『初めまして』





 紅の舞。
 鮮やかに翻る着物の裾。
 鉄扇が閉じれば舞は終わり。
 わずかに息を吐きながら、テマリは冷たく瞳を細めた。
 紅の海は、ほどなくして自発的に燃えはじめる。その紅の持ち主、人間の脂を原料に炎はますます燃え盛る。

「立ち去りし魂に永遠なる浄化と再生を」

 「祈ろう」と、続けようとしたテマリの言葉を不粋なる声がさえぎった。

「祈りを受ける価値など、こいつらにはない」
「こいつらには永遠の地獄がふさわしい」

 氷のように冷たき声音。
 声の主の姿はなく、ただ言葉のみがさざ波のように空気を振動させる。
 テマリは、静かに笑った。そこに動揺の色は全くなく、自然体で炎を見つめる。

「魂には悪も善も存在しない。すべからず死におちいりし孤独な魂。私1人、祈りを捧げるくらい構わないだろう」
「だが魂の持ち主は悪。木の葉と砂を音に売りし裏切りもの」
「死んで当然。いや、死して良き存在」
「死して良い命などないよ。何故そんなにも悲しい事を言う。うちはサスケ、そして日向ネジよ」
「………」

 テマリの言葉に、返答はなかった。
 だが、気配で彼らがその場を去っていない事は分かる。
 そして、今しがた口にした者達であるのだと言う自信もある。
 長い静寂の後に、何の音もなく、静かに2人の若者の姿がテマリの前に現われた。
 真っ黒な、木の葉の特徴的な暗部衣装に身を包んだ黒い髪の男たち。2人とも長い黒髪を後ろでくくっており、体格もほぼ同じため一見見分けがつかない。暗部面を腰につった2人の青年は、いぶかしむように眉間にしわを寄せ、テマリを見ている。
 その表情が、まるで同じで少し笑えた。
 とはいえ、顔立ちはそれぞれ全く別なもの。

「変化、とけば?」

 あんたたちの本当の正体なんて分かっている。
 彼らの纏う空気が、全てを教えてくれるから。

「………砂のテマリ…か?」

 動揺の濃い片方の呟きに、テマリはやや呆れたように首を傾げた。

「見たまんまだろ?」

 確かにその声も顔も、かつて中忍試験で出会った下忍のものに他ならない。
 だが…。
 肩先まで伸びた髪。縛る事はせず、流れるがままにまかせたそれは真っ直ぐに。強い光を放つ翠の瞳は、かつて見たそれよりも深く、静かに。たったそれだけの事が、どれだけ彼女の印象を変えているのか分かっていないのだろうか?
 あの、弟に怯え、不遜な表情を常にたたえ、触れれば切れるような鋭い光を瞳に抱いた少女は、ここにはいない。

「変化、といてよ。嫌なら勝手に私がとくよ」
「…はぁ!?」

 動揺から立ち直ったサスケは、思わず声を上げる。
 他者にかけられた術をとくというのは、ひどく高度なことであるとともに、とく側もとかれる側も危険性が高い。

「…冗談じゃない」

 憮然と呟いたネジは、静かに変化の術をとく。
 彼女の姿が本当のものであるテマリの姿であることは、外見年齢からも一致するし、彼女が変化している気配はない。
 正体までばれているというのなら、いつまでも変化しておく意味もないだろう。

「…なんっつか、ムカつく」

 ぶつぶつと言いながら、サスケもまた、ネジに従った。
 イタチに共に育てられ、行動を共にしてきたサスケとネジだが、サスケは兄貴分であるネジに頭が上がらない。ついでに言うともう1人、ネジの従姉妹であるヒナタにも頭は上がらない。
 つまりはサスケが一番立場が弱い。

「お前らが暗部、か。中忍試験の時影分身だったのはその為か」

「っ!気付いていたのか!?」
「マジかよ!?」

 その2人の驚きように、逆にテマリは驚いた。
 目をぱちくりとさせて、白と黒の瞳を交互に見やる。

「ちなみに私はカンクロウの人形だったりしたのだが、気付いたか?」

「「………はぁ!?」」
「……お前ら、他人のことに興味はなさそうだな。だが、常にアンテナは張っておくべきだと思うぞ?」

 気付いてなかったんだな、と、テマリは何となく頭を抱え、暗部がこれでいいのかと首を傾げる。とはいえ、火影すらも気付かなかった事だ。この場合、カンクロウの腕を褒めるべきであろう。

「まぁ、奈良シカマルと戦った時は私自身だったがな」
「…まて…では予選は」
「カンクロウだ」
「中忍試験が始まる前に俺たちに会ったとき」
「あれは私だ。だがカンクロウは私の影分身だったな」

「「…はぁ?」」

 唖然とする2人が面白いのか、くつくつとテマリは笑い出す。

「カンクロウも私も、常に我愛羅のそばにというわけにもいかないさ」
「何故?」
「だって、大蛇丸放っておけないだろ?」

 そういえば、あの中忍試験の際、大蛇丸が砂に働きかけ、木の葉を落とそうとする計画があった。それを案じた火影によって、サスケもネジも任務に当たっていたのだが…。

「まさか…大蛇丸を殺したのはお前か…?」

 2人の任務は成功しなかった。
 何故なら、暗殺対象である存在が既になかったのだから。
 彼らが見たのは既に壊滅した音の里と、首と胴体の離れた大蛇丸の死体だけだ。

「ああ、あれはサソリだ」

 私もカンクロウもその場にいたがな。と、続けたテマリの言葉を、2人は聞いていなかった。
 サソリ、と言ってすぐさま連想する言葉に気をとられていた。

「…サソリ!?」
「って、まさか!」

 サスケとネジは驚愕のまま。そしてテマリは笑みを含んだ表情で言葉をまつ。

「「暁」」

 2人の唱和。
 ぴったりと重なった声に、テマリは盛大に笑って頷いた。

「なんで、大蛇丸を…」
「いや、それよりも兄さんは何も…」
「ま、理由なんて何でもいいだろ。それよりもお前たち、いつまでもこんなところで油を売っていていいのか?」

 どうやら中々に混乱しているらしい2人組に呆れ、テマリは促した。
 2人の少年は、顔を見合わせる。
 何事かを思い出したかのように青ざめたのは黒い目の少年。

「ネジ…!」
「分かってる」

 ただ、見事な紅の舞に興味を惹かれ、声をかけただけであったのだが、思ったよりも時間をくってしまった。1人、残されたままの少女の姿が頭に浮かぶ。

「…手遅れ、かもな」

 ぽつり、と呟いたのはテマリだった。
 何だと?という風に少女を見たサスケとネジ。その瞬間、テマリの姿が掻き消える。

「………」 

 同時に、テマリのいた空間を血に濡れた刀が薙いだ。刀の持ち主は不機嫌そうに視線を持ち上げ、クナイを放り投げる。

「クナイの提供どうも」

 鉄扇が風を巻き起こし、クナイはゆるりとテマリの手の中に納まった。

「……ムカつく」

 ぼそりと呟いた少女は刀を鞘にしまい、苛々と暗部面を外した。ネジとサスケが既に面を外している以上、それを厭う相手でもないと考えたのだろう。

「…っ!」
「ヒナタっ!?」

「ねぇ、何遊んでんの?2人とも。待ちくたびれたんだけど」

「やっ!こ、これは」
「落ち着けヒナタ…これには深い事情が」

 震える声音を強引に抑え付けるようにして発せられた言葉は、彼女の怒りを何よりも雄弁に語っていた。ひんやりと空気が冷えた気がするのは間違いではあるまい。全く予想だに出来なかった動きで、ヒナタは男2人に鉄槌を下した。男2人の頭に振り落とされた拳骨が、心地よい音を立てる。
 そのやりとりを木の上から見つめていたテマリは、くつくつと人の悪い笑みを浮かべた。

「日向ヒナタ、か」

 中忍試験において彼女も影分身であった。しかしまぁこれが真実の姿とすれば、中忍試験では影分身とはいえ見事な演技をしたものだ。

「…テマリ。笑ってないで降りてきてくれるかしら?」
「危害を加えないと保障してくれるのなら」

「保障します」

 あっさりと言い切って、ヒナタは見事なたんこぶをこさえた男2人を睨みつける。その視線に2人は慌てて頷いた。怒ったヒナタは非常に怖い。イタチがいない今はなおさらだ。
 テマリが地に降り立つと、ヒナタはマジマジとその姿を観賞した。

「お前はすぐに気付いたものだな」
「気配が砂のものでしたし、変化もしていないようですから」
「それもそうだ」
「あの2人は鈍いんですよ」
「成る程。非常に納得がいくな」

 しみじみと2人で頷いて、男2人は唖然とするしかない。
 全く持って、真実の姿で初めて会ったのだとは思えない。

「悪いけど、テマリ。私たちはこれでも任務で来てるの。だから失礼するわ」

 ぎ、とネジとサスケを睨みつけ、ヒナタはくるりと踵を返す。睨まれた2人は、小さく縮こまってそれに従った。

「敵国の忍に易々と背を向けていいのか?」
「敵意を持たぬ相手に喧嘩を売るほど暇ではありませんから」

 敵意を持たぬ相手に思いっきりちょっかいを出した2人組は、僅かに身を揺らして動揺を押し留めた。その様子に、くく、とテマリは笑う。

「また会おう」
「嫌です」
「それでも会いに行くさ」
「迷惑です」

 きっぱりはっきり言い切るヒナタに、テマリは笑った。馬鹿にするわけでもなく、ただ、心から。満面の笑みに、ネジが、サスケが、僅かに目をみはる。こんな表情も出来たのか、と。

「行くよ、2人供」

 ふ、と僅かな余韻も残さずに消えうせたヒナタに、ネジとサスケは顔を見合わせて、軽く、笑った。行くか、と頷いて、テマリに視線を残す。

「それじゃ、また」
「またな」

 かすかに笑って、それぞれの姿は掻き消えた。
 残されたテマリは、次の休みにはカンクロウを連れて木の葉に行く事を決めて、ただ、ただ、楽しそうに笑い続けた。
2006年5月3日
サステマネジみたいなのが書きたかった筈。
でも結局は尻に敷かれるサスケとネジでイタヒナ+テマリ。
…ううん。イロモノですみませんuu