『ようやく言えた言葉』
久しぶりにもぎとった休日、ナルトは一人の少女を探して走り回っていた。
彼女の気配を探すのは案外難しい。彼女自身のように気配はひどくおだやかで、優しくて、空気のように馴染んでいるから。ちなみに任務でないのは知っている。それだけはちょっとしたズルで確認したから。だからその日に合わせて休みを作った。分身して里中を走り回り、意外な人物と一緒にいるのを発見した。
発見と同時に急停止。分身を消して目的地まで突っ走る。
ズザァァアアアアアア―――
土ぼこりを上げて勢いを殺す。ただし勢いづきすぎて殺しきれなかったので、くるりと縦に一回転。そんで着地。
「何してんだよナルト」
「あ…なっナルト君」
アカデミーからの付き合いの悪友、奈良シカマルが呆れた顔で、探し求めていた少女、日向ヒナタと共に大量の荷物を持っていた。
ヒナタはほんのり顔を赤くして、不思議そうに首を傾げてる。
「何の荷物だってば?」
「おま、いきなりそれかよ。相変わらずめんどくせー奴だな」
「うるせーってば。んで何だってばよ!俺ってばヒナタに用があるんだけど!」
「え、あっ、わ、私?」
突然の指名に慌てふためいて、落としそうになったヒナタの荷物を、ひょいとシカマルが受け取る。
両手で抱えてた荷物を左手に移して、右手にのせてバランスをとる。さながら飲食店の店員の様。実に器用に大量の荷物を抱えたシカマルは、これまた実に面倒くさそうに口を開く。
「ナルトー夜までには返せよー」
「当ったり前だってばよ!!」
「え、え、あの、シカマル君? ナルト君???」
「行っていいぞ、ヒナタ」
「あ、でも」
「医療部の引っ越しくらいちょっと遅れても構わねーだろ」
眉間に相変わらずの皺を寄せたシカマルの言葉に、ヒナタはきょろきょろそわそわと荷物と周囲を見回して、やがておずおずとナルトを見上げる。その目が隠しきれない喜びに輝いていてシカマルは心底呆れる。全く持って分かりやすい。ナルトも、ヒナタも。
そもそも、医療部の引っ越しに休みの日まで駆り出されているのだ。ちょっとくらいサボったところで構わないだろう。シカマル的には面倒な限りだが、医療部のボスと化したピンク髪の忍が恐ろしくてしぶしぶ駆り出されている。
シカマルがサボるならともかく、ヒナタならあのボスは大人しく許すだろう。まったくもって理不尽なことに。
「えっと、ありがとう、シカマル君。本当に、本当にありがとうっ」
喜色満面の笑顔に、さすがのシカマルも相好を崩した。多分、お互いにアカデミーや下忍のころでは考えられない笑顔。
それをぶすっとした表情で見守るうずまきナルト、なんて構図、昔ではあり得ない。
「とっとと行けよナルト。久しぶりの休みだろ」
「おっ、おう!!! サンキューな!」
ひらりと手を振ってこたえたシカマルに同じように返して、ナルトは見るからに機嫌よく踵を返した。ぺこりと頭を下げて、実に嬉しそうにナルトの後を追いかけるヒナタは小さなヒナ鳥のようだ。長いことずっと、ずっと、ただただナルトを追いかけてきた小さな子供は、まだまだその癖を抜けきらない。
先行くナルトが少し立ち止まって首だけで振り返ると、ヒナタはさらに嬉しそうにぱたぱたと小走りになる。
もう長い付き合いだ。
アカデミーで出会い、共に学び、遊び、戦い、何度も死にそうな中、奇跡的に自分たち同期は全員生き残った。
その長い、長い時間をかけて。
ようやく、その位置だ。
うずまきナルトを追いかけるわけではなくて、後ろにちんまりとついて歩くわけではなくて、照れて顔を見れずに下ばっかり見て歩いているわけではなくて。
ナルトはヒナタを見ていて。
ヒナタはナルトを見ていて。
楽しそうに笑いあう2人を見て、シカマルはそのしかめ面をゆるめた。
「頑張れよ。ナルト」
何の目的かなんて、シカマルには簡単に分かる。というか、シカマルじゃなくったって丸わかりだろう。
それだけあの2人は分かりやすいのだから。
天気がいいとか、ラーメンの話とか、最近の仲間の様子とか、そんな他愛もない話をしばらくして、ナルトは今日の目的地にたどり着く。どこに行くか告げてなかったので、懐かしそうに眼を細めるヒナタを手招きして、木の下に座った。少し離れてヒナタも座り込んで、ゆっくりと周りを見渡す。
「ここ、懐かしいね…」
「…初めてちゃんとヒナタと話した場所だってば」
驚いたように目を瞠ったヒナタに、ナルトは鼻こすって、へへっと笑う。
ナルトが下忍になったこの場所に、ネジと戦う前ヒナタが立っていた。それがキバと待ち合わせしていたからだと知ったのは随分と後だったが。
「オレってばあの時のヒナタの言葉があったから、中忍試験でネジに勝てたんだってば」
「そ、そんなことないよ。ナルト君ならきっと…」
「勝てなかったってば」
断言できる。
ヒナタの言葉があったから、ナルトはナルトらしく戦えた。
落ちこぼれでも、失敗ばかりでも、それでいいって教えてくれたのはヒナタだ。
そんなナルトを強い人だと言ってくれたから、自分に自信を持つことが出来た。
いつだって自信満々に火影になると言っても。
いつだってみんなに認めさせてやると言っても。
いつだって自分の忍道を曲げないと言っても。
何度もなんども何度も壁にぶつかって、自信を失って、どうすればいいか分からなくなって、手探りで道を進んできた。
ただただがむしゃらなその生き方を、日向ヒナタは認めてくれたのだ。
「ヒナタが俺を認めてくれたから、支えてくれたから、オレは今のオレになったんだってば」
「ナルト君…違うよ…」
「違わないってば!」
思わず声を大にしたナルトの手を、そっと押さえてヒナタが笑う。
ナルトが落ち着いたのを確認して、大きな木の木漏れ日の下、まぶしそうに眼を細めたヒナタはまっすぐにナルトを見上げている。
ここで2人が話した頃、まだヒナタはナルトをまともに見ることも出来なかった。
幼いころ、見ると必ず逸らされた真っ白で不思議な瞳。お世辞にも綺麗とは言えない、傷だらけの柔らかい手の平はとてもあたたかい。
「ナルト君がいたから、私は、私になれたんだよ。いつも、いつも、いつも、追いかけていたのは私の方で、ナルト君が私を導いてくれたの。私をここまで連れてきてくれたの。だから、だからね」
「たんま!!!!」
「えええっっ!?!?」
いきなり言葉半ばを思いっきりさえぎられて、ヒナタは目を白黒させる。ナルトはヒナタの手を今度は自分から握って、少しだけ引っ張る。顔が熱いのを隠したくて、でも伝えたい気もして、額をヒナタの額にぶつける。心臓がばくばくと激しくなるのを止められない。
「なっ、ナルト君!!!!???」
「ヒナタはずるいってばよ」
「えっ、ええ…?」
額を小突き合わせたまま、ナルトは深いため息をつく。吐息にヒナタの体温が更に上がって、それはナルトに伝わる。あたふたとしている様子が、見えなくても手に取るようにわかる。
「ペインの時もそーゆーこと言ってたってばよ。あれは卑怯だってば! いきなり出てきて言いたいだけ言って…」
「あっ、あの時はっ、その、必死で…っ」
ごめんなさい、と落ち込むヒナタを慰めるように額を少しだけ動かす。謝る必要なんてどこにもない。彼女が来なければ、あそこでナルトは力尽きていただろう。
彼女のあの後姿を、ナルトは今も鮮明に思い出せる。
敵わないと知りながらなお、ナルトを守るために立ち上がった、気の弱かったはずの少女の背を。
大好きだと言ってくれた女の子の背中を。
「あの時は正直、お前の事考えてる余裕なんて全然なかったってば」
それでも、あの時から、なんとなく思った。
これから先どんなことがあっても、日向ヒナタという少女は、自分と一緒にいてくれるのだろうと。
彼女の気持ちにどう答えていいのか分からなくて。
サクラに対する気持ちにも整理がつかなくて。
そのまま戦争が始まってしまったら、またもそこでヒナタに救われた。
「でも、結局オレってばいつだってお前に救われてた。お前がオレの横に入れくれたおかげで、立ち上がれたんだ」
ヒナタだって、ネジを失って辛い筈なのに、それなのに冷静にナルトを導いてくれた。彼の死を無駄にさせなかった。
真っ直ぐな白い瞳。その目が逸らされることはなくなって、いつだって優しく見守ってくれていた。
あの時にはもう気付いてしまった。
その後もなんだかんだ里の再建やサスケの事でバタバタしていて、ヒナタに会うことは少なくて、それがもどかしくて。
会いたくて。
会いたくて。
あの穏やかな白い瞳を見たくて。
あの優しい声を聴きたくて。
忙しくて。
会いたくて。
時折任務の合間にすれ違うような日々が続いて。
それがどうしようもなく辛くて。
「―――だからヒナタ、これから先…ずっとオレの横にいて欲しいってば」
ぱっ、と顔を上げて、身を引いたヒナタの手をしっかりと捕まえたまま、ナルトは笑う。真っ白な瞳を大きく見開いている、そのヒナタの顔をナルトは一生忘れないだろう。
その大きな瞳から、透明なしずくが溢れるのがとても綺麗で、いつまでだって見ていられる。ずっと見たかった。ずっと会いたかった。ずっと話したかった。
サクラに抱いていたのは確かに恋ではあったと思うけど。色んな事がありすぎて、最初の純粋な気持ちはかすれて、どんどん不純物が混ざってしまって、複雑で、難しくて、好きな気持ちが分からなくなった。
そんなぐちゃぐちゃな色んなものを、ナルトの頬を叩いたあの小さな手が連れていってくれたのだ。
自分さえも見失いそうな悲惨な光景の中で、真っ直ぐな白い瞳がまぶしいくらいに綺麗で。
ヒナタの声がナルトを正しいところに連れてきてくれた。
ヒナタの声がナルトを救ってくれた。
ヒナタが追いついてきてくれたから、ナルトは立ち上がれた。
今のナルトはそれを知っているから。
「オレってば、ヒナタの事が大好きだってばよ」
かつて彼女がくれた言葉をようやく返せた。
2014年6月26日
原作はナルヒナですかね!そういうことでいいのかな!?夢じゃないですよね!?
って気持ちを込めて書きましたww
もっといちゃいちゃ二人をみたい!