『手に入れた幸せ』
ざぁ、と炎が舞った。
嫌に鳴るほどに身体中が硬直し、だらだらと汗を流した。
落ち着け、とでも言うように、頭の上に大きな手の平がのって、髪をクシャクシャにする。
―――ごう、と音が鳴った。
悲しみの歌。日向を育てた土地が全てに嘆くように。
嫌な汗が止まらない。
ねぇ。大丈夫?
お願い。
自分に出来る事は、ただ、祈るしかないのかもしれない。
だからお願い。
彼女を、ここに帰して。
「………っ!」
慣れ親しんだ気配。
何よりも大事な。
「行っておいで」
大きな手が、背を優しく押した。
その手に勇気付けられたかのように、身体は拘束から開放された。
真っ赤な、姿。
大事な大事な少女。
かの者を纏う血は全て、あの憎い一族のモノ。彼女自身の傷はない。
呆然とした、ただただ空虚な瞳に、心をえぐられる。
そんな、瞳を、させたくなんかないのに。
声をかければ、帰ってきたのは小さなかすれた声。
零れ落ちる透明な雫。
その涙があまりにも綺麗で、とても悲しい。
抱きしめて、包み込んで、己もまた、泣きそうになった。
彼女が昔、言った事がある。
「絶望の中から幸せを掴む人間と、幸せの絶頂から絶望に突き落とすのと、どっちがより不幸だと思う?」
それはどちらも不幸ではあるけれど。
今思えば、彼女は誰の事を言ったのであろうか?
絶望の中から幸せを掴む人間…それは、彼女自身?
幸せの絶頂から絶望に突き落とす…それは、あの父親?
自分の答えに、少女はただ笑った。
「そうだね。けれど私は違うよ。幸せを知っている」
彼女は絶望の中から幸せを掴んだ人間。
けれど、それは本当に僅かな幸せで。
どれだけ絶望は大きく、長かった事だろう。
彼女を幸せにしたいと思ったのはこのとき。
ただぼんやりと過ごす、毎日の流れが幸せだと思えるように、彼女の幸せが大きなものになるように。
幸せは"知る"ものじゃなくて、手を伸ばせばそこにあるものだと思えるように。
自分はきっと、彼女のためなら全てを失うことを怖がらない。
彼女が居るなら、そこが自分の幸せ。
自分が居る事で彼女の幸せが増えるのなら、自分にも価値があるように思える。
だから、自分は振り返らない。
さようなら。木の葉の里。
忌み子に冷たき木の葉の住民よ。
忌み子に優しき小さな忍たちよ。
もう2度と、この里には帰らない。
幸せを、手に入れる。
木の葉最強の血継限界と謳われ、他国にまで大きく名を響かせた日向一族。
強大な力をもち、木の葉で多大な実権を握っていた日向は、たった一晩で、地に沈んだ。
その、理由も原因も、誰も知らない。
ただ、日向一族の滅亡と共に、1人の少年が行方不明になる。
里で忌み嫌われた、九尾の狐を腹に宿す中忍。
そして、その半年後。
木の葉の抜け忍、うちはイタチが暁を抜ける。
彼らの行方は…闇に巻かれ、誰1人として知らない。
そして、忘れていくのだ。
そんな人間が居た事も。
そんな出来事があったことも。
「イタチ」
「なんだい?」
「ナルト君が帰ってくるよ」
うきうきと楽しそうにイタチにまとわりつくヒナタ。
イタチは軽く笑んで、ヒナタの好きにさせる。
準備は万端。
後は彼の帰りを待つだけ。
ナルトはよっこいしょ、と荷物を持ち上げた。
ちょっぴり年寄りくさいな、と自嘲するように笑って、伸びをする。
すがすがしいまでの晴天だ。
ごつごつとした岩岩が、面白いほどにごろごろ転がっているので、足元はちょっと怪しい。
土の国はどこもこんな感じだ。
整備された道も全て元は岩。
「おや、ローヴェ。買い物かい?」
気軽に声をかけてくる店の主に笑いかける。
ローヴェとは木の葉を出た後につけたナルトの偽名。
染め粉で黒くなった髪を揺らして、ナルトは笑う。
「ええ。ここで最後です。ってことで、饅頭6つください」
「エンとエルに土産かい?」
「はい。2人ともここの饅頭好きですから」
エンとエル、イタチとヒナタの笑顔を思い浮かべて、ナルトは自然笑顔になった。
「相変わらず仲が良いねぇ。…ローヴェ、そろそろエルと式を挙げたらどうだい?」
カウンターの向こう側から、ひょい、とナルトの肩に手を回して、その耳に囁く。
その内容に、ナルトが顔を赤く染めた。
「な、何を言ってっっ!!ま、まだ早いですよっっ!それにエンに怒られます!」
「エンもシスコンだからなぁーーー」
くく、と笑う店の主を睨みつける。
イタチとヒナタは兄妹、ということになっている。事実、共に育った彼らはとても仲のいい兄妹そのものだ。その仲の良さといったら、ナルトが妬いてしまうくらい。
「ま、俺らは大歓迎だからよ、結婚式にはちゃんと呼んでくれよ」
いまだ笑いながら、店の主はナルトの手に包んだ饅頭を乗せた。
出来立ての温かさが、ナルトの手に伝わる。
「そんなことばっかり言ってたら呼びませんよ」
そう、ナルトは笑って、饅頭を持っていない手の方で、店の主に手を振って見せた。店の主も笑って手を振る。
村にあるナルトらの家から、この饅頭屋は、買い物に行けば必ず通る道のりだ。
多分、結婚するなんてことになったら、この村にある小さな教会に村人全員が押しかける事だろう。
余所者である彼らに、この村の人間は優しかった。
旅の汚れや刺客からの敵襲によって、ぼろぼろになった彼らをあっさりと受け入れてくれた村だった。
ナルトは小さな家の前に立つ。
昔、憧れた、大事な人が待つ自分の家。
ゆっくりと、扉を開いたナルトを待ち受けていたものは、質素な家全体が華やかに飾り付けられた様子で、大きなケーキを持ったヒナタと、ラッピングされた包み紙を持つイタチだった。
2人は仲良く口を揃えて、こう言うのだ。
「「誕生日おめでとう!!!!!」」
―――幸せは、ここにある。