『地に流るる天の川』





 ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。

 客が少ない普通列車の1両目。車窓から流れる景色をぼんやりと眺めて、理紗はふぅ、とため息をついた。
 窓から見える民家は次第に高さと密度を減らしていき、彼女に目的地へ近づいていることを教えてくれる。

 今は夏休み。
 理紗は毎年夏休みになると、田舎のおばあちゃんの家に行く。
 彼女が大好きなおばあちゃんとおじいちゃんと、それから彼女の恋人に会うために。







 恋人…悠太に初めて会ったのは理紗が小学校3年生のとき。
 近所のお寺であった六月灯でヨーヨー釣りを楽しんでいたとき、理紗の横で惨敗していたのが悠太だったのだ。

 理紗は祭りの夜店のヨーヨー釣りが大好きだった。 
 今日は1回で6個という自己最高記録を達成した理紗は上機嫌で、左手に戦利品をまとめて持って立ち上がった。
 屋台のおじさんのちょっと苦々しい顔は見ないふり。
 ぶつかり合って跳ねるヨーヨーを嬉しく思いながら、次はどの屋台に行こうかと視線をめぐらせたそのとき、隣に座っていた少年が「ちくしょう!」と叫んだのが聞こえたのだ。
 その手にはつり針が落ちてしまった紙のこより。

「おじさん、もう一回!」

「もうそれはあげるよ。持っていきな」

「自力で取らないと意味がねーんだよ!」

 少々呆れた表情の屋台のおじさんに、少年は握りこぶしで力説する。

「コツ、教えてあげよっか?」

 話しかけたのは気まぐれとしかいいようがない。理紗が上機嫌だったからかもしれない。彼の一生懸命な様子にほだされたのかもしれない。
 いきなり知らない女の子に話しかけられた少年はびっくりした顔をして、理沙が手に下げている6個のヨーヨーを見てもう1度びっくりした。

「おまえ、得意なのか?」

「見れば分かるでしょ?」

 左手のヨーヨーをちょっと持ち上げて、理紗は得意になって笑った。
 少年はちょっと迷った様子を見せた後、意を決したように理沙に教えて欲しいと頼んできた。
 …もしかしたら彼はその時、女の子に教えてもらうことに躊躇していたのかもしれないと、今の理紗は思う。

「おれ、あの青いヨーヨーが取りたいんだ」

「わかった、あれね」

 水に浮かんでいる青いヨーヨーをつついて、繋がっているゴムの輪を探し出す。
 幸い、ゴムの輪は水面近くまで浮かんできていた。

「ほれ、つり針」

 屋台のおじさんから受け取ったつり針を持ってよっしゃ、と気合を入れた少年を見ながら、理沙はなぜかドキドキする胸をおさえていた。






 その後、家が近いことが分かりよく遊ぶようになったのだ。

 付き合いだしたのはそれから3年後、小学校6年生のとき。
 悠太の方から告白してくれた。嬉しくって、すぐにOKした。

 逢瀬は、1年に1回。
 付き合い始めてもう、3年になる。






 いわゆる遠距離恋愛。
 主な連絡手段は電話。

 手紙も試してみたけど、2人とも筆不精みたいであんまり続かなかった。
 電話も、料金のことを気にしなきゃいけなくて、長く話ができなかった。
 …なのに、あの頃はぜんぜん不安なんかじゃなかった。

 夏休みに会って、遊んで、宿題して。
 仲がいい友達みたいな感覚。






 悠太と離れていることを不安に思い始めたのはいつからだろうか。

 今は不安で不安でしょうがない。
 離れている1年間、彼はいったい何をしてるんだろう?
 もしかして他に好きな人ができてたりとか?
 私のこと飽きていたらどうしよう…。

 そんな思いがぐるぐる回って、夏休みの前は息が詰まりそう。
 会いたい、でも会いたくない。……怖くて。






 織姫と彦星。天に住まう恋人同士を遠ざけたのは天の川。

 地に住む理紗と悠太の心を遠ざけるのは、時間と距離。

 それは抗えない存在感を持って、2人の間に横たわっている。 






 でも、今年からはちょっと違う。違うはず。
 理紗は買ってもらったばかりの携帯電話を握り締めた。
 これがあれば、きっとメールだってできるし電話も気軽にできるはず。
 一定料金を超えたら使えなくなる設定を母親につけられたけど…。
 現代の技術は大きくて広い天の川の両岸をつなぐ橋となってくれるだろう。






 ガタン、ゴトン。ガタン…ゴトン。

 徐々に列車の速度が落ちてきて、目的の駅に着いたことを教えてくれる。
 それは田舎の無人駅。降りたのは理紗ひとりきり。

 悠太に会いたいような、心変わりを知るのが怖くて合いたくないような、複雑な気持ちを抱えて理紗は見慣れた駅に降り立つ。
 出迎えは、ない。当たり前だ、今日来ることは誰にも伝えていないのだから。

 一昨年までは、連絡すれば悠太が迎えに来てくれた。
 去年は、部活が忙しいとかで連絡したけれど来てくれなかった。
 今年は、連絡しても着てくれないかもしれないことが怖くて、誰にも何も言っていない。

 寂しいほどに静かな駅の出入り口には七夕だからか笹が飾られて、色とりどりの折り紙が風に揺れている。
 近くには、短冊を置いてある小さな机。
 何気なくそれに近づいて、笹を見上げた。
 色とりどりの短冊に、村の子供達が思い思いに書いた願いごと。

『くるまがほしい』
『じがうまくなりますように』
『あしがはやくなりたいです』

 そのなかで、飛び込むように目に入ったもの。

『今年も理紗と会えますように』

「……っ」
 思わず、涙があふれた。

 それを見たとき理紗はほとんど直感で、分かったのだ。
 悠太がまだ自分を好きでいてくれていること。
 理沙と同じように会いたいと思ってくれていること。

 ひとしきり嬉し涙をこぼした後、理紗はおもむろにペンをとった。
 短冊に書いた願い事は、

『ずっとずっと、悠太といられますように』 

 それを悠太の短冊の隣に結び付けて、理沙はちょっとの間満足げにそれを見つめた後、歩きだす。

 おばあちゃんの家に行く前に、悠太の家に寄っていこう。
 私も会いたかったよ、会いにきたよと彼に一番に伝えたい。






2007年7月8日

七夕なので、天の川。
題名から先に思いついたお話です。

浅羽翠