ぱらぱらと降ってくる木の実。何かが落としてでもいるのだろうかと上を見上げても、小鳥1羽いない。
 落ちてくるのは熟れた実、未熟な実、葉っぱ、小枝とさまざまで。
 ぱたぱたと降ってくるさまはまるで雨のよう。
 樹が流す、涙のよう。
 じっと首をかたむけて、
 葉っぱのすき間からこぼれおちた光を額に受けて、
 僕はのぞいてみることにした。
 木の実が落ちてくる、樹の上の世界を。




 木の上の雨




 苦労してとっかかりを見つけたあとはけっこう楽だったと思う。
 下を見て、あまりの高さにくらっとした。

 …降りる時のことは考えないようにしよう。

 こんな高い樹に登るのは初めてだ。転校してきたばっかりの小学校の奴らはすいすい登るけど、僕は怪我をするのが怖くてやったことがなかった。
 思えばこういう慎重さが仲間はずれの原因だったのかもしれないけれど。



 息を切らしながらてっぺん近くまで登った。ここは見晴らしがいい。
 と、顔に木の実がぶつかった。まだ青い、未熟な実。…横から。

 木の実が飛んできた方をよくよく見ると、木の枝に僕と同じくらいの黒い影が乗っていた。
 …そう、まさに『影』。全身まっくろ。
 そいつは僕が見ていることに気づかずに、つまらなそうに手元の木の実やら枝やらをちぎっては、下に投げてる。
 ときどき乗る枝を変えては、またちぎって投げる。
 何やってんだろ。

「ねぇ、何やってんの?」

 浮かんだ疑問をそのまま黒い影にぶつけると、そいつはひどくびっくりして僕を見た。

「オレが見えるのか?」
「うん。で、何やってんの?」
「…暇なんだ」

 暇だから木の上に登って、景色を眺めながら木の実をちぎってる。

「遊んであげよか?」

 ナゼか自然に、そんな言葉がついて出た。お母さんに変なモノと遊んじゃいけませんってさんざん言われてるのに。でもこの不思議な生物(?)ともっと一緒にいたい。

「遊んでくれるのか?」

 その不思議な影は目を輝かして問うてきた。うん、とうなずくとぴょーん、と座ってた枝から飛び降りて僕の前にすたっと着地。思わずぱちぱちと拍手をすると、そいつはえっへんと自慢げに胸を張った。

「すごいすごい、僕もやってみたいな。ねぇ、どうするの?」
「ニンゲンにゃー、できねぇよ。オイラだからできるんだ」

 その返事に僕がものすごくがっかりした顔をしたからかもしれない。そいつは慌てて樹のてっぺんを指差し、こう言った。

「枝から枝に飛び移るのはできなくても、あそこまで登るんだったらニンゲンにだってできらぁな。オイラが教えてやるよ」

 …そんなワケで、僕とその変な影は友達になった。




 毎日、影が住んでる雑木林で駆け回って遊ぶ。
 高い樹に登って鳥の巣なんてものも見た。

 毎日木に登ってるおかげだろうか、僕は学校のかけっこで必ず1番になった。登り棒だって、鉄棒だって、クラスで1番だった。小学校というのは不思議なもので、スポーツ万能なヤツが自然とリーダーになる。
 そんなわけで、僕はクラスの人気者になった。人間の友達と遊ぶことが多くなって、少しずつ影のことを忘れていった。





 僕があの影のことを思い出したのは中学生になってからだ。

 部屋を整理して出てきた昔の日記帳に、あの影のことが書いてあったのだ。
 そういえば、あのころは友達が出来た事が嬉しくて、なんでも日記に書いていたっけ。
 なんだかまたあいつに会いたくなって、僕はあの雑木林に向かった。

「おーい」

 待ち合わせ場所にしていた木の下にたって呼びかけても、あの影は文字どおり、影も形もなかった。そうだよな、会いに行かなくなったのは僕の方だ。

 がっかりして帰ろうとした僕の耳に、パラパラと、あの音が聞こえた。
 その木の下に行って、枝を透かし見るようにして影を探す。見えない。
 下からじゃ見えない場所にいるのかと思って、木に登ってみた。

 どこにもいない。

 パラパラと、木の実が落ちる音がする。
 木を、半分くらい登っただろうか。

「…おまえ、おっきくなったなぁ」

 どこか疲れたような、寂しいような、あの声が聞こえた。

「どこにいるんだ!?」

 見渡してみても、どこにもいない。

「…やっぱ、オイラが見えないんだなぁ。オイラ、お前の目の前にいるのになぁ」

 僕の目の前の木の実がふよっと浮いて、僕の鼻めがけて飛んできた。
 …透明人間が投げたみたいだ。
 それで僕は納得する。目の前にあいつはいるのだと。どうしてだか、僕には見えないのだと。

「ニンゲンはすぐ大きくなる。…お別れだなぁ」
「なっ、なんでだよ!姿が見えなくったって今までどおり遊べばいいじゃないか!声は聞こえるんだし!」
「姿が見えなくなった奴は、そのうち声も聞こえなくなっちゃうんだなぁ。最後には、オイラがどこにいても分からなくなっちまう。どのみち、お別れするしかないんだなぁ」

 僕は、お別れなんかしたくなかった。転校してきたばっかりのころ、こいつがいたおかげで寂しくなかった。
 木登りだって、逆上がりだって、僕はこいつに教えてもらった。こいつよりいい友達なんて、他にはいなかった。
 今度は僕がちょっとでも、この寂しさを埋めてやりたかった。

「だって…」

 僕はそこで言葉に詰まった。
 鼻がつんっっとなって、視界がにじんだ。あいつの声が、聞き取りづらくなる。時間が来てしまったのだ。こんなにも急に。

「最後に、教えておきたいんだなぁ。オイラの名前は『サビシイ』いうんだなぁ」

 そうだ、僕はこいつの名前すら知らなかったんだっけ。小学生の頃はお互いに名前なんて、必要なかったから。
 鼻をすすりながら木を降りて、僕はあいつがいるはずの場所を見上げる。
「またね」言って、付け加える。

「君のこと、忘れないよ」

 木の上からあの、疲れたような声が降ってきた。

「だったら、うれしいんだなぁ」

 …さようならと言わなかったのは、きっとあきらめたくなかったから。また会えるのだと、自分に言い聞かせたかったから。
 僕はゆっくりとぼとぼと、雑木林を後にした。





 20年後。
 僕は1児の父親になった。
 6歳になった僕の息子は父親に似て、ひっこみじあんの小心者。
 小学校でもなじめずにいるらしい。
 僕は、この子をあの雑木林に連れて行くつもりだ。
 木の実が雨のように降るあの林で、この子は『サミシイ』を見つけられるだろうか。
 どうか、今度こそ、あいつが寂しい思いをしないように。







2005年11月3日

私、『妖魔夜行』っていう小説が大好きなんです。
出てくる妖怪たちがとっても生き生きしてて、魅力的で…
自分で妖怪のデータ作ったりもしていました。
このお話に出てくる『サミシイ』も、私が考えた妖怪。
『妖魔夜行』とは直接関係はありませんが、あの世界の妖怪の1人…という感じで考えました。
ジャンルはどうするか迷ったのですが、とりあえずオリジナルで(笑)
読んでいただき、ありがとうございました♪