『手を繋ごう』







 少女が立っている。
 少年が立っている。
 木の葉の里と呼ばれる二人の故郷とは遠く隔てた森の中で。
 森の中、木々に隠れ、離れた場所にある小さな町を一望できるその場所で。
 二人は手を繋いで町を眺めていた。




 繋がれた手が離れない。離せない。

 ―――何故。

 少女は自問する。
 繋がれた手の平。
 手の平から腕をたどった先、金色の髪と、青い瞳をもつ、背丈があまり変わらぬ男の子。
 里で嫌われ者の、アカデミー屈指の落ちこぼれ。
 無鉄砲で馬鹿元気でお調子者。
 そんな仮面をかぶっている男の子。
 本当は悪賢くて狡くて卑怯で非情で残酷で容赦がない。
 共通しているのは悪戯好きっていうことだけ。

 ―――ああ、要するにこれも彼の悪戯の何かなのだろうか。

 確かに、手を繋がれているだけなのに、日向ヒナタはわりと動揺している。
 それに気が付いてしまうと腹がたってきて、手を引き抜こうと力を込める。
 込める一瞬前、一体何故気が付いたのか、それとも気が付いていないのか、うずまきナルトは日向ヒナタを握りしめる手に一層の力を込めた。
 強い、けれど決して痛くはない程度の力の込め具合。より一層困難になった手の引き抜き作業に、ヒナタは小さく眉根を寄せた。

「ナルト君」
「何?」
「離して」
「やだってば」

 くい気味に拒否された。何故。
 そもそもどうしてこうなったのか。
 自分達は任務で今からあの町に潜入して、他国の忍をあぶり出して殺しに行くところなはずだ。
 そのつもりでいつも通り暗部の格好をして、いつも通りここまで走ってきた。
 それなのに。
 いつもどおりではない、今。

「どうして?」
「俺が繋ぎたいから」
「………どうして?」
「ヒナタに触りたいから」
「………」
「わけがわからないわ」

 ヒナタの手を握りしめたまま、ずんずんと何もかも蹴散らすような勢いで、ナルトは歩き始める。
 小さく眉根を寄せた仏頂面。
 普段無表情で何が起こってもぼけっとしてる少女にしては、すこし、珍しい。もっとも先行く少年はそれに気が付いていないけども。

(熱でもあるのかな)

 それならばこのおかしな彼の行動も納得………いやいやいや。
 熱が出たから手を握るってどういう理屈だ。
 表情は変わらないままにくるくるくるくる頭の中で色々考える。

 うずまきナルトの手は、ヒナタとあまり変わらない。
 柔らかくて、けれどたくさんの豆と傷跡があって、熱くて、小さな手の平。背丈もあまり変わらなくて、体つきもそんなに変わらない。
 まだ二人はたったの十年しかこの世を生きていなくて、それなのに、この世全てを悟ったような顔で任務を受けて、人を殺して血を浴びる。木の葉でだれよりも強くて、だれよりも恐れられる、暗部屈指の腕利き。それが、小さな小さな子供でしかない、そんな非現実的な現実の話。

「ナルト君、任務中だよ」
「だから!?」

 またもくい気味で勢いづいた返答。
 意味が分からない。
 てくてくざくざくと忍らしからぬ足音を立てて、小さな子供は道ならぬ道を歩く。

 繋いだ手は熱くて、今が任務中だってことを忘れてしまいそうだ。

「ナルト君」
「何?」
「じい様とした、お散歩みたいね」

 三代目の両の手、右手をナルトが、左手をヒナタが握って、よく散歩をした。三代目が大好きなヒナタとしてはその時間がとても好きで、ひどく懐かしくなる。しわしわだけど大きくてしっかりした三代目の手の平。

「あー」
「ナルト君?」
「ヒナタはほんっとじいちゃんっ子だなー」

 ぷぅ、と口をとがらせて、心底つまらなそうにナルトが言うから、ヒナタはとうとう笑ってしまう。くすくす笑う軽やかな声に、ナルトはちらりとヒナタを振り返って、赤い顔をもっと赤くして前を向く。『じいちゃんっ子』なのはヒナタだけではない。むしろナルトの方がずっと重病だ。いつだって彼はそれに気が付いていない。
 先ほどよりもさらに足音を鳴り響かせながら、草を蹴り飛ばす。

「ナルト君だって大好きなくせに」
「うっせ」
「照れてる」
「照れてない」
「耳赤いよ」
「ヒナタも赤い」
「赤くない」

 他愛もない戯れに子供たちは心底楽しそうに笑った。
 やがて町が見えてくると、まるで幻のように二人の子供たちは消え失せる。

「あとは手筈どおりに」
「了解。ミスしないでよ」
「そっちこそ」

 姿はない。ただ声だけが響き渡り、それも消える。
 ヒナタの気配が消えたのを察して、ナルトは深々と息をついた。

「鈍すぎだろ、ヒナタの馬鹿」

 二人っきりになれるのとか任務中だけなのにとか、こっちが手つなぐだけでどれだけいっぱいいっぱいだって思ってるんだとか、三代目には好きとかすぐ言うくせになんで俺には言わないんだとか、不意打ちで笑うな心臓に悪いとか、色々八つ当たり気味に考えて。

「それでも好きなんだけどさー」

 ぼそりと呟いた。無意識に。
 自分で何を言ったか気が付いて、ナルトはうぎゃーと叫びだしたい衝動に襲われつつ、登っていた木から身を投げる。とん、と小さな音ひとつ残して、あっという間に小さな暗部は消え失せた。

 二人の暗部がこの場所に戻ってくるのはそう遠くない先の話だ。
2013年7月12日
オチもヤマも特にないのですが(汗)
ナルヒナが戯れてるだけの話がみょーに書きたくなって書きましたw