『その瞳は彼女のものだから』
「ヒナタ」
血の海に立つ少女に、ナルトは小さく小さく声をかけた。
その名を偽らないのは、ここに生きるものなど、今自分達以外にいないと誰よりも良く知っているから。
少女は暗部面を外すと、感情のない冷たい瞳で、ナルトを見上げる。
ナルトは暗部の時、20歳前後に変化するが、ヒナタは身長を変えない。ただ、短いその髪が長くなるのみだ。
だが、暗部面で白眼を隠し、長い黒髪で立つ少女を、誰一人としてヒナタとは気付かないだろう。
あまりにも普段の少女とはかけ離れた空気ゆえに。
「何?」
「やりすぎ」
「そう?」
少女はナルトの声に可愛らしく首を傾げた。
だが、その瞳は、やはり、冴え冴えとした冷たい鋭さをたたえたままだ。
ざぁ、と風が吹いて、ヒナタとナルトの髪を揺らした。
「ヒナタは、本当に白眼が嫌いなのな」
今、目の前に転がる唯の肉塊は、白眼、なんて物を求めたが故に、こうなっている。
誰よりも白眼を嫌う彼女が、いつになく激しく、彼らを蹴散らしてしまったから。
彼女は白眼を嫌い、日向を嫌い、それを求めるものを嫌悪する。
「そうよ。それが悪い?」
あっさりと認める彼女に、激昂の気配を感じないのは、今まさに憂さ晴らしをした後であり、相手がナルトであるからであろう。
「悪くない。でも」
ナルトは、自分の暗部面を外して、じっ、とヒナタを見つめた。
見つめられた少女は、ほんの少し、不思議そうにナルトを見つめた。
澄んだ空のような涼やかな蒼の瞳。
何もかもを吸い込んでしまうような深い、深い輝き。
「俺は、好きだ」
真っ直ぐにヒナタを見つめる瞳は揺るがない。
確固たる意思をのせて、ナルトはヒナタを見る。
少女の全てを飲み込むように。
「な…んで…?」
自然、ナルトの瞳に引き込まれてしまい、己の口から出たのは弱弱しい響きのみ。
「ヒナタが好きだから」
「―――…」
ぽかん、として、ナルトを見上げるヒナタの頬が、ゆっくりとしかし着実に赤く染まっていく。
「ヒナタの目も、髪も、腕も、指も、足も、ヒナタのものだから」
緩やかに、確かな感情をのせて紡がれるその言葉は、ゆっくりと、ヒナタを赤く染めて。
「ヒナタは、俺が嫌い?」
どこか不安そうに、首を傾げたナルトに、顔を赤く染めたまま首を振った。
あまりの恥ずかしさに、声も出ない。
なんて、ストレートな感情表現をするのだろう。
初めて会った時は、どんな感情をもなくしたような風体だったというのに。
「じゃあ、好き?」
「―――!!!」
思わず視線から逃げて、俯いて胸の前で腕を組む。
ひどく重い空気が降りて、ナルトは小さく小さく息をついた。
少女には決して聞こえないように。
この沈黙は、「嫌い」ではないが「好き」でもない、という事だろう。
初めて自分に興味を抱かせてくれた人。
「好き」と思った初めての人。
うぬぼれていたつもりはないが、ほんの少しでも彼女は自分を好いていてくれていると思っていた。
残念ながら、勘違い、だ。
自嘲気味に顔を歪めて、ナルトはヒナタに背を向けた。
「ヒナタ、俺、報告書出してくるよ。ごめん、変なこと言って」
「あ……」
顔を上げた少女の見たものは、高い身長をもつ男の背。
「―――!!!」
ふわり、と飛ぼうとして、ナルトは思いっきり失敗した。
思いもしない負荷が背に出来た。
柔らかな感触が背に伝わる。
背から伸びた、白く滑らかな小さな両手が、腹の方まで回され、必死で服を掴んでいる。
現状を理解するまでかなりの時間が掛かって、理解できたと同時に、音を立てるくらい一気に頭に血が上った。
「ひっ、ヒナタ!?」
「い、行かないでっっ!!」
置いていかれるのは嫌。
残されてしまうのは慣れている。
けれども彼はたった一人自分の隣を歩いてくれる人。
とても、大事で、私の唯1人の人。
「なっ…ナルトが好き」
え?とナルトの口が動く。
「ずっと、す、好き」
とてもとても言いづらそうに、だけれども必死に言葉を紡ぐ少女が可愛くて。
「あああああありが…と…ぉ……」
身体中が熱くなった。
情けないほどに、身体が硬直して、嬉しくて、立ちすくんだ。
けれども今度の沈黙はひどく優しくて。
それから木の葉で仲の良い小さなカップルが目撃されるようになった。
2005年7月3日
木の葉のバカップル誕生の瞬間。
…ええい恥ずかしい。
一応スレなんだけど、一皮剥いた地の性格は表の性格と一緒。
ちなみにこれ、祝詞前お題「瞳」のなりそこね。
途中でにっちもさっちもいかなくなって、放置していました。