あれば我愛羅は落ち着く。カンクロウも強くなる」

 あの、大蛇丸によって仕組まれた木の葉崩しから、段々と落ち着いてきた我愛羅は、大分砂のコントロールを出来るようになってきたし、あの時すでに暗部風莎の片腕として働いていたカンクロウも、まだまだこれからだ。
 そして、自分も。

「ああ。その通りだ…ダメなのは………私だ。三年も私にお前を待てと言うのか……」
「ある程度音の状況を掴んだら…会いに行く。必ずだ…」
「本当か…?」
「ああ。本当だ」

 まっすぐに視線を合わせて、見つめ合う。
 どれだけの時が流れたのか、テマリの不安げな表情が、ふっ、と緩んで、分かるか分からないかくらいの、小さな笑みを浮かべた。

「分かった。約束しよう」

 お前が帰ってくるのを待ち続けよう。
 強がりな彼女の、精一杯の言葉に気持ちを引き締めた。
 彼女と共に居れば居るほど、気持ちが揺らぐ。

「あんまり遅いと浮気するからな」

 微笑から一転して、拗ねたように唇を尖らせたテマリに、サスケは驚いたかのように目を見開いて

「それは勘弁。お前は俺の物だ」

 そう、言い切った。

 テマリがむっとして言い返して来る前に、その果実の様に瑞々しい唇を奪う。
 ただ唇を合わせただけ。
 ほんの一瞬。

「サスケ…?」
「続きは今度な」

 その言葉を最後にサスケは姿を消した。

「………ずるい、男だ」

 呟いた横顔は赤く。
 けれどもほんの少しだけ笑んでいた。

「そんなところも好きなのだろう?」

 いつ現れたのか、全く唐突に自分の横にいた男に、テマリは動じる事もなく頷く。

「勿論だ…シノ」
「そうか」

 本来ここに居る筈のない、そしてこんな風に言葉を交わすはずではない2人の下忍は、ほんの少し視線を交わす。

「お前は別れを告げないで良かったのか」
「ああ。すでにした。それに、別れではない」
「そうか…。そうだな…」

 柔らかに肯定する少女に、シノはほっとする。
 サスケが里抜けするのは、木の葉にとって苦渋の策だった。

 木の葉のご意見番の二人、そして火影。
 彼らにこの案を提示したのは、サスケ本人であった。
 弱体化する木の葉は、三年後に迫る暁という脅威を今のままでは跳ね除ける事など出来ないだろう。
 だから、大蛇丸に自分という餌を与え、三年間の猶予を与える。
 その間に現在下忍である者達の全体的な戦力強化を行う。
 幸いにも今年下忍となった者達は、これまでの下忍よりもレベルが高く、どの子供も中忍になるにはさほど苦労しないだろう。
 いや、中忍レベルを超えて、強くなることだろう。

 そして、サスケは大蛇丸の下で音の情報を探り出す。
 その情報を蟲を通じてシノへと流し、シノは火影に伝える。
 サスケと幼い頃より相棒として暗部に所属していたシノは、かなり早いうちから相談を受けていた。
 最終的に、サスケの気持ちに踏ん切りをつけたのも、シノだ。
 自分達は、納得して、木の葉を外敵から守る道を選んだ。

 だが。
 ただ一つの問題は一人の人間。

 他国の忍でありながら、常に木の葉と砂を結ぶ2里の調停者。

 そして。


 サスケの恋人。


 2人が、どれだけ通じあった仲なのか、シノは知っている。
 互いに互いを深く思っているくせに、全く進展する事がなく、けれども独占欲の強い者達。
 サスケの相棒、そしてテマリの友人として、シノは彼らと付き合ってきた。

 だからこそ、迷った。
 テマリにどう言うべきか、打ち明けていいものか。
 最終的には、こうして最後の最後で話してしまったわけであるが、それにテマリが納得してくれたのなれば言う事はない。

「うずまきナルトは傷付くのだろうな」
「ああ…」

 己の足元に倒れ伏す少年の姿。
 サスケと死闘を演じ、全てを使い果たした少年。
 我愛羅を助けてくれたのは紛れもなく彼だ。
 正直、手当てしてやりたいが、そういうわけにもいかない。

「行こうか、シノ」
「ああ」

 遠く感じる暗部とカカシの気配に注意を向けて、テマリは素早く印を切った。

「テマリ?」
「夢、ぐらいは見せてやってもいいだろう?」
「…ああ」

 ふ、と掻き消えた2人の忍。
 残されたのはただ1人の少年。
 眠る少年は夢を見る。



「三年後にまた会おうぜ。ナルト」



 少年にとって初めての親友は、そう言って笑った。











 月日は流れる。

         ナルトが自来也と旅に出る。


 緩やかにテマリの世界は時を刻む。

         かつてルーキー9と呼ばれた者達の一部は中忍へとなった。


 緩やかに。

 緩やかに。


 時は進んで。


         我愛羅が風影へと就任した。




 一つの約束を果たすのだ―――。










「テマリ」





 風に流されてきた声に、表向き上忍になった少女は、びくり、と身を震わせた。
 耳が可笑しくなったか?と思わず疑う。


 だって。
 多少低く変化してはいるが。


 この、声は―――。


 紛れもなく………いない、筈の。





「会いに来ただろ?」






 ―――ああ。











「サスケ―――」













 約束は破られることなく。

 切り裂かれた恋人達は、もう一度出会うのだ―――。
2005年5月29日
スレサススレテマ・スレシノ
風莎(ふうしゃ)
支離滅裂状態で申し訳ないuu
きっとこのサイトで一番ラブラブかつ進展のない2人uu
シノも見てて呆れ果てているに違いない。

書きたいことが全然書けなかった…。
今回ガイ班はスルーuu

そして心底題名が浮かばなかった…。