『その日は…』












 その日は月が綺麗な夜だった。




 激しい攻撃を難なくかわして、切断する。
 それの繰り返し。
 漆黒のフードに身を包み、真っ黒ずくしで敵の間をすり抜ける。相手の胴体をチャクラを込めた特別性の鋼糸で切断すれば、相手の返り血が盛大に己に飛び散る。
 頬に、身体に血を浴びたまま凄惨に笑った。
 最後の1人の首を切り落とし、鋼糸をしまう。

 砂の額宛を付け、顔の大部分を布で隠した首を無造作に蹴りつけた。
 ぐらり、と首が動いて真上に顔が向く。

「…にしても弱すぎじゃん?親父も砂ももう終わりかねぇ」

 腰を屈めて隠された顔を眺めながら、諦めの濃い声を洩らした。
 ふっ、と上空に気配を感じて、見上げてみれば見慣れた姉の大きな扇子が月を背に飛んでいる。
 すらりと長い足だけが扇子から突き出ていた。

「カンクロウ」

 声と同時に、ひょい、と己の姉、テマリが扇子の上から顔を覗かせた。
 それにカンクロウは応えて片手を挙げる。

「テマリ。どうしたじゃん…?って…ああああああ!!!!」

 風と共に舞い降りたテマリにカンクロウは軽く声をかけ、その次の瞬間には驚愕顔を強張らせた。何故ならテマリの後ろにありえない光景が見えたから。
 とん、と、テマリに肩を押されるようにして前に出た小さな弟の姿に、カンクロウは容易に恐慌状態へ陥った。
 カンクロウ、それにテマリの感情を大きく左右させるのは今のところこの弟の存在だけだ。

「が、我愛羅!!!!!どうしたじゃん!!危ないじゃんよこんなとこに来たら!!テマリ!!どういうことじゃんよ!!!!」
「カンクロウ。私だって連れてきたくないに決まってる!全く我愛羅が来たいと言わなければ誰がこんなところに…」

 ぶちぶちと言いながら扇子を閉じて肩に担いだテマリに、カンクロウははたと動きを止めた。

「…へ?が、我愛羅が?」
「…ああ…いけなかったか…?」
「いや、まぁ…いいじゃんよ?」

 テマリが付いているなら大丈夫だしな。
 言外にそう含ませて我愛羅を見て唇を綻ばせる。

「それで、どうしたじゃん?」

 自分達がこうして夜にひっそりと抜け出す時、我愛羅にとって害のあるものを消しているのだと彼は知っている。
 だから、我愛羅は絶対にこない。
 我愛羅自身が行けば、カンクロウもテマリも気にするから。
 自分がいることで彼らに万が一の事があれば里を滅ぼしかねない。
 しかも、守鶴の力をコントロールしきれない我愛羅は、彼自身が2人を攻撃しかねないのだ。
 我愛羅の手がカンクロウを招く。

「・・・?」

 それにカンクロウが首を傾げて、その身長を我愛羅にあわせた。
 何だろう?と思っていると、我愛羅の両手がカンクロウの頬に散った返り血を綺麗にふき取った。
 呆然と、カンクロウは我愛羅の熱を持つ己の頬を押さえる。
 その、ぽかんとした顔を見て、テマリが笑った。

「              」

 呟きのような小さな小さな声を洩らして、我愛羅は照れたかのように笑った。
 テマリとカンクロウですら、滅多に見る事の無い、我愛羅の満面の笑み。 
 未だ放心していたカンクロウの唇が、思わずといったように持ち上がって。


「……ありがとじゃん!我愛羅!!」


 満面の笑みでそう応えた。





 その日は月が綺麗な夜だった。


「月、綺麗だね」

 濃い金色の髪を4つに縛った少女。

「ああ。綺麗だ」

 赤に近い短いくせ気をもつ少年。

「綺麗じゃん」

 淡い金色の短い髪を持つ少年。




 3つの後姿が、砂塵に紛れるようにして、消えた。







 その日は、とてもとても綺麗な満月の、そしてそれと似た色を持つ少年の日。











 ―――誕生日おめでとう カンクロウ
2005年5月13日
思いっきりスレ設定。
カンクロウハピバvv