『優しい夢を見た』
とても、とても、忙しそうだった。
とても、とても、忙しそうだった。
それは話しかけれるような雰囲気ではなくて。
どうしよう、と途方にくれる。
あっちに行って、こっちに行って。
どこに行っても対応こそ丁寧だが、まるで相手にはしてもらえない。
それもそのはず。
今日は新年を間近に控えた師走の月の27日。
でも、だから。
だからこそ、少しだけ、構って欲しい。
ほんの少しだけでいいから。
ふと、視線が捕らえた姿に、瞳を輝かせる。
「…ぁ。ぉ、ぉとっ」
「…ヒナタ様、部屋にお帰りください。ここは邪魔になります」
声を出し切る前に、冷たい声。
感情のこもっていないような、ひどく冷たい声。
それ、に、びくりとしてしまう。
「…ぁ、ぁの」
「なんですか」
「きょ、今日…っっ」
「今日は誰もが新年の準備で忙しい。宗家の長子がそれを弁えないでどうするのですか」
すげなく言われてしまい、ヒナタは俯いた。
最大限の勇気で言おうと思った言葉は、舌の先で凍りついてしまう。
一度俯いてしまったら、もう声は出なかった。
視線はじっ、とヒナタを見据えている。
冷たく、冷たく。
その視線はとても冷たくて、頭ごなしに言う事を聞かせてしまう、そんな重たいもの。
「………」
「……帰りますよ」
たまらなくなった。
たまらなくなってしまった。
いつもなら、きっと、こんな風に言われてしまっても仕方ないと思って諦めてしまうのに。
素直に従ってしまうのに。
でも、どうしても、たまらなくて。
なんだかとても苦しくて、苦しくて。
声が出せない自分が情けなくて。
何も言い返せない自分が情けなくて。
とても、とても、苦しい。
「ヒナタ様!?」
どうしてだろうか。
気がついたら、走り出していた。
無我夢中で、一生懸命で。
気がついたら、泣いていた。
ぼろぼろぼろぼろと涙を零して。
手でぬぐって、ぬぐいきれなくて、着物の裾を使う。
走り通しの足が疲労を訴えて、座り込んだ。
「ぁあああああっ。っっ。ぅ、ぅぇ…っっ。…っっく」
悲しくて、情けなくて、悔しくて、泣いてしまった。
そんな自分がとても情けなくて。
でも、どうしてもたまらなくて。
なんだかとても嫌な気分だった。
「―――こんにちは」
ひっく、と変な音を喉から出しながら顔を上げる。
視界なんてぼやけてて、全然見えなくて、ただ、薄っすらと金の光が見えた。
ごしごしと目をこすって、けれど、どうしても涙は止まってくれなかった。
声を出そうとしても、変な音が鳴るばかりで、まともな声なんて出てくれない。
「何で泣いてるの?」
「っっ。ぁ、きょ…っ。うぇ…っく。きょ、う、わた…わ、わたし」
「うん。何?」
「っぁ。…ぁたし。…たし、っ。きょ、う…たん、じょうびっっ、で…っ、で、でもっ、だっ、だれも、だれも言って…くれなっ」
朝から、ずっと、誰かに気付いて欲しかった。
誕生日だということ。
日向ヒナタという存在が生れ落ちた日だということ。
忙しそうで、とても忙しそうで、けれど、ほんの少しだけ構って欲しくて。
「おっ、おめ…っっ。ううっ。ぉ、おめでとっ…って」
―――誰も言ってくれなかった。
「うぇ。うわぁあああっっ」
「…寂しいね」
とても優しい瞳をしている気がした。
とても優しい表情で見ている気がした。
それがとても嬉しくて、なんだかとても嬉しくて。
知らないで、手を伸ばす。
とても優しいぬくもりを求めて。
その手をすぐに握り締めてくれて、その手は思ったよりもとても小さくて、もしかしたら自分と同じくらいの大きさしかなくて、けれど、とても温かかった。
それが、とても、気持ちよくて。
なんだかとても温かくて。
毛布にふんわり包まれているように心地よくて。
とても、とても、楽になった。
あんなに苦しかったのに。
あんなに悲しかったのに。
でも、涙が止まった頃には疲れ果ててしまって、ちゃんとお礼を言う前に眠ってしまった。
だから、あれは夢だったのかもしれない、と思うことがある。
自分にとって、とても都合のいい優しい夢。
けれど…とても、とても、大切な、優しい夢。
2008年7月6日
書いたのは2007年12月27日です。
前に100題を消化してた掲示板で載せてそのままでした(汗)