12月
吸血鬼夫婦
彼は手を伸ばした。深く愛した彼の花嫁へと。
さしのべた手は先から灰に還り、くずれていく。
力なく床に横たわり、悲しげに彼を見つめる花嫁も、また。
この教会で2人で式をあげたのは先月のこと。
しかしその幸せな新婚生活は、わずか1ヶ月で終わりを迎えた。
村人達に彼と、彼女の正体が知られてしまったのだ。
「やった、やったぞ!吸血鬼を倒した!」
「これで私達、安心して暮らせるのね!」
かつて、同じ場所で2人を祝福した村人達が、今は2人の死を喜んでいる。
吸血鬼の花嫁は力が抜ける体に鞭打って、這いずるように夫に近づいた。
彼女の夫は、もう動くこともできない様子だった。
かろうじて残っている顔を彼女に向けて、村人達を恨むでもなく、悔しがるでもなく、ただ、悲しそうな顔をしていた。
「ああカミラ……すまない。私は……お前を、こうなってしまうかもしれないと思っていながら……」
「もうしゃべらないで」
崩れかけた手をさしのべて、花嫁は涙をこぼした。
「それでも……永く、一緒にいたかったんだ」
それが彼の最後の言葉となった。
主をみとった彼の花嫁も、また。
灰に還り、風に吹かれて消えていく。
彼らの死を喜ぶ人間達をのこして。
細く光る月が照らす、真夜中の街道。
そこを失踪する1台の馬車に、教会で灰になった吸血鬼夫婦の姿があった。
「せっかく結婚式を挙げられたのに。今度の村は短かったわね」
桜色の唇をとがらせてそう愚痴る花嫁を、彼女の夫は甘く見つめ、微笑む。
「次があるよ、カミラ。次はうまくいくさ」
「せっかく、のんびりひっそり新婚生活を楽しめるかと思ったのに。ああいいわ、何も言わなくて。どうせ、次は大丈夫っておっしゃるのでしょ。それより、前を見て運転してくださいな、あなた」
「あなた、って……」
感激して瞳を潤ませる夫に、彼女はいたずらっぽい笑顔をむけた。
「あなた、って呼んでもいいのでしょ?結婚して、神様の前で誓ったのだし。ね、あなた?」
「ああ……!!」
感激で今にも花嫁にくちづけしそうな夫の顔を力ずくでぐきっ、と前に向け。彼女は次の村はどんなのかしらね、と呟いた。
人間達は知らない。
吸血鬼たちが結構したたかで、しぶとくて、死んだふりだって朝飯前なことを。
そうして、彼らは今日もひっそりと人間にまぎれて生きている。
すくなくとも、この2人は、そう。